アメリカ留学⑧最高の教授-4
Malcolm
私にとってMalcolmは教授としてだけでなく、1人の人間として尊敬できる人だった。彼にに出会ったのはアメリカへ来て2年目の春学期で彼は上級のデッサンクラスをその時、受け持っていた。
Malcolmとの出会い
成績に厳しいとか、生徒の作品に皮肉ばかり言う、たくさんの女生徒が泣かされている。など、よくない噂ばかり聞いていた。オールAの友人のちえでさえもMalcolmのベーシックデッサンクラスでCをもらっている。
だから私は、彼のクラスは極力選択しないようにしていたので上級デッサン クラスを彼が教えると知った時は選考するか迷った。どの専攻も上級のクラスは1学期に1クラスしかオープンされていない。この学期の上級デッサンクラスはMalcolmのクラスのみだった。卒業も近い私は、ほとんどのクラスを選択済みで、このクラスはどうしてもこの学期でとるしかなかった。
上級デッサンクラス
初日からクラスは緊迫していた。どのクラスでも初日の顔合わせは緊張するがMalcolmのクラスとなればなおさらだった。予定時刻よりかなり遅れて教室へ入ってきた彼は大きな声で話し始める。この瞬間を私は今でも鮮明に覚えている。彼が話し初めて10分ほどたった頃はDropすることなんて気持ちはすっかりなくなっていた。
話の内容や生徒達へ話しかける姿勢から、彼はものすごくアートを愛していて、そして自分がアートを教えられることに誇りを持っているのが、すごく伝わってきた。少なくても私にはそう感じられて仕方なかった。
なぜ、たくさんの生徒達が彼を悪く言うのか、その時は理解できなかったが、授業を重ねていくうちに彼は生徒、1人、1人の持ちうる限りの力を引きだそうとして、わざと意地の悪いことを言っているのが分かった。
生徒達の平均年齢は23歳位なので、彼の意図など考える余裕もなく、カチンとくるだけなのだ。最初の1週間で数人は姿を消していた。
最初の品評会では壁に貼り付けた全員の作品を見るなり「ひどすぎる!未完成の作品をよく持ってこれるな!そんなの貼り付けるな!」と怒って事務所へ戻ってしまった。
その数日後、質問があったので、彼の絵画のクラスに立ち寄ると向かい側の空いているStudioに呼ばれた。何か、ものすごくいやな予感がしたが、黙ってついていくと「先日、怒った件は君も入っているのだよ。」と言う。
要は留学生で英語にハンデがあるのは分かるが、君もクラスのみんなと同じく扱うよ。」と念を押しているのだろう。とその時は思った。
その後、デッサンを見せるように言われ「自分でこのデッサンをみてどう思うか?」聞かれた。私は「もちろん好きだ。」と伝え「ただ、努力をしたけれど、思ったようにはいかない。」といった。そして彼は「賛成だよ。君の作品は、つまらない作品だ。」と言った。私はどのプロジェクトも100%自分のエネルギーを出し切っている自身があったので、初めて自分の作品がつまらない。なんて率直にいわれたのが信じられなくて、その後の会話は全く上の空だった。何か遠くで誰かの声がする・・・という記憶しかない。
話が終わり、黙ってデッサンをしまう私にMalcolmが「大丈夫かい?」 といわれて意識がもどった気がする。そしてそのとたん、なぜか、涙が出てきたのだ。Malcolmもそれには驚き「今、授業を終わらせてくるので、ここで待っていなさい。」といわれた。私は「直ぐ後にクラスがあるので時間がない。」と泣きながら伝えた。すると彼は、「僕の言ったことを本当に理解しているか、確認したいので後で事務所に寄るように。」と私に言い聞かせた。結局、その後も他のクラスが夕方まで目一杯入っていたので、彼のオフィスへ寄ることは出来なかった。アパートに戻ってからも1人で大泣きしたのでこの後のクラスには目を真っ赤にしていったのを覚えている。
それでも彼が意地悪でそのようなことを言ったわけではない。とわかっていたので、クラスをDropすることは全く考えずに次回のクラスにも出席した。
プロジェクトの品評会
私のアイデアは、日本にいる姪っ子を思う気持ちや彼女に会えないさみしさを表現することだった。
最初の1枚は、彼女が私の日記帳にボールペンで落書きした余白に私が描いたものだった。その他、A4サイズの子供用の落書き帳に私が描き、それを日本へ郵送し、姪がその上にクレヨンでセーラームーンや虫といったもの無造作に描いた作品で、子供らしく何も恐れないで、私の描いた上にクレヨンで勢いよく描かれている。
他の生徒の作品に比べたら、自分の作品は子供じみていて、いつも浮いているような気がして品評会の度に居心地が悪くて仕方なかった。
最後の品評会で私が「絵画に比べたら、デッサンは得意でないのでこのプロジェクトは大変だったけど、今回は製作している間は姪っ子が側にいるような気がしたし、それが自分のアイデアであり、表現したかったものだった。」と発言すると、みんなが、次々に「いいね。」とか、「好きだ。」と言い出した。Malcolmはみんなに向かって「何を今更、言うのだ。最初はそんな風に言わなかったじゃないか。」と非難し始めた。私は彼が私の作品に対する気持ちを最初から深く理解していたのだ。とその時、改めて思えたのを覚えている。
油絵サマークラス
サマークラスは初級から上級の生徒を1つのクラスにおしこんでしまう。
4ヶ月で取得する単位を、3~4週間で取得するのだから、どのクラスもスケジュールはタイトだ。生徒に限らず、教える教授陣も大変だ。
初級から上級の生徒達が混ぜこぜで10人ほどいた。5人は上級レベルで風景画をすることになり、1週間に1度の品評会以外は外で各自、製作した。
私を含めて5人は初級レベルで毎日スタジオで製作した。
私以外の4人は初心者のためMalcolmは彼らに色についての基本知識や混ぜ方などを細かく指導していた。
私は絵画専攻なので彼は「どのような方向にいきたいか?どのようなスタイルが好きか?なぜ絵を描きたいか?」と答えに困るくらいに細かく質問してきた。
私はこの頃、自分の方向性が分からずにいた。
自分はSurrealistのDaliやMagritteの絵がすごく好きだった。毎日、カラーの夢を見る私は夢日記を子供時代からつけるほどで、彼らの心理学や夢というものが絵に組み合わされているところに興味があったのだ。そして、自分でもそのような絵を制作したかったが自分のみた夢という対象物のないものを描くということがとても難しいかった。だがMalcolmは「それが好きなら今、すぐに始めなくてはいけない。」と言い切った。
今まで見た夢をすべてスケッチブックに描き、その中から何点かピックアップして製作することになった。このクラスで2点製作した。
毎日、5人しかいないので、かなり細かく指導もしてもらい、油絵以外の話もたくさんしてもらった。他の4人もいい子達だった。
最終品評会前夜に私がオブジェで使用していたお酒(CHAMBOROでキャップ部分が王冠)をみんなで飲んだことは一生忘れられない。
クラスメイトの1人、リアは意識こそはちゃんとしているが「汗が止まらないよ~!」と手の甲で汗をぬぐいながら自画像を製作し、ジャスティンは当時19歳でまだ飲んではいけない年齢だったが「大丈夫!」とみんなで言い聞かせ飲ませてしまった。その後、気持ちよくなった彼は教室内を徘徊しだし、結局、作品を仕上げることは出来なかった。
翌日の品評会でMalcolmに「ジャスティン、自分の絵を見て完了していると思えるか?」と言われているのを見て、みんなで哀れに思い、授業の後、昨晩、私のお酒をみんなで飲んだことを報告した。Malcolmは「どうりでね。」とスタジオでの飲酒は厳しく禁止されているにもかかわらず、大して気にもとめていなかった。CHAMBOROをオブジェとして購入することを私に勧めたのは自分なので厳しくいえなかったのもあったのだろう。
私達はみんなで助け合い、上手い具合に1つにまとまっていた。
Malcolmの上級デッサンクラスは、このように和んではいなかったが、いい意味でお互い刺激しあい、意見を交換して、クラスは1つにまとまっていた。Malcolmにはクラスを1つにまとめ上げ一体感を作る能力がずば抜けてあったように思う。だから生徒達は彼のクラスではありったけの力を出し切るので製作した作品は素晴らしく、卒業後のポートフォリオとしてそれら全てを使用できるのだ。
4週間はあっという間だった。午後からの4時間のアルバイトと数時間の睡眠以外はスタジオで過ごした。
この頃がアメリカの4年間で1番幸せだったと思う。
Malcolmには、この1年後、私の最終学期にIndependent Studyという形で教わることになる。
Independent Study with Malcolm
初日のミーティングからお互い緊張していた。
Malcolmは私にとって、この学期が私にとって最終学期であり、とても意味のあるものだということを十分理解し、その重要な最終学期の教授に私が彼を指名したことからプレッシャーを感じていたのではないか、と感じた。
私は彼がいつもの調子で冗談や皮肉をいわず、意図的に私をつきはなそうとしていることが分かり、それでも落ち着いているよう努めたが、とても居心地が悪かった。4ヶ月を通じて自分のやることについてのペーパーを書き上げ、前学期で製作した作品を次回のミーティングに持参するように伝えられて初日は終わった。
次のミーティングで6枚ほどの風景画を並べているとMalcolmが黙って入ってきた。私は何を言われるのか怖くて、自分から「私の絵はStudy(習作)の方が出来がいい。とみんなに言われる。」とナーバスに言った。
Malcolmはしばらくの間、驚いたように1点1点を見つめて「These are very good.」と言い、しばらくしてから「君の作品を1年間、見ていなくて、上達はしているだろうと思っていたけれども、1年でここまでとは思っていなかった。想像以上だ。」と本当に唖然としていた。
そして、そこで初めて「Which are studies?」 と尋ねてきた。
絶対にお世辞なんて言う事のない教授からそんなことを言われてうれしい前に私はびっくりしていた。
これらの作品はD.Pという50代後半のベテラン教授のサマークラスで作成したものだった。Malcolmの時と同じように、彼の上級デッサンクラスを選択してすぐの彼のサマークラスをとる形だったので、すんなりと彼のスタイルにも慣れ、そしてとても細かく教えてもらいMalcolmの時とは違った意味で充実したサマークラスだったのだ。
Malcolmは1点、1点、またじっくり眺めてから、風景画を卒業制作とするように私に進めた。
「私達が頭で考える希望の作品と実際に出来上がる作品は違い、筆を持つ手はごまかせない。」というようなことを延々と説明した。
そして、自分も学生時代にAbstruction(抽象画)が好きで何枚も製作したけれども自分には向いていないことに気づいたという。
実際、彼の絵はとても伝統的な絵だった。
彼はじっくり対象物をみて1箇所、1箇所を丁寧に時間をかけて仕上げていく。1枚にものすごく時間をかけるのだ。そして、仕上がった絵は本物そっくりでまさにRealisticという私の作り上げたい絵だった。実際に彼のサマークラスを取っているときは、未完了作品が嫌いな彼は、1枚の絵をきちんと完了させること、時間をかけることを生徒達に教えていた。
対照的にD.Pのサマークラスでの作品は長くても1枚に2セッションしかかかっていない。外で製作する風景画は常に太陽が動いている為、毎時、光が違って見えるし、急いで仕上げることを余儀なくされる。
その為、細かいところは気にせずに、目に見える重要なポイントから描いていく必要性がある。私自身、今までのように、ゆっくり時間をかけて描くことが出来ないことにフラストレーションをものすごく感じたのにも関わらず、仕上げた何枚もの絵は誰が見ても今までのどの絵よりも出来がよかった。
Malcolmは自分の風景画用のイーゼルに私の好きなWilliamsburghのTitanium White Bleechをつけて貸してくれた。こうして、私の卒業制作は風景画となった。上手くいかなくて、泣いたり、怒ったりして捨てた作品をいれると、4ヶ月で50枚以上は製作した。3回目のMeetingで既に10枚以上の絵を持っていった時は、さすがのMalcolmも文句がいえなかった。
11月はすでにこの地域はかなり冷え込み、外に1時間もいると手だけでなく体全体が凍りつく。私は部屋の中での製作に切り替えたいと言ったが「最初に風景画と決めたから。」とまったく受け入れてもらえなかった。手袋の先を切り、温かいコーヒーを持っていけ、とアドバイスされ、おまけに「屋内でやったら承知しない。卒業単位を与えるかどうかは誰が決めるか知ってるかい?」と皮肉たっぷりに言われた。
卒業に向けて
Malcolmは最後の日は製作した絵をフィルムにどうおさめるかやって見せてくれた。この最後のミーティングの前にコーヒーとベーグルを買ってきてくれて「食べなさい。」と言い、自分はやりかけの仕事を終わらしてから戻ってきた。
他の生徒にはこんなことはしないので、私がベーグルを食べながら、コーヒー片手に彼とスタジオで話しているのを他の先生は驚いて見ていた。
これが最後のミーティングなんて信じられないと思いながら、彼の話を1つも見落としまい、と必死に聞いていたのを覚えている。全ての作品をアパートに持って帰れず、Malcolmは自分のOfficeに置いていく様に私に勧めた。その時、言われた「See you next week.」は今まで、何度も言われてきたのに、この時、何故か特別な感じがした。次回のミーティングはないのにMalcolmもそういわずにはいられなかったのだと思う。
4ヶ月を通じて、彼とのミーティングは6回ほどだったと思う。
私はもっと会って色々と聞きたかったが、ミーティング回数を多くしないことも彼の意図の1つだったのかと思う。
彼は私に卒業してはるかかなたの日本に戻ってしまえば自分はいなくて、私は1人でやっていかなくてはいけないので、もう生徒ではなくて、今から1人のPainterとして自分自身にも、自分の作品にも自信をもってこの最終学期を送ってほしいと言う。その時、彼が何を言っているのかは分かったが、私は本当の意味での理解はしていなかった。
だが、日本へ帰国して初めて、私は彼が自分の目的を1人の教授として、やり遂げたことを十分に理解している。
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