酵母の世界 No.7-1|Debaryomyces hansenii:チーズ熟成に関わる塩に強い酵母
このシリーズでは、パン・ビール・ワイン・発酵食品を支える酵母たちを、研究者の視点から少しずつ紹介しています。
★酵母の世界を巡るためのまとめページを作成してます↓
前回は、醤油や味噌のような塩と糖の濃い世界で生きる酵母、Zygosaccharomyces rouxii(ザイゴサッカロマイセス・ルーキシー)を紹介しました。
今回も、キーワードは「塩」です!
ただし、舞台は少し変わります!!
今回紹介する Debaryomyces hansenii(デバリオマイセス・ハンセニイ)は、チーズ熟成や塩蔵食品など、塩のある食品環境でよく見られる酵母です。
塩は、多くの微生物にとって厳しい条件です。
水が使いにくくなり、細胞のバランスも崩れやすくなります。
でも、その塩のある場所で、むしろ存在感を示す酵母がD. hansenii です。
D. hansenii は、塩に強いだけではありません!
チーズ表面で乳酸を利用し、酸性をやわらげ、カビや細菌が働きやすい環境を整えます。いわば、熟成の舞台を先に整えるタイプの酵母です。
今回は、チーズ熟成を支える耐塩性酵母、D. hansenii の世界を見ていきましょう!
チーズ熟成を支える酵母
D. hansenii を語るうえで、まず注目したいのはチーズです。
チーズ、とくに表面熟成タイプのチーズでは、表面にさまざまな微生物が関わります。
乳酸菌、酵母、カビ、細菌。
これらが時間をかけて働くことで、チーズの香り、味、表面の状態が変化していきます。
チーズの表面は、酵母にとって簡単な場所ではありません。
塩分があり、乾燥しやすく、乳酸によって酸性にもなっています。それでも D. hansenii は、その環境で生きることができます。
D. hanseniiの役割で特に重要なのが、チーズ表面の酸性をやわらげる働きです。
チーズはまず、乳酸菌の働きで酸性になります。
酸性が強いままだと、表面熟成に関わるカビや細菌は育ちにくい場合があります。そこで D. hansenii のような酵母が、乳酸菌がつくった乳酸を利用し、表面のpHを少し上げます。
すると、チーズ熟成に関わるカビや細菌が働きやすくなります。
つまり、D. hansenii はチーズ熟成の中で、いきなり主役として強い香りを出すというより、まず周囲の環境を整えるのです。
また、D. hansenii は発酵肉や塩蔵食品でも見つかることがあります。
これらの食品でも、塩分、乾燥、タンパク質や脂質の分解が関わり、微生物による熟成が進みます。
そのため、D. hansenii は、塩のある食品表面で熟成の場を整える酵母と言えます。
塩と乾燥のある食品表面にすむ
では、D. hansenii はどのような場所にいる酵母なのでしょうか?
食品では、チーズ、発酵肉、塩蔵食品、ブラインのような塩分を含む環境から見つかります。ブラインとは、塩水や塩漬けに使われる液体のことです。
自然界では、海水、塩湖、塩分を含む環境からも分離されることがあります。つまり、D. hansenii は塩のある場所に適応しやすい酵母として見ることができます。
この性質は、人間が作る食品環境にもつながっています。
チーズ表面は、塩があり、水分が少なく、空気に触れています。
そこに酵母、カビ、細菌が共存し、熟成とともに少しずつ微生物のバランスが変わっていきます。
D. hansenii は、そのような食品表面で見つかる酵母です!
塩に耐え、乳酸を使い、香りを生む
D. hansenii の大きな特徴は、塩に耐える力です。
塩が多い環境では、細胞の外側が濃くなり、細胞内の水が外へ引っ張られやすくなります。また、ナトリウムイオンが細胞内に入りすぎると、酵素や膜の働きに悪影響が出ます。
そのため、D. hansenii はイオンバランスやエネルギー代謝を調整しながら生きています。塩に耐えて、ただじっとしているわけではありません。塩のある環境に合わせて、細胞の中の状態を整えているのです。
さらにD. hansenii には、もう一つ大きな特徴があります!
それが、すでに紹介した乳酸の利用です。
チーズ表面は、乳酸菌の働きによって酸性になっています。
D. hansenii はこの乳酸を利用し、表面の酸性をやわらげます。酸性がやわらぐと、カビや表面熟成細菌が育ちやすくなります。
そのうえで、香りにも関わります!
チーズの熟成中には、タンパク質が分解され、アミノ酸が増えていきます。D. hansenii はそれらのアミノ酸を利用し、その過程でアルデヒドやアルコールなどの揮発性成分を生み出します。
たとえば、ロイシン、イソロイシン、バリンのような分岐鎖アミノ酸からは、熟成香に関わるアルデヒドやアルコールが作られます。フェニルアラニンからは、花のような香りをもつ2-フェニルエタノールが生じることもあります。
もちろん、酵母が人間のために香りを作っているわけではありません。
酵母にとっては、アミノ酸を栄養として利用する代謝の出口です。
しかし人間の鼻には、それがチーズらしい熟成香として感じられます。
このように、D. hansenii は塩に耐えるだけの酵母ではありません。
塩のある食品表面で生き、乳酸を使って環境を整え、アミノ酸代謝を通じて熟成の香りにも関わる酵母なのです!
おわりに
Debaryomyces hansenii は、塩に強い酵母です。
でも、その面白さは「塩に耐える」だけではありません。
チーズ表面で乳酸を利用し、酸性をやわらげる。
アミノ酸を利用し、熟成の香りにも関わる。
そんな D. hansenii は、食品表面で熟成の舞台を整える酵母なんです。
前回の Zygosaccharomyces rouxii は、醤油や味噌のような高塩・高糖の世界で香りに関わる酵母でした。今回の D. hansenii は、チーズや塩蔵食品のような塩のある食品表面で、熟成を支える酵母でした。
塩は、元々微生物を遠ざけるために使われたもの。
そう考えると、その塩の中で働く酵母たちは、少し不思議な存在に見えてきますね!
さらに近年では、D. hansenii の耐塩性やストレス耐性を活かし、高塩環境や低コスト培地で物質生産に利用する研究も進んでいます。食品の熟成を支える酵母が、将来的にはバイオテック分野でも活躍するかもしれませんね!
酵母の世界には、まだまだ知られていない働き者がたくさんいるんです。
次回は、油を利用し、細胞内に脂質をためる酵母 Yarrowia lipolytica(ヤロウィア・リポリティカ)を紹介します。食品発酵から少し視点を広げ、バイオテック分野で注目される「油をためる酵母」の世界へ進みます。
★過去の様々なトピックの記事を全てまとめてます。詳細はこちらから↓
これらの記事が参考になったら「スキ&フォロー」をぜひお願いします!
参考文献
Navarrete, C. et al. 2022. Debaryomyces hansenii: an old acquaintance for a fresh start in the era of green biotechnology. World Journal of Microbiology and Biotechnology, 38, 45. DOI: 10.1007/s11274-022-03280-x.
Prista, C. et al. 2016. The halotolerant Debaryomyces hansenii, the Cinderella of non-conventional yeasts. Yeast, 33, 523–533. DOI: 10.1002/yea.3177.
Ramos-Moreno, L. et al. 2021. Debaryomyces hansenii is a real tool to improve a diversity of characteristics in sausages and dry-meat products. Microorganisms, 9, 1512. DOI: 10.3390/microorganisms9071512.
#酵母
#学び
#発酵
#微生物
#趣味
#文化
#科学
#チーズ
#発酵食品
#熟成
#共生
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはさらなる価値向上のために使用させていただきます!