『切ない老人』──ある喫茶店での異臭騒ぎ
私は昔から喫茶店が好きでした。
妻の在宅介護が始まってからも、
よく足を運んでいる喫茶店があります。
そこでは何をするわけでもなく、
ただボーッとしたり、スマホでニュースを見たり。
忙しい一日の気持ちを整理するには、
ちょうどいい場所でした。
頼むのは、アイスコーヒーの一択。
たまにクッキーを添えたりもしますが、それくらいです。

ある休日──
いつも通り、いつもの喫茶店で、
お決まりの窓際カウンター席に座りながら、私はアイスコーヒーを飲んでいました。
自動ドアが開いて入ってきたのは、
ヨタヨタと歩く年配の男性。
身なりは綺麗とも汚いとも言えず、
ただ、こげ茶色のジャケットや綿パンは明らかにサイズが大きすぎるものでした。
休日の昼過ぎとあって、
店内にはそこそこの客が入っていました。
セルフサービスのその喫茶店で、
男性は会計を済ませ、小さなトレイに乗せたアイスコーヒーを運び、私の隣の席に腰掛けました。

しばらくの静けさのあと──
途端に、異臭。
なんとも言えない鼻をつくような臭いを感じました。
ただ、その原因がすぐにはわからず。
明らかに隣の老人から漂っているようでしたが、上半身からはそれらしきものを感じません。
周囲の客もその臭いに気づき始め、
店をあとにする人が出始めました。
私も疑われるのも嫌だなと思い、
背中越しにその老人が見えるくらいの、
少し離れた席へと移動しました。
⸻
しばらくすると、移動した席にも臭いが漂いはじめ、
老人のまわりからは次々と人がいなくなっていきました。
やがて、ヨタヨタとその老人は、
飲み終わったアイスコーヒーのトレイを返却棚に戻し、店をあとにしました。
その後ろ姿を見れば──
ベージュ色のズボンは、お尻が隠れるほどに茶色く汚れていました。
ふと、老人が座っていた椅子に目をやると、座面の皮にはベッタリとした何かの水分のようなものが付着しており、
光っていました。
あの老人は家に帰ったら、
どうするんだろうか──。
そんなことを考えながら、
ただ切ない気持ちになっていました。

『切ない老人』
──とある喫茶店での異臭騒ぎ【完】
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