アメリカ留学⑧最高の教授-2
Mr. Deka
Mr.DekaはArt Historyの教授だった。40代で背が高く、スリムでダークスキンで真っ黒な髪の男性だった。女子生徒達からは人気があった。祖父母はPolishだといっていた。
私が彼のクラスを好んで選択したのは、ルックスではなく、彼が本当にArt Historyを愛していることと、アメリカ人では、なかなか持ち合わせない気の細かさを持っていたからだ。
Mr.Deka自身、テキストの中身を教えるよりも、各時代のアーティストの裏話を生徒達に話すのが好きなようだった。聞いていると、その時代にタイムスリップしてしまったかのような錯覚を受ける。
「Paolouccello,フローレンスの大聖堂のSir. John Hawkwoodの製作者は遠近法の研究に夢中になり、妻と恋に落ちるのではなく、遠近法と恋に落ちたと当時言われていた。」というような話をたくさんしてくれた。
彼自身、常に学ぶことが好きで、本当にたくさんの本をいつも読んでいて、その中から、ピックアップして私たちに聞かせてくれていた。
中世時代の芸術の話をしている時は「当時、金髪で背の高い人々が人気があったので、君と僕はその時代ではもてなかったよ。」と冗談を言われたこともあった。
2年目の秋学期に初めてMr.Dekaのイタリアン ルネッサンスのクラスを専攻したが、私は他に3つのスタジオクラス(制作クラス)を専攻していた為、時間がなく、2回ほど彼の授業に出席し、泣く泣く、このルネッサンスクラスをDropした。この時、Mr.Dekaが筆記体で黒板にかくので「ブロック体にしてもらえないでしょうか。」お願いしたことがあった。
この1年後に彼のMedieval Art Historyのクラスを再度、専攻することが出来たのだが、彼は黒板に筆記体でかき始め、途中で手を止めてブロック体で書き始めた。後でお礼をした際に「僕が日本に行ったら、日本語分からないし、君のように振舞えない。」と、50人位のクラスだった中、たった1人のために気をまわしてくれたのだ。
私はArt Historyも絵画に負けないくらい好きだったので毎朝5時に起き、数時間、厚いテキストを読んでから午前のクラスへ出かけた。
1度だけ、スタジオクラスで精神的に参っていた時期にテストでDをとってしまったことがあったが、Mr.Dekaは私以上にショックを受けていたのを覚えている。追加のテストかレポート提出をすることをで免除してくれる教授もいると聞いていたので、その旨、Mr.Dekaに提案をすると「自分はそのようなことはしていないし、次のテストで君がいつもどおりのいい成績を取ることを信じている。君も自分を信じないとだめだよ。」と言われた。そして、手に持っていたニューヨークの日本領事館からある人が大学にスピーチへ来るポスターを私に見せて「これに出席しないの?」と気を使って話をそらしていた。そうやって彼が信じてくれているのに落ち込んでいる場合ではないと思い、気持ちを改めなおした。
卒業の時の教授や友人からの色紙にMr.Dekaからは「君と出会い、知る事によって、君を通して色んなことを学んだよ。将来君がArtでやろうと決めたことが何であっても、君は成功すると僕は信じている。テストの前のミーティングが出来ないのが寂しいよ。とてもすばらしい時間だった。素晴らしい人生を!」というメッセージは彼が普段は多く語らない人なので、とても心に響いたメッセージだった。
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