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酵母の世界 No.10-2|Candida auris:医療現場が警戒する酵母

このシリーズでは、パン・ビール・ワイン・発酵食品を支える酵母たちを、研究者の視点から少しずつ紹介しています。
★酵母の世界を巡るためのまとめページを作成してます↓


前回は、甘味料エリスリトールをつくる酵母、Moniliella megachiliensis(モニリエラ・メガチリエンシス)を紹介しました。

今回は、医療現場で警戒される酵母、Candida auris(カンジダ・アウリス)について紹介します!

酵母というと、パンやお酒、発酵食品に関わる微生物を思い浮かべるかもしれません。
けれども酵母の中には、病院の感染対策で問題になるものもいます。

今回は、「なぜこの酵母が医療現場で問題になるのか?」という点について、酵母の生態と生理学の面から見ていきましょう!


薬が効きにくく、病院で広がる

C. auris は、主に医療施設で問題になる酵母です。

健康な人が日常生活で突然恐れる微生物というより、長期入院中の患者さん、集中治療を受けている患者さん、カテーテルなどの医療器具を使っている人、免疫力が低下している人で特に注意されます。

この酵母が警戒される理由の一つは、抗真菌薬が効きにくいことがあるからです!

細菌に抗生物質があるように、真菌には抗真菌薬があります。
しかし C. auris では、フルコナゾールなどの薬に耐性を示す株が多く、複数の薬が効きにくい場合もあります。
CDCも、C. auris を「抗真菌薬に耐性を示すことが多い酵母」として注意を呼びかけています。

また、もう一つの問題は、感染していなくても体に定着していることです。

定着とは、微生物が体に存在しているものの、必ずしも病気を起こしていない状態です。
C. auris は皮膚などに定着することがあり、その人に症状がなくてもこれが医療施設内では問題になります。

定着している菌が院内へ持ち込まれ、体力の弱った患者さんに感染する。

このようにしてC. aurisは人に対して危害を及ぼすのです!


しぶとく残るための能力

では、なぜ C. auris は病院環境で問題になりやすいのでしょうか?

鍵になるのは、いくつかの「しぶとさ」です。

一つ目は、薬剤耐性です。

抗真菌薬は、真菌の細胞膜や細胞壁など、真菌にとって重要な部分を攻撃します。
しかしC. auris の中には、薬の標的となる物質を変化させたり、薬を細胞外へ排出したりすることで、薬に対して強くなる株があります。

しぶとさの二つ目は、表面に残る力です。

多くの微生物にとって、清潔で乾燥した環境表面は生きやすい場所ではありません。
水分が少なく、栄養も限られます。
それでも C. auris は、病院内の表面や医療器具に残ることがあります。

三つ目は、バイオフィルムです。

バイオフィルムとは、微生物が表面に付着し、細胞の集まりとして存在する状態です。
ぬめりのある膜のようなものを想像すると分かりやすいかもしれません。

バイオフィルムの中では、微生物は単独で浮いているときとは違う性質を示します。
薬剤や消毒への抵抗性が高まることがあります。
C. auris でも、バイオフィルム形成が医療器具や環境表面での生存に関わると考えられています。

そして4つ目が、温度への強さも重要です。

人間の体温は、真菌にとって一つの障壁です。
多くの環境真菌は、37℃付近ではうまく増殖できません。
パンやビール酵母をイメージすると理解しやすいかもしれません。
しかし、C. aurisは人の体温でも活動を続けることができるのです。

つまり、C. auris の問題は、ひとつの能力だけで説明できるものではありません。

薬に耐える。
乾燥した表面に残る。
皮膚に定着する。
バイオフィルムをつくる。
人間の体温でも生きられる。

こうした性質の組み合わせが、医療現場では脅威として現れているのです。


病院の外にある起源

C. auris は、元々2009年に日本の入院患者の外耳道から分離・記載された酵母です。ちなみに種小名の auris は、ラテン語で「耳」を意味します。

ただし、C. auris は自然環境からも見つかっています。

アンダマン諸島の海岸や潮汐湿地から C. auris が分離された報告があり、少なくともこの酵母が環境中にも存在しうることが示されました。

C. auris の出現で不思議なのは、世界の複数の地域で、遺伝的に異なる系統がほぼ同じ時期に見つかるようになったことです。
このことから、自然環境にいた酵母が、何らかのきっかけで人間社会の医療環境へ入り込んだ可能性も議論されてきました。

まだ仮説ではありますが、その原因の一つが、温暖化との関係です。

多くの環境真菌は、人間の体温では増えにくい。
だからこそ、哺乳類の高い体温は、真菌に対する防御にもなっています。

しかし、環境中の真菌が高温に耐える方向へ適応していけば、人間の体温という壁を越えやすくなるかもしれません。
C. auris についても、温暖化による熱耐性の獲得が、哺乳類への適応に関わったのではないかという仮説が提案されています。

もちろん、この仮説だけで C. auris の出現をすべて説明できるわけではありません。

抗真菌薬の使用、医療施設での感染対策、国際的な人の移動、患者さんの背景など、複数の要因が関わっている可能性があります。
温暖化説は、あくまで一つの見方です。

この視点で見ると、自然界で持っていた高温や乾燥などのストレスへの適応システムが、医療現場で問題になる性質として現れた可能性があります。

つまり、

自然界での環境適応が、人間社会の中で別の意味を持つことがある

ということですね。


おわりに

Candida auris(カンジダ・アウリス) は、医療現場で警戒される酵母です。

抗真菌薬が効きにくいことがあり、皮膚に定着し、病院環境に残り、感染対策上の問題になります。

しかし、この酵母を単に「怖い病原酵母」とだけ見ると、大事な部分を見落としてしまうかもしれません。

C. auris の怖さは、特別な毒を持っていることではありません。

薬剤、乾燥、体温、消毒、医療器具という環境の中で生き残る力にあります。

そして、その力はもともと自然界での環境適応とつながっている可能性があります。

C. auris は、酵母の生理的特長がパンなどの産業へ利用される一方で、特長が変われば医療の問題ともなることを教えてくれる存在ですね。


次回は、「香り」で発酵に関わる酵母 Cyberlindnera saturnus(サイバーリンドネラ・サトゥルヌス)を紹介します!

ビール酵母というと、麦汁の糖を発酵してアルコールをつくる微生物、というイメージがあるかもしれません。

しかし、低アルコールビールやノンアルコールビールでは、少し違う課題があります。

「アルコールを増やしすぎずに、どうやって発酵らしい香りや味わいを出すのか?」

そこでC. saturnus が注目されています!

次回は、香りを通して、酵母が「酔わせる」だけではなく、「香らせる」存在でもあることを見ていきたいと思います!


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参考文献

Satoh K, Makimura K, Hasumi Y, Nishiyama Y, Uchida K, Yamaguchi H.
Candida auris sp. nov., a novel ascomycetous yeast isolated from the external ear canal of an inpatient in a Japanese hospital. Microbiology and Immunology. 2009;53(1):41–44.

Centers for Disease Control and Prevention.
Clinical Overview of Candida auris.

Centers for Disease Control and Prevention.
Antifungal Susceptibility Testing for C. auris.

Casadevall A, Kontoyiannis DP, Robert V. On the emergence of Candida auris: climate change, azoles, swamps, and birds. mBio. 2019;10(4):e01397-19.


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