妻の介護でいちばん難しいこと
施設介護編
【番外編】
施設での介護生活を
振り返り。
私にとって、
妻の施設介護で一番難しいこと。
──それは、
感情を抑えることでした。
とくに妻が悲しい思いをする、
その原因に対してだけは、
どうしても感情を抑えることが、
出来ませんでした。
決して怒りっぽいわけでは、
ないのに……
なぜか妻のことになると、
すぐに頭に血が昇ってしまう。
そして、それは、
結婚してから、
在宅で介護をしている今でも、
一ミリも変わることのない
感情だったことを知りました。
"障害者支援施設"に、
入所したばかりの頃の妻は、
環境変化のストレスもあって、
昨日はできたことが、
今日はできない。
そんなことも、
珍しくはありませんでした。
ただ、妻にとっては、
その"出来ていた"ことが、
"出来ない"ということは、
大きなショックの一つでした。
施設の生活で特につらかったのは、
リハビリの訓練の時──
体調や季節、
何かしらの変化の影響も大きく、
リハビリの成果にも、
当然ばらつきがありました。
妻にとっては、
その"できない"という事実が、
ただただ怖いものでした。
そこへ妻に対する、
言葉や理解が足りない先生にあたると、
『昨日はできたのにねえ』
『先週はできたけど?』
──そんな何気ない一言に、
妻は深く傷ついていました。
途端に妻は、
その先生と目も合わせることもなくなり、
それまで容易に出来ていたことすら、
できないほどの精神的なショックを
受けていました。
そんな妻の様子に気づき、
『今日はたまたまかも
しれませんね』
などと先生が、
フォローを入れても、
──もう遅く。
それから先生の言葉を、
妻が聞き入れることはなく。
その後は決まって、
妻は自分の部屋で、
一人で泣いていました。
妻のそんな姿を見掛ける度に、
胸が締め付けられ、
……ふつふつと感情は湧き上がり。
その度に私は、何度も同じ説明を、
しに行くことになりました。
『先生のその言葉に、
至らぬ点があったこと』
『またその言葉により、
妻がどれほど傷ついているか』を。
ただ、先生の声がけそのものは、
間違っている訳でもなく、
改善されないことも普通でした。
それでも、
繰り返されれば──
私は自分でも驚くほど、
冷静さを失い、
先生の変更を施設へ、
強行に求めることすら多々ありました。
……今なら、
カスハラと言われるほどに……
そんな私は、きっと施設にとって、
"口うるさく厄介な夫"だっただろうと、
いま振り返っても思っています。
ただ、そう分かっては、
いても──
相手に悪気はなかろうと、
妻を悲しませるような言動に対してだけは、
私にはどうしても我慢することが、
できませんでした。
それまでの間、
どんなに反省しても、
自分の感情が抑えられない。
自分でも、
もはや病気か?と思うほど。
また、もともと妻は、
周りにも厳しいところがあり、
やや愚痴や文句が多めの人でした。
そんな些細な妻の愚痴を、
聞いているだけで私は、
その原因に対して、
気が立って行くのを感じていました。
自分でも恐ろしいほどに……
なので、せめてもの対策として、
『妻がつらくなった話』や、
『妻が悲しくなった話』
つまり妻の愚痴や文句を、
なるべく避けるようにしていました。
おかげで妻からは、
『なんで私の話を聞いてくれないの?』
とは、よく叱られていましたが。
ただ、それが唯一の
"感情的にならない術"
でもありました。
それでも施設では、
繰り返される日々。
リハビリが終わり──
部屋で一人でシクシクと悲しそうに、
泣いている妻を見かければ、
胸は"ぎゅう"と締め付けられて。
そんな妻に近づき、
『どうした? 何かあった?』
理由を聞けば、
やはり──
私の中では、
その"どうにも我慢できない感情"が、
音を立てながら、
沸いていくのをいつも覚えて。
妻に、
『大丈夫。
俺が何とかするから』

──施設での介護生活を振り返り、
謝罪と自戒を込めて。
妻の介護でいちばん難しいこと 【完】
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