【精神看護シリーズ②】支配と排除の歴史を越えて ― 精神看護におけるパターナリズムの再考②
前回の記事では、
精神医療の歴史を振り返りながら、
なぜ私たちが日々自問自答し続ける
必要があるのかを考えました↓
言葉としては精神「看護」と記載していますが、
こうした歴史の部分は精神医療に携わる全ての人が
知っておかなければならないことだと感じています。
今回はそこから一歩進めて、
「精神疾患の有無に関わらず、
私たちは“共に生きる人”である」
という、
当たり前だけれど見失われがちな
感覚について考えてみたいと思います。
世界では何が起きていたのか
日本がまだ精神疾患を持つ人を
私宅監置(座敷牢に閉じ込めておくこと)
していた頃、
アメリカではクリフォード・ビーアズが
精神病院内で体験した酷い扱いや
入院環境の実態を本として出版しました↓
その流れを受けて、
1963年に当時のケネディ大統領が
精神医療の大改革を提案。
その結果、
アメリカでは早くから
病院での長期入院ではなく、
精神疾患を地域で支える社会構造が
作られました。
日本が私宅監置から
各地に建てた精神病院に
大勢の患者さんを
入院させていた頃、
イタリアでは
フランコ・バザーリア(精神科医)
が精神病院の現実に衝撃を受け、
「自由こそ治療である」
という思想のもと
精神病院の廃絶を訴えました。
その結果、1978年に
バザーリア法が制定し
精神病院を段階的に閉鎖
新設を禁止
という大転換を行ないました。
このとき、日本ではまだ
ライシャワー事件の余波が
残り、
精神病者への偏見が
治まらなかった頃でした。
1999年、イタリアは20年の月日をかけて
全土で精神病棟の閉鎖を完了しています。
日本で起きた変化
では日本はどうだったのでしょうか。
長い間、日本の精神医療は
「隔離と管理」の色合いが強いものでした。
しかし1991年、国連である原則が採択され、
日本もそれを受け入れます。
これを契機に、日本でもようやく
人権を尊重した医療
社会参加の促進
が明文化されていきます。
1993年、障害者基本法で初めて精神障害が
法制度上の「障害」に組み込まれました。
これによってようやく精神障害は
「支援すべき対象」として認識されるように
なったのです。
それからまだ30年しか経っていません。
ノーマライゼーションという考え方
ここで重要になるのが、
ノーマライゼーション
という考え方です。
これは、
障がいがあるからといって分けるのではなく、
誰もが共に暮らせる社会を目指す
という理念です。
そして2013年、一つの
現行法が誕生します。
それが、
障害者総合支援法
その法律のなかの理念において、
こう宣言されています。
「全国民が、
障害の有無によって分け隔てられず、
相互に人格と個性を尊重し合いながら
共生する社会を実現する」
と。
そして、
全ての障害者及び障害児に対して
行なわれる支援は以下のように
約束されています。
・どこで、誰と、どう生きるかは、その人自身が決められる
(それを支援者が決めるのは悪しきパターナリズムである)
・困難の原因を「個人の障害」に押し戻さない
(障壁は常に社会の側にあって個人の内には存在しない)
・社会は、これからもずっと、あらゆる障壁の除去に務めていく
(決して歩みを止めることなく共生社会を実現していく)
この場合の障壁(バリア)とは、
事物(モノ)
制度
慣行(当たり前のやり方)
観念(思い込み・価値観)
その他一切
を指しています。
「観念」というのは、
「精神疾患を持っているからヤバそう」
みたいなすべての偏見を指します。
そして、
「その他一切」
というのは、これから生じてくるかもしれない
新たな障壁の芽も全て除去対象になるということです。
障壁の除去(バリアフリー)とは単に
階段の段差をなくしたりスロープを
付けることだけを指すのではありません。
私たちが、
歴史が、
長らく抱いてきた精神疾患への全ての
偏見、すべてのネガティブな感情、
「共生社会」を揺るがすかもしれない
様々な危険性の萌芽、
それら全てを抱き込んであらゆる障壁を
除去していくという姿勢そのものなのです。
この力強さ、
決意、
気概、
信念。
私には、この法律が
「あなたの人生はあなたのものだ。
過去の悲惨な歴史は二度と繰り返さない」
「社会は、あらゆる人の人生を
妨げてはならない」
というメッセージを発している
ように聞こえてなりません。
そこには単純な優しさなどではない、
泰然とした「決意」あるいは
「譲らなさ」を感じるのです。
私は受け持ちの精神看護の講義で。
つまらなくなりがちな法律の単元で。
こうした教科書以上の想いを学生さん
たちに伝えたいのです。
おわりに
ここ数年来、私のいる病院に
私の講義を聞いた学生さんが
准看護師として入職してきます。
あの日、教室で伝えた想いが
伝わったようで、とても嬉しく
感じています。
そして、同じ精神医療の最前線に
立つ者として、とても心強く感じ
ています。
今日も、私は来院される方々と
向き合います。
私にとっては、精神看護で
学生さんに教えてきた法律の
理念が、そのまま私の臨床の
理念になっているように
感じるのです。
最後までお読みいただき、
ありがとうございました。
まとめ終わってみて、
改めて難しいテーマだと感じました。
硬い内容なのにここまでお読みくださった皆様。
そして、
精神医療の最前線で今日この瞬間も仕事に励んでいる
全職種の皆さま。
私から皆様に心より敬意を表して、
この2回シリーズを終わりたいと思います。
ありがとうございました。
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