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酵母の世界 No.19-2|Cyberlindnera saturnus:栄養を香りに変える酵母

このシリーズでは、パン・ビール・ワイン・発酵食品を支える酵母たちを、研究者の視点から少しずつ紹介しています。
★酵母の世界を巡るためのまとめページを作成してます↓


前回は、医療現場で警戒される酵母 Candida auris(カンジダ・アウリス)を紹介しました。

今回は発酵食品の世界に戻ります!
テーマは、「香り」です。

発酵食品の香りというと、原料の香りを思い浮かべるかもしれません。
果物なら果物の香り、麦汁なら麦の香り、米なら米の香り。

もちろん、原料は大切です。

でも、発酵の香りは原料だけで決まるわけではありません

酵母が糖やアミノ酸を取り込み、細胞の中で代謝する。
その過程で、アルコール、酸、エステルなどの揮発性成分が生まれます。
揮発性成分とは、空気中へ出ていきやすく、私たちが香りとして感じやすい成分のことです。

今回の主役は、Cyberlindnera saturnus(サイバーリンドネラ・サトゥルヌス)、文献では旧名の Williopsis saturnus (ウィリオプシス・サトゥルヌス)として登場することも多い酵母です。

この酵母は、発酵の中で果実様、花様の香りに関わる成分をつくる酵母として研究されてきました。

酵母はアルコールをつくるだけではありません。
糖やアミノ酸を、香りへ変える存在でもあるのです!


土壌や植物との関わり

C. saturnus は、南アフリカの土壌から分離された株として登録されています。

また、トウモロコシの根の内部から分離された内生酵母の報告もあります。内生酵母とは、植物の組織の内部に存在する酵母のことです。

そのトウモロコシ由来株では、インドール-3-酢酸、つまり IAA をつくることが報告されています。
IAA は植物ホルモンであるオーキシンの一種で、根の伸長や植物の成長に関わる物質です。

土壌や植物の根のまわりには、糖、有機酸、アミノ酸など、微生物が利用できる有機物があります。
酵母はそうした栄養を取り込み、自分の細胞をつくるだけでなく、さまざまな代謝産物を生み出します

その一部は、発酵食品では香りとして人間に感じられ、別の一部は植物の成長を助けます。

発酵食品で感じる香りも、自然界での酵母の代謝と切り離されたものではありません。


糖とアミノ酸が、香りへ変わる

では、C. saturnus はどのように香りをつくるのでしょうか?

注目したいのは、エステル高級アルコールです。

エステルは、果実のような香りに関わることが多い成分です。
発酵食品やお酒の中では、少量でも印象を大きく変えることがあります。

C. saturnus で特に分かりやすいのは、イソアミルアセテートです。

イソアミルアセテートは、バナナのような香りに関わる代表的なエステルです。

C. saturnusは、ロイシンというアミノ酸を細胞内で分解し、イソアミルアルコールという高級アルコールを生産します。

一方で、の代謝からは、アセチルCoA という細胞内の重要な中間体が供給されます。

そして、イソアミルアルコールとアセチルCoA由来のアセチル基が結びつくことで、イソアミルアセテートができます。

つまり、バナナのような香りは、糖代謝とアミノ酸代謝が交差するところで生まれているのです!

同じように、フェニルアラニンというアミノ酸からは、2-フェニルエタノールという花様、バラ様の香りに関わるアルコールが生じます。
さらに、それがエステルになると、2-フェニルエチルアセテートのような香気成分につながります。

つまり、酵母の働きは、糖をエネルギーに変えるだけではありません。

アミノ酸を分解し、糖代謝でできた中間体と組み合わせながら、私たちが果実様、花様と感じる香りをつくります。

C. saturnus の香りの面白さは、まさに「アルコールをたくさんつくることではなく、栄養を香りへ変える代謝」にあるのです!


香りで発酵の印象を変える

このC. saturnus の性質は、発酵食品や発酵飲料の研究で注目されています。

たとえば、果汁発酵では、ロンガン果汁やパパイヤ果汁の発酵にこの酵母が使った経験があります。
これらの研究では、イソアミルアセテート、2-フェニルエタノール、2-フェニルエチルアセテートなど、果実様・花様の香りに関わる成分が調べられています。

つまり、C. saturnus は、発酵食品の香りを変える酵母として見ることができます。

発酵では、必ずしもアルコールをたくさんつくる酵母だけが重要なのではありません。
香りをつくる酵母、酸をつくる酵母、糖の使い方が違う酵母など、さまざまな酵母が発酵食品の個性に関わります!

この視点は、低アルコール・ノンアルコールビールの研究にもつながります。

ノンアルコールビールでは、アルコールを増やしすぎることはできません。しかし、発酵を弱めると、麦汁っぽさ物足りなさが残りやすくなります。

そこで重要になるのが、アルコールを多くつくらなくても、発酵らしい香りをつくれる酵母です!

C. saturnus は、その候補の一つとして研究されているのです。

つまり、発酵の価値は、アルコール量だけではありません。

香りをつくり、飲み物の印象を変えることも、酵母の重要な働きなのです。


おわりに

Cyberlindnera saturnus(サイバーリンドネラ・サトゥルヌス)は、糖やアミノ酸を香りへ変える酵母です。

この酵母は、土壌や植物とも関わり、発酵環境では果実様・花様の香りに関わる成分をつくります。

発酵食品の香りは、原料だけで決まるものではありません。

酵母が何を食べ、どの代謝経路を使い、どんな揮発性成分を生み出すかによって、香りの印象は変わります。

私たちは発酵を、ついアルコールや酸の生成として見がちです。

でも、発酵の魅力はそれだけではありません。

少量の香気成分が、飲み物や食品の印象を大きく変えることがあります。

C. saturnus は、酵母が「酔わせる」だけでなく、「香らせる」存在でもあることを教えてくれる酵母です。


次回は、ワインやコーヒーなどの発酵で香りや酸味を変える一方、果実を守ることも、傷めることもある酵母 Pichia fermentans(ピキア・ファーメンタンス)を紹介します。

同じ酵母が、なぜ発酵では有用になり、別の環境では腐敗に関わるのでしょうか?

そこから、「役に立つ酵母」「困った酵母」の違いを考えてみます!


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参考文献

Nassar AH, El-Tarabily KA, Sivasithamparam K. Promotion of plant growth by an auxin-producing isolate of the yeast Williopsis saturnus endophytic in maize (Zea mays L.) roots. Biology and Fertility of Soils. 2005;42(2):97–108.

Trinh TTT, Yu B, Curran P, Liu SQ. Formation of aroma compounds during longan juice fermentation by Williopsis saturnus var. saturnus with the addition of selected amino acids. Journal of Food Processing and Preservation. 2012;36(3).

Bellut K, Michel M, Zarnkow M, et al. Screening and Application of Cyberlindnera Yeasts to Produce a Fruity, Non-Alcoholic Beer. Fermentation. 2019;5(4):103.


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