老いと向き合う。嘘のような本当の話
FIREしてから、家にいる時間が長くなった。
そこで最近、ひとつ気づいたことがある。
夫婦そろって、少し年をとった…かな。だ。
妻の会話に「あれ」が増えたんだよね。
「あれがさーー」「あれをこうしてさーー」
わからない…。
「いや、主語を入れてくれないか」
とお願いすると、妻はすぐさまこう返してくる。
「はぁ?年取ったの?昔のあなたなら全部わかったじゃない」
おいおい。
いや、おい。
そんなことはないはずだ。
しかし、ここで正論を返してはいけない。
夫婦生活とは、正論を飲み込む修行でもある。僕はぐっとこらえて言う。
「あ、ちゃんと教えて欲しいな」
最近のわが家では、こんな会話が増えてきた。
そんな老いの話を今日は2つほど。
■ダンス部
僕は朝、だいたいパンを食べる。
その時間、妻はまだ寝ていることが多い。
先日も一人でパンを焼き、食べ終わったあと、片付けたつもりでコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。
しばらくして妻が起きてきた。
「おはよう」
軽く挨拶を交わす。
妻は自分のコーヒーを淹れようとキッチンへ向かった。
そこで、こう言った。
「ダンス部がひどいよ」
……は?
朝っぱらからダンス部?なにかのニュースか?
…そういえば最近、妻はダンススクールに通いたいと言っていた。
そのことかな。
僕は会話を続けようと、こう言った。
「ダンス部?なんか友達とチーム組むとか?」
妻は、僕の方を見て怪訝な顔をしている。
そして次の瞬間、大きな声で言った。

「パンくずって言ったの! パ・ン・く・ず・がひどいです!! 片付けて!!!」
「はい。かしこまりました。申し訳ございません」
どうやら耳の老化は、僕の方が先行しているらしい。
■ナイフ
先日、妻が夕飯を作っていた。
最近のわが家では、珍しい光景だ。
どれどれ…のぞいてみよう。おお美味しそうなお肉。
キッチンカウンターには、ナイフが二本置いてあった。
妻は忙しそうに、顎でナイフの方を指して言う。
「それ、持って行って」
ああ、了解了解。任せてよ。
僕はナイフを二本取ろうとした。
そのとき、ふと手が滑って、一本のナイフを床に落としてしまった。
それほど近くはなかったが、妻の足元である。
僕は急いでナイフを拾い上げ、妻の方に顔を向けた。
「危ない!あなた、ナイフを何だと思っているの!」
ここだ。この単語だ。。
僕は慌てたんだな。こう答えてしまった。
「いや、ごめんごめん。大事な人だと思っているよ」
また妻の怪訝な顔である。
何度見ただろうか、この顔を。

僕はまた、何かおかしなことを言ってしまったのかと頭を巡らせる。
しかし、分からない。
次の瞬間、稲妻が走った。
「ナイフが大事!?」
ああ、理解した。
僕の耳は「ナイフ」を「ワイフ」と聞き間違えていたのだ。
なぜ急に英語なのかと違和感は85%くらいあったのに。
どうやら、僕の老いの方が圧倒的に早いらしい。
残念でならない。
老いとは
歳をとると、どうもこういう面倒なことが増える。
一度で伝わらないし、聞き取れなかったりする。
お互い様のはずだが、毎回なぜか僕が怒られる。
若い頃は、人の話を聞き間違えるなんて思ってもいなかった。
「あれ」「これ」「それ」で会話をするようになるとか絵空事と思っていた。
ところが、いざ自分たちがその年齢に近づいてみると、まあ騒がしい。
老いは、もっと静かにやってくるものだと思っていた。
でも、実際は違って、
「パンくず」は「ダンス部」になり、「ナイフ」は「ワイフ」になる。
さながらコントのようだ。
そして妻は怪訝な顔をし、僕は弁明する。
からの、もれなく失敗する。
老いと向き合うというのは、思っていたよりも騒がしい。
できれば妻にも、老いにも、この程度で勘弁いただきたい。
切実に。せ・つ・じ・つ・に!
こんな感じで、出勤中に少しだけ笑えるような我が家の実話を書いています。よろしければ、スキやフォローをいただけると嬉しいです。
