酵母の世界 No.22-1|Moniliella megachiliensis:甘味料をつくる酵母
このシリーズでは、パン・ビール・ワイン・発酵食品を支える酵母たちを、研究者の視点から少しずつ紹介しています。
★酵母の世界を巡るためのまとめページを作成してます↓
前回は、デンプンを糖へ変える酵母、Saccharomycopsis fibuligera(サッカロマイコプシス・フィブリゲラ)を紹介しました。
今回は、糖を別のかたちへ変える酵母です。
食品表示で「エリスリトール」という名前を見たことがありますか?
糖質オフ食品、低カロリー食品、ガム、飲料などに使われる糖アルコールの一種です。
近年は、エリスリトールと心血管リスクとの関連を示す研究も報告され、その健康への影響については慎重な議論が続いていますが、今回の記事では、「酵母にとってエリスリトールとは何か?」という点について紹介します。
今回の主役は、Moniliella megachiliensis(モニリエラ・メガチリエンシス)です!
この酵母は、エリスリトールをつくる酵母として研究されてきました。
「酵母にとっては環境を生き抜くための代謝産物、人間にとっては甘味料」そんな甘さに関わる酵母を見ていきましょう!
エリスリトールを発酵する
エリスリトールは、砂糖に比べてカロリーが低く、血糖値への影響が小さい甘味料として利用されてきました。
この物質は化学合成だけでなく、微生物発酵によってもつくられます。
そこで注目されてきた酵母の一つが、M. megachiliensis です。
この酵母は、高い糖濃度に耐えながら、糖をエリスリトールへ変える能力を持っています。
工業的にはグルコースなどの糖を原料にして、エリスリトールを発酵生産する研究が行われてきました。
さらに最近では、バイオディーゼル生産などで生じる未精製グリセロール廃液を利用して、エリスリトールをつくる研究もおこなわれています!
人間にとって扱いにくい副産物が、M. megachiliensis にとってはエネルギー源になります。
そしてこの酵母はそれを、食品素材として利用される物質へ変えることができるのです!
この視点で見ると、酵母は単に糖をアルコールへ変える微生物なのではなく、別の価値ある食品成分へ変える小さな工場でもあるのです!
細胞を守るポリオール
では、なぜ M. megachiliensis はエリスリトールをつくるのでしょうか?
ここで大事なのが、高浸透圧という環境です。
たとえば、糖が非常に多い環境では、細胞の外側に溶けている物質の濃度が高くなります。
すると、細胞の中の水が外へ引っ張られやすくなります。
酵母にとっては、細胞が乾くようなストレスです。
浅漬けと一緒ですね。
このような環境で生きるには、細胞の内側のバランスを保つ必要があります。
そこで一部の酵母は、ポリオールと呼ばれる小さな分子をつくります。
ポリオールは、糖アルコールとも呼ばれる物質群です。
グリセロール、マンニトール、エリスリトールなどが含まれます。
これらの分子は細胞内にたまっても、タンパク質や酵素の働きを大きく邪魔しにくい性質を持っています。
細胞の中にこうした分子が増えると、外へ水が逃げにくくなり、細胞内の環境を保ちやすくなります。
つまり、糖アルコールは甘味料としてだけでなく、酵母にとっては高糖環境を生き抜くための「水分バランスを守る分子」でもあるのです!
糖や有機物が濃い場所
M. megachiliensis は、もともと Trichosporonoides megachiliensis (トリコスポロノイデス・メガチリエンシス)として記載され、アルファルファハキリバチの餌、幼虫の腸内容物、糞などと関わる黒色酵母様真菌として報告されました。
ここで面白いのは、昆虫とのつながりです。
ハキリバチは植物片を利用し、巣の中には花粉や蜜に由来する栄養が集まります。
こうした場所には、糖や有機物が濃く存在する小さな環境ができます。
糖が多い場所は、酵母にとって栄養が豊富な場所ですが、同時に、水が奪われやすい厳しい環境でもあります。
つまり、M. megachiliensisのエリスリトール生産能力は、自然界において糖や有機物が濃い場所で生きるための性質だったのです。
産業利用とは、「自然界で酵母が持っていた能力を、人間が見つけ直す営み」でもあります。
M. megachiliensis のエリスリトール生産も、その一つとして見ることができますね!
おわりに
Moniliella megachiliensis(モニリエラ・メガチリエンシス)は、エリスリトールをつくる酵母として研究されてきました。
一部の低カロリー甘味料がこのように作られているとご存じでしたか?
この酵母を知ると、食品表示の見え方が少し変わる気がします。
「エリスリトール」という名前の奥には「甘さ」だけではなく、糖の多い環境で水分バランスを保とうとする「酵母の生理反応」があります。
酵母は、糖を食べるだけではありません。
糖をアルコールへ変え、糖を細胞を守る分子へ変え、時には人間が利用する食品成分へ変えます。
次に低カロリー食品の成分表示を見るとき、そこに小さな酵母の生存戦略が隠れているかもしれませんね!
次回は、医療現場で警戒されている酵母 Candida auris(カンジダ・アウリス)を紹介します。
酵母というと、パンやお酒、発酵食品に関わる微生物を思い浮かべるかもしれません。
しかし酵母の中には、病院の感染対策で問題になるものもいます。
C. auris が注目される理由は、単に人に感染するからではありません。
抗真菌薬が効きにくいことがあり、病院環境で生き残り、患者さんの皮膚や医療器具、環境表面を介して広がることがあるからです。
つまり、この酵母の怖さは、医療環境の中でしぶとく生き残る力にあります。
次回は、なぜ Candida auris が医療現場で問題になるのかを、酵母の生態と生理の面から見ていきます!
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参考文献
Kobayashi Y, Yoshida J, Iwata H, Koyama Y, Kato J, Ogihara J. Erythritol production by Moniliella megachiliensis using nonrefined glycerol waste as carbon source. Letters in Applied Microbiology. 2015;60(5):475–480.
Kobayashi Y, Yoshida J, Takeuchi T, Koyama Y, Kato J, Ogihara J.
Metabolic correlation between polyol and energy-storing carbohydrate under osmotic and oxidative stress condition in Moniliella megachiliensis. Journal of Bioscience and Bioengineering. 2015;120(1):78–83.
Inglis GD, Sigler L, Goettel MS. Trichosporonoides megachiliensis, a new hyphomycete associated with the alfalfa leafcutter bee, Megachile rotundata.
Mycologia. 1992;84(4):555–570.
Rzechonek DA, Dobrowolski A, Rymowicz W, Mirończuk AM. Recent advances in biological production of erythritol. Critical Reviews in Biotechnology. 2018;38(4):620–633.
Witkowski M, Nemet I, Alamri H, et al. The artificial sweetener erythritol and cardiovascular event risk. Nature Medicine. 2023;29:710–718.
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