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稽留流産、前日の処置と日帰り手術

心拍確認、心拍停止確認、手術決定…と数週間で駆け抜けました。

この記事では、手術決定から、手術までの1週間、前日、当日についてまとめます。


手術までの1週間

流産が確定し、流産の手術をするまで、1週間ありました。この間、私たち夫婦は映画に行ったり、のんびりすごしました。夫と「〇〇ちゃん(胎児ネーム)と最後のおでかけできて良かったね〜」などと話していました。

流産確定の日のあとは、私は思ったよりも泣きませんでしたし、非常に冷静でした。涙はもう流産がほぼ確定した、7週目に一番流したため、大分心の整理と準備ができていた気がします。

対して夫は、流産確定後に、「喪失感がすごい」と、ボー然とする時がありました。夫はわたしよりは喜怒哀楽がマイルドなのですが、この時ばかりは本当に辛そうで、私の方が少し先に立ち直っていたかもしれません。

しかし、手術の前処置の日付が近づくと、急に「お腹の子とお別れしたくない!」と思うようになりました。

もうお腹の子は心臓を動かしていません。成長を止めて、亡くなっています。でも、たった数週間でもお腹の中に命がいて、一緒に生きていたのです。そしてそのことがすごく嬉しくて、幸せだった。

この時、私は目にも見ていないお腹の子が、大好きになっていることに気づきました。いくらエコーでシルエットは見たとはいっても、またつわりもなかったので、妊娠の実感はほぼなかったのに、でも、この子のことが大好きなのです。

大好きなこの子と、ずっと一緒にいたのに、お別れしなくてはいけないのか…、と事実を突きつけられて、寂しくて悲しくてたまらなくなりました。

でも、いつ排出されるのかを不安に1ヶ月2ヶ月を過ごすのも怖い。手術で出してもらうことを決めたのだから、腹をくくらないといけないと思いました。

手術前の処置

いよいよ流産手術の前日となりました。基本的に予約の必要ない産婦人科ですが、前処置と手術は予約を取ります。夕方、予約の時間に来院しました。

比較的早く診察室に呼ばれ、検査の結果、手術に問題はないと言われました。翌日の手術の前に、膣に何かを入れる処置を受けました。あまり細かく説明がなく、診療明細書にも書いていないので確実ではないですが、恐らく「子宮頸管拡張材」というものだと思います。ラミナリアというものがメジャーのようで、よく流産体験記でも見ます。

もし手術までに痛みがあったら、手持ちの鎮痛剤を使っても良いとのことでした。私の場合はカロナールを持っていたので、痛くなったらそれで良いと言われました。

膣に何かを挿入されてから、なかなかの不快感でした。我慢できないほどではありませんでしたが、生理痛の時の膣のあたりの不快感でした。そのうち腰も生理痛そっくりに。会計のころにはすっかり生理気分でした。

これは寝るまで続きましたが、翌日の朝にはすっかり不快感はなくなり、爽快な気持ちになりました。

手術の前の夜

夜、夫と寝室でベッドに横になっているとき、改めて明日お腹の子とお別れすることを、二人で話しました。

二人でお腹をなでで、「お腹に来てくれて、ありがとうね」「ずっと一緒だよ」「絶対に忘れないからね」と声をかけました。久しぶりにたっぷり泣きました。

私は幽霊とか、死後の世界は基本的に信じていません。でも、身近で死んだ人については、死んだ後もずっと一緒にいる気がするし、かつ、私が死ぬ時に会えるとぼんやりと信じています。

お腹の子も、これからは物質的にはいなくなってしまいますが、精神的にはずっと一緒なのだと思います。それは、忘れないことで、ずっと一緒にいられるんだと思います。

私はまだ自分の家族で亡くなった人はいません。お腹の子が、初めての血がとても近い死になります。今までは完全に1人で生きていた気がしますが、これからはお腹の子と一緒に生きていけると思うと、少し心強い気がしました。

来院・静脈麻酔・手術

手術当日。この日は夫は1日有休をとってくれ、送り迎えをお願いしました。コロナ禍以降、この病院は夫の付き添いを禁止しているらしく、流産手術の場合も病院に入れませんでした。

受付をすること、花粉症で鼻水が止まらず、手術中も鼻水がで続けたらどうしよう…と不安になりました。結果は全然問題ありませんでしたが。

呼ばれると、そのまま手術室へ直行しました。手術着とかには着替えず、下半身のみ全て脱ぐだけだったような?(うろ覚え)。

看護師さんに指示を受けながら手術台に乗り、静脈麻酔のための点滴などを処置してもらいました。

看護師さんと雑談する上で、看護師さんも私と同じ歳で流産経験があることを打ち明けてくれました。流産って、経験している人は少なくないものの、少数派ではあります。「自分の流産について、どう思われるだろう?」というのはずっと考えてしまいます。同じ経験をした方に処置されるというのは、かなりの安心感がありました。

点滴が開始されてすぐに、お医者さんが入ってきました。少しぼーっとはなっていました。お医者さんは「すぐ麻酔が聞くからね〜」と話していましたが、まだ意識があるからちょっと怖いな、などと思った瞬間、恐らく一瞬で意識を失いました。

目が覚めるまで、恐らく回復室に移動された時の「せーの!よいしょ!」みたいな掛け声のみ聞こえました。しかし、それ以外は何をされたかもわからず、痛みも皆無でした。

目が覚めて

回復室で、かなりぼんやりでしたが、意識の回復を感じました。採卵の時と同じく、静脈麻酔の後のぼんやり感を楽しんでいました。私はなぜか静脈麻酔で麻酔ハイとなり、多幸感、何かを悟った感に包まれるのです。死ぬ時ってこんな感じかなー。何も怖くない、という感じ。夫に言うと、いつも不気味がられます。

そして周りを見ていると、回復室にはベッドが二つあり、衝立の向こうにもう一人いました。看護師さんとその人との話がいろいろ聞こえてきました。恐らく私より後の手術のようでしたが、私より早く帰っていました。会話から、10代か20代前半の若い女の子で、多分人工中絶だったのではないかと思います。処置としては全く同じ。不思議な感じでした。

意識を取り戻してからしばらくして、看護師さんが来てくれました。そこで膣に入れられていたガーゼを取り除いてくれ、点滴も外してくれました。私は紙パンツを履かされていました。あと1時間は眠っていて良いとのことでしたので、まだまだ頭がグラグラだったので、眠ることにしました。

眠る前に夫に「あと1時間くらい」とLINEを入れておきました。

迎えに来てもらう

意識が少し戻り、処置をしてもらい、そのまま1時間ほど寝てだいぶ回復したので、様子を見に来てくれた看護師さんに「夫に来てもらいます」と宣言し、夫を呼びました。

そのまま着替えをすませ、受付で会計と薬の処方。フロモックスという抗菌薬と、メチルエルゴメトリンマレインという子宮出血治療の薬を処方され、1日3回、3日分処方されました。

夫が来るまで受付横の椅子で待機、夫の車が来たら、看護師さんが車まで付き添ってくれました。そして夫に初めて助手席のドアを開けてもらいました。フラフラでこんな時ですが、大分ときめきました。男性はみんなやった方が良いぞ。

手術後の様子

帰りの車ではかなりキツイ車酔い、もしくは船酔いのような気持ち悪さ。ただし、手術の痛みはいっさいありません。自宅に到着して、夫に指定して買ってもらった昼ごはんのカツサンドとゼリー飲料のうち、ゼリー飲料だけ食べて眠りました。

少し眠ってお腹が空いたので、カツサンドを食べられました。

その日は眠るまで若干気持ち悪く、そして排尿がし辛かったです。麻酔のせいなのか、手術のせいなのか。しかしどちらも翌日にはだいぶマシになりました。しかし、生理と同じくらいの頭痛、気持ち悪さ、立ちくらみは術後1週間続きました。

出血は生理と同等のものが1週間続くといわれていました。その通り、当日、翌日は生理2日目くらいの出血がありましたので、厚手のナプキンでしのぎました。1週間で出血は落ち着きましたが、その後も若干血のかけらのようなものが出る時がありました。

まとめ

お腹の子の成長が遅いと発覚しから、2週間で流産手術となりました。非常にスピーディーな展開で、心が追いつかなかったかもしれません。

手術から1ヶ月半ほど経過した今の率直な気持ちは、「妊娠も流産も、どちらも夢の中のような気持ちで、実感がない」、です。これだけのことがあって実感がないってちょっと怖いですね。実感があると心にダメージがあるから、心の防衛機能が働いているのかな…?

流産は辛い経験なのですが、夫と気持ちを分かち合うことができ、頼もしい医療側のサポートがあり、一番良い形で終えられたと思います。本当に病院に感謝です。

次の記事は、心拍確認後の流産の場合の市町村での助成金申請、そして手術1週間後の診察についてまとめます。


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