えんじ色のニット帽
妻が脳出血で倒れてから、
ようやく1か月が過ぎた頃。
その回復も、
少しずつ進んでいました。
まだ妻の頭には──
長く赤く腫れた手術痕と、
それに沿うように、
黒い縫った痕が残っていました。
短い毛が
生えはじめてきたとはいえ、
とてもそれを隠せるほどの長さでは、
ありませんでした。
それから、
しばらくして──
頭に巻かれた
ガーゼや包帯も取れて。
病院からは、
その傷跡を隠すために、
薄手の白い帽子を
貸し出されていました。
ただ、
私には、どうしても──
病院服の効果も加わり、
それを頭に被った妻の姿が、
『囚人』のようにしか見えませんでした。
また病棟は脳外科であるため、
妻と同じ病気の患者も多く、
他の患者も同様のスタイルでした。
皆が薄手の白い帽子を被り、
病院服を着ていれば──
尚のこと、私には、
そう見えていた気がしています。
当の本人といえば──
よく分かっていないようで、
鏡で自分の姿を見ては、
ニコニコしていました。
またその頃には、
妻もベッドにいるより、
起きて車椅子に乗る時間が増えてきていました。
他の患者や、
面会に来る人の目に触れる機会も
多くなったこともあり。
私は、『そろそろ何とかしなければ』
と考えていました。
──念の為、
近くにいた看護師に、
『なんか囚人っぽくないです?』
と聞いてみれば、
『やだ〜、
そんなことないですよ〜』
と言いながら、
吹き出していました。
……やはり、『囚人』っぽいんだな。
そう確信した私は、
その足で百貨店へ行きました。
百貨店の
婦人服売り場に着いて──
妻と同じぐらいの歳や、
背格好が似た店員に。
『40代で髪がない女性にも、
似合うような帽子はありますか?』
と聞けば。
店員は、妻が好きそうな、
"えんじ色のニット帽"
を勧めてきました。
勧められたニット帽を購入し、
持っていくと──
妻はとても気に入り、
それからも病院では、
いつも被るようになりました。
──時には、それを
ウトウトしていた私の頭に乗せて、
いたずらして笑ったり。
鏡に被った自分の姿を
じっと覗き込んでは、
小さなタグの位置を直したりと。
──それはまるで、以前のように、
自分を少しでも“良くしよう”と、
しているように見えました。
まだ外は、
2月の寒い時でしたが。
ニコニコしながら、
えんじ色のニット帽を
被った妻を見るたびに──
病室は穏やかな空気に、
包まれていました。

えんじ色のニット帽 【完】
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