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酵母の世界 No.9-1|Komagataella phaffii:旧名 Pichia pastoris、タンパク質生産を支える酵母

このシリーズでは、パン・ビール・ワイン・発酵食品を支える酵母たちを、研究者の視点から少しずつ紹介しています。
★酵母の世界を巡るためのまとめページを作成してます↓


 前回は、油を利用し、細胞内に脂質をためる酵母Yarrowia lipolytica(ヤロウィア・リポリティカ) を紹介しました。

今回も、バイオテック分野で活躍する酵母です!
ただし、今回の主役は「油」ではありません。

今回紹介するのは、Komagataella phaffii(コマガタエラ・パフィー)です!

旧姓Pichia pastoris(ピキア・パストリス) とも言います。
現在の分類では Komagataella phaffii とされますが、研究や産業の現場では、今でも旧名 Pichia pastoris がよく使われています。

この酵母は、組換えタンパク質生産を支える代表的な酵母です。
つまり、人間が作らせたいタンパク質を酵母の細胞に作ってもらうための「細胞工場」として使われています。

では、なぜこの酵母はタンパク質生産に向いているのでしょうか?

その鍵の一つが、メタノールを利用する代謝なんです!


メタノールを使う、少し変わった特徴

K. phaffii の大きな特徴は、メタノールを利用できることです。

メタノールは、アルコールの一種です。
ただし、ビールやワインに含まれるエタノールとは違い、細胞にとっては少し扱いにくい物質です。

K. phaffii は、メタノールを利用するときにメタノール分解酵素をたくさん作ります。この酵素は、メタノールをホルムアルデヒドという物質へ変えます。この反応では、過酸化水素も生じます。

ホルムアルデヒドや過酸化水素は、細胞にとって毒のように働き、タンパク質やDNA、膜などを傷つける可能性があります。
そのため、K. phaffii はペルオキシソームという細胞内の区画でこれらを処理しながらメタノールを上手に利用します。

しかし、ここで人間が注目したのは、メタノール分解酵素だけではありません!

メタノール分解酵素は、メタノールがあると強く働きます。
つまり細胞内では、メタノールがあると「メタノール分解酵素を作れ!」というスイッチが強く入ります

そこで人間は、このスイッチを利用しました。

作りたいタンパク質の遺伝子を、このメタノールで入るスイッチにつなげます。すると、メタノールを加えたときに、目的のタンパク質をK. phaffii にたくさん作らせることができるのです!

元々はメタノールを生存のために利用する仕組みが、バイオテックの世界では「作りたいタンパク質を作らせるスイッチ」になる。

ここが K. phaffii の面白いところです。

タンパク質を作らせるための酵母

K. phaffii は、バイオテック分野で「タンパク質を作らせる酵母」として使われてきました。

ここでいうタンパク質とは、酵素、抗体の一部、研究用タンパク質、医薬品や食品分野で使われるタンパク質などです。人間が必要とするタンパク質の設計図を酵母に入れ、酵母の細胞に作ってもらいます。

この酵母が使われる理由は、メタノールのスイッチだけではありません。

一つ目は、高い密度で育てやすいことです。
たくさんの細胞を育てられれば、培養全体として作れるタンパク質の量も増えます。

二つ目は、作ったタンパク質を細胞の外へ出させやすいことです。
タンパク質が培地の中に出てくれば、細胞を壊さずに回収しやすくなります。

三つ目は、酵母が真核生物であることです。
真核生物とは、私たちの細胞と同じように、細胞の中に核や小器官を持つ生き物です。そのため、大腸菌のような細菌ではうまく作りにくいタンパク質でも、折りたたみや一部の修飾を行いやすい場合があります。

これらが組み合わさって、K. phaffii はタンパク質生産を支える酵母として使われています。

木の樹液から、バイオテックの現場へ

このように、K. phaffii はバイオテック酵母としてよく知られていますが、もともとは自然界から見つかった酵母です。

最初に Pichia pastoris として扱われた株は、フランスのクリの木の滲出液から分離されたとされています。樹木の滲出液とは、木の傷口などからしみ出す液体のことです。

こうした液体には、糖や有機物が含まれ、さまざまな微生物が集まります。植物由来の物質が分解される過程では、メタノールのような一炭素化合物が生じることもあのでしょう。

K. phaffii は、そのような環境でメタノールを利用する力を持っていた酵母でした。

このように、木から見つかった酵母が、やがてバイオテックの現場でタンパク質を作る細胞工場になる。

酵母の世界は、思ったより近くもあり、遠くまでつながっていますね。


おわりに

Komagataella phaffii は、メタノールを利用できる酵母です。

もともとはメタノールを分解して生きるための仕組みが、人間によって「作りたいタンパク質を作らせるスイッチ」として利用されてきました。

さらに、高い密度で育てやすく、作ったタンパク質を細胞の外へ出させやすいことが組み合わさり、K. phaffii は組換えタンパク質生産を支える代表的なバイオテック酵母になりました。

前回の Yarrowia lipolytica は、油をためる酵母でした。
今回の K. phaffii は、タンパク質を作らせる酵母です。

酵母は、パンや酒を作るだけの生き物ではありません。
油をためる酵母もいれば、タンパク質を作る酵母もいる。

小さな細胞の中に、発酵食品だけでなく、医薬品、酵素、研究用タンパク質へつながるものづくりの力が隠れているのでした。

次回は、私たちの体とも関わる酵母 Candida albicans(カンジダ・アルビカンス)を紹介します。
パン、酒、発酵食品、バイオテックと続いてきた酵母の世界ですが、酵母は人間の体の中や表面にも存在します
C. albicans は、ふだんは体と共存しながら、バランスが崩れると感染症の原因にもなる酵母です。次回は、酵母と人間の「共生と感染」を見ていきましょう!


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参考文献

Pan, Y. et al. 2022. Current advances of Pichia pastoris as cell factories for production of recombinant proteins. Frontiers in Microbiology, 13, 1059777. DOI: 10.3389/fmicb.2022.1059777.

Barone, G. D. et al. 2023. Industrial production of proteins with Pichia pastoris—Komagataella phaffii. Biomolecules, 13, 441. DOI: 10.3390/biom13030441.

Bernauer, L. et al. 2021. Komagataella phaffii as emerging model organism in fundamental research. Frontiers in Microbiology, 11, 607028. DOI: 10.3389/fmicb.2020.607028.


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