酵母の世界 No.21-1|Saccharomycopsis fibuligera:デンプンを糖に変える酵母
このシリーズでは、パン・ビール・ワイン・発酵食品を支える酵母たちを、研究者の視点から少しずつ紹介しています。
★酵母の世界を巡るためのまとめページを作成してます↓
前回は、赤い色素で環境を生き抜く酵母、Rhodotorula mucilaginosa(ロドトルラ・ムシラギノーサ)を紹介しました。
今回は、発酵の入口に関わる酵母です!
酵母というと、
ブドウ糖(グルコース)や果糖(フルクトース)のような小さな糖を食べて、アルコールや二酸化炭素をつくる微生物
というイメージがあるかもしれません。
では、周りに小さな糖がなく、グルコースが長くつながった大きな分子「デンプン」しかない場合はどうするのでしょうか?
多くの酵母はデンプンをそのまま利用することはできません。
発酵に使うには、まず小さな糖へ切り分ける必要があります。
ここで登場するのが、Saccharomycopsis fibuligera(サッカロマイコプシス・フィブリゲラ)です。
この酵母は、デンプンを分解する酵素を外へ出し、発酵に使える糖を生み出す酵母として知られています。
今回は、発酵のための糖を「つくる側」にも回り、酵母の固定観念を変えてくれるS. fibuligeraについて紹介します!
デンプン発酵の入口をつくる
米、麦、芋、トウモロコシなどには、多くのデンプンが含まれています。
しかし、デンプンはそのままでは発酵しにくい原料です。
そのため、酒や発酵食品をつくるには、まずデンプンを糖へ変える「糖化」という段階が必要になります。
日本酒では麹菌が米のデンプンを糖へ分解し、その糖を酵母が発酵します。
つまり、デンプン質の原料では、「糖をつくる微生物」と「糖を発酵する微生物」の連携が大切になります。
なんとS. fibuligera は、この糖化に関わることができる酵母なのです!
産業的にも、この性質は注目されます。
デンプンを分解する酵素を持つ酵母は、デンプン資源を発酵へつなげる候補になります。つまり、グルコースを使用する必要が無くなります!
さらに、S. fibuligera の糖化に関わる遺伝子群は、ほかの酵母にデンプン利用能を持たせる研究にも使われてきました。
つまり、この酵母は「発酵する酵母」というより、発酵が始まるための糖を用意する酵母として見ることができそうですね。
アジア由来の酵母
S. fibuligera は、デンプンを含む植物素材や、米・穀物を使う伝統的な発酵スターターから見つかる酵母として知られています。
たとえば、韓国の米酒づくりに使われるヌルクや、中国の白酒づくりに関わるスターターなど、デンプン質の原料を発酵させる環境で報告されています。
こうした場所では、最初から小さな糖が豊富にあるとは限りません。
そのため S. fibuligera は、細胞の外へデンプン分解酵素を出します。
この酵素によって、デンプンはグルコースやマルトースなど、より小さな糖へ切り分けられます。
そうしてできた糖を、この酵母自身が取り込み、増殖や発酵に使います。
ただし、ここで面白いことが起こります。
糖化は細胞の外で起こるため、できた糖は S. fibuligera だけが利用するわけではありません。
発酵環境の中に広がり、ほかの酵母や細菌も利用できる可能性がありのです!
その結果、S. fibuligera は自分のためにデンプンを分解しながら、同時に発酵環境全体へ糖を供給する存在にもなります。
外へ酵素を出して、デンプンを切る
では、S. fibuligera はどのようにデンプンを糖へ変えるのでしょうか?
鍵になるのは、アミラーゼやグルコアミラーゼと呼ばれる酵素です。
アミラーゼは、デンプンの長い鎖を途中で切り、短い糖へ分解します。
グルコアミラーゼは、デンプンの端からグルコースを切り出す酵素です。
重要なのは、これらの酵素が細胞の外で働くことです。
デンプンは大きな分子なので、そのまま細胞内へ取り込むことは簡単ではありません。
そこでこの酵母は、分解酵素を外へ出し、細胞の外でデンプンを小さな糖へ切り分けます。
そして、できた糖を取り込んで、自分の増殖や発酵に使います。
日本酒やビール醸造等に使われる酵母(主にSaccharomyces cerevisiae:サッカロマイセス・セレビシエ)は、デンプンを分解できないため、利用できる糖が現れるまで待ちます。
日本酒、味噌、醤油造りで「麹」が使われる最大の理由は、この点にあります。
しかし、S. fibuligera は。周囲の大きな炭水化物を自分やほかの微生物が使える糖へ変えることができます。
つまり、酵母なのに麹の様な働きができてしまう酵母なのです!
おわりに
Saccharomycopsis fibuligera(サッカロマイコプシス・フィブリゲラ)は、デンプンを分解する酵素を出し、発酵に使える糖を生み出す酵母です。
この酵母を知ると、発酵の見方が少し変わります。
酵母は、糖を食べる微生物。
それは間違いではありません。
パン酵母も、酒酵母も、基本的には周囲にある糖を取り込み、それを発酵へ使います。
私たちは酵母を、糖の「利用者」として見てきたと言えるかもしれません。
しかし、S. fibuligera は、その見方を少し広げてくれます。
酵母を「糖を使う微生物」としてだけでなく、「糖を取り出す微生物」としても見ると、酵母の世界が少し違って見えてきます。
いつか麹を使わずに日本酒が作れるかもしれませんね!
次回は、低カロリー甘味料の裏側にいる酵母を紹介します!
その名は、Moniliella megachiliensis(モニリエラ・メガチリエンシス)です。
「エリスリトール」という名前を、食品表示で見たことがありますか?
糖質オフ食品や低カロリー食品などに使われる、糖アルコールの一種です。
最近では、その健康影響について慎重な議論も出ていますが、今回見たいのは、エリスリトールが体に良いか悪いかではありません。
酵母は、なぜこの物質をつくるのでしょうか?
次回は、低カロリー甘味料の奥にある、酵母の生存戦略を見ていきます!
★過去の様々なトピックの記事を全てまとめてます。詳細はこちらから↓
これらの記事が参考になったら「スキ&フォロー」をぜひお願いします!
参考文献
Chi Z, Chi Z, Liu G, Wang F, Ju L, Zhang T. Saccharomycopsis fibuligera and its applications in biotechnology. Biotechnology Advances. 2009;27(4):423–431.
Xie ZB, Zhang KZ, Yang JG. Saccharomycopsis fibuligera in liquor production: A review. European Food Research and Technology. 2021;247:1569–1577.
Eksteen JM, van Rensburg P, Cordero Otero RR, Pretorius IS. Starch fermentation by recombinant Saccharomyces cerevisiae strains expressing the alpha-amylase and glucoamylase genes from Lipomyces kononenkoae and Saccharomycopsis fibuligera. Biotechnology and Bioengineering. 2003;84(6):639–646.
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはさらなる価値向上のために使用させていただきます!