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酵母の世界 No.8-1|Yarrowia lipolytica:油を食べて油をためる、バイオテック酵母

このシリーズでは、パン・ビール・ワイン・発酵食品を支える酵母たちを、研究者の視点から少しずつ紹介しています。
★酵母の世界を巡るためのまとめページを作成してます↓


前回は、チーズ表面で熟成の舞台を整える酵母 Debaryomyces hansenii(デバリオマイセス・ハンセニイ)を紹介しました。

チーズの表面では、塩、乳酸、タンパク質、脂質、そして微生物が複雑に関わっています。
その中でも今回は、「脂質」に注目してみましょう。

今回紹介するのは、Yarrowia lipolytica(ヤロウィア・リポリティカ)です!

この酵母は、油や脂肪酸を利用する力が強く、条件によっては細胞の中に脂質をためることができます。
いわゆる油脂蓄積酵母です。英語では oleaginous yeast (オレアジナス・イースト)と呼ばれます。

この酵母は、油を分解し、脂肪酸を利用し、さらに余った炭素を油として細胞内に蓄えることができます。

つまり、発酵食品の世界だけでなく、バイオ燃料、機能性脂質、有機酸、食品素材などを作るバイオテック分野でも注目されている酵母なのです!!


油を分解し、油としてためる

Y. lipolytica の一番の個性は、脂質を扱う代謝です。

この酵母は、油や脂肪酸を利用することができます。
脂質を分解する酵素、つまりリパーゼなどの働きによって、油脂は脂肪酸などに分解されます。取り込まれた脂肪酸は、細胞内でさらに分解され、エネルギーや細胞材料として利用されます。

ここで重要になるのが、β酸化です。
β酸化とは、脂肪酸を少しずつ短く切りながら、エネルギー代謝に使える形へ変えていく仕組みです。

Y. lipolytica は、油を「食べる」だけでなく、脂肪酸を細胞内で処理する強力なシステムをしっかり持っている酵母なんです。

さらに面白いのは、生育条件によっては脂質をためることです!

たとえば、炭素源はたくさんあるのに、窒素が足りない状況を考えてみます。炭素は糖や油などから入ってきます。一方、窒素はタンパク質や核酸を作るために必要です。

窒素が足りなくなると、細胞は新しいタンパク質をどんどん作ることが難しくなります。
でも、炭素はまだ余っている。

そのとき Y. lipolytica は、余った炭素をトリアシルグリセロール、つまり油脂の形で細胞内にためる方向へ流すことがあります。細胞の中には脂肪滴と呼ばれる油の粒ができ、そこに脂質が蓄積されます。

人間と同じで、使いきれないエネルギーを脂肪としてためています。

酵母も、意外と貯蓄上手なのかもしれません。

この「油を分解できる力」「油をためる力」の両方を持つことが、Y. lipolytica の大きな個性です。

バイオテックで注目される細胞工場

この脂質代謝の強さが、バイオテック分野で注目されています。

バイオテックでは、微生物を小さな工場のように使い、有用な物質を作らせることがあります。このような微生物は、しばしば「細胞工場(セルファクトリー)」と呼ばれます。

Y. lipolytica は、その細胞工場として有望な酵母の一つです!

理由はいくつかあります。

まず、脂質や脂肪酸を扱う代謝が強いこと。
次に、細胞内に脂質を蓄積できること。
さらに、遺伝子工学の道具が整備されてきており、目的の物質を作らせるための改変がしやすくなってきたことです。

このため、Y. lipolytica は、バイオディーゼルの原料になる油脂、特殊な脂肪酸、食品や栄養に関わる脂質、香料、有機酸、酵素などの生産宿主として研究されています。

もちろん、すべてがすぐに大規模商業化されているわけではありません。
培養コスト、収量、精製、規制、安全性、スケールアップなど、実用化には多くの課題があります。

それでも、Y. lipolytica が面白いのは、糖だけを使う酵母ではないことです。

油、脂肪酸、廃油、食品副産物のような炭素源を利用できる可能性があります。これは、将来的に未利用資源を使って有用物質を作るバイオものづくりにもつながります。

つまり、Y. lipolytica は「発酵食品にいる酵母」という枠を超えて、油を扱うバイオテック酵母として注目されているのです!

油や脂質のある環境に現れる酵母

では、Y. lipolytica はどのような環境にいる酵母なのでしょうか?

この酵母は、食品や自然環境のさまざまな場所から見つかります。
特に知られているのは、乳製品、チーズ、発酵肉、油脂を含む食品、そして油で汚染された環境などです。

名前に含まれる “lipolytica” も、脂質を分解する性質を反映しています。

ここで面白いのは、油や脂肪酸が、微生物にとって必ずしも扱いやすい栄養ではないことです。油は水に溶けにくく、糖のように簡単に細胞へ入るわけではありません。

それでも Y. lipolytica は、脂質を分解する酵素を出したり、脂肪酸を細胞内で処理したりして、油を栄養として利用できます。

チーズや発酵肉のような食品では、脂肪やタンパク質が少しずつ分解され、香りや熟成に関わる成分が生まれます。Y. lipolytica は、こうした脂質のある食品環境にも関わる酵母です。

このような生態系での個性が、そのまま産業利用のヒントになっているのです!


おわりに

Yarrowia lipolytica は、油を扱う酵母です。

油を分解し、脂肪酸を利用し、条件によっては細胞の中に脂質をためる。
この性質によって、食品環境だけでなく、バイオテック分野でも注目されています!

前回の Debaryomyces hansenii は、チーズ表面で熟成の舞台を整える酵母でした。
今回の Y. lipolytica は、脂質を利用し、油をためることで、バイオものづくりにも関わる酵母です。

酵母の世界は、アルコール発酵だけではありません!

香りを作る酵母もいれば、塩に耐える酵母もいる。
そして、油をためる酵母もいる。

小さな細胞の中に、未来のものづくりにつながる可能性が隠れている。
Y. lipolytica は、そんなことを感じさせてくれる酵母なのでした。

次回は、酵素や医薬品関連タンパク質の生産を支える酵母 Komagataella phaffii (コマガタエラ・パフィー)を紹介します!
Y. lipolyticaと同様にバイオテック業界から注目を集めている話題の酵母です!


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参考文献

Park, Y.-K. et al., 2023. What makes Yarrowia lipolytica well suited for industry? Trends in Biotechnology, 41, 242–254. DOI: 10.1016/j.tibtech.2022.07.006.

Madzak, C. 2021. Yarrowia lipolytica strains and their biotechnological applications: How natural biodiversity and metabolic engineering could contribute to cell factories improvement. Journal of Fungi, 7, 548. DOI: 10.3390/jof7070548.

Beopoulos, A. et al. 2009. Yarrowia lipolytica as a model for bio-oil production. Progress in Lipid Research, 48, 375–387. DOI: 10.1016/j.plipres.2009.08.005.

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