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迷った時、私は自分の「何か違う」を信じている

正解を選んだはずなのに、なんか苦しい。
そんな経験はありませんか?

周りから見れば順調。
安定した仕事。
大きな問題もない。

それなのに、なぜか心のどこかがざわつく。

この迷いはどこから来るのか。
そして、迷ったとき、何を頼りにしたらいいのか?

誰かに相談する。情報を調べる。メリットとデメリットを書き出してみる。そうやって「正しい答え」を探そうとする人は多いと思います。私もかつてはそうでした。

でも今は違います。一番頼りにしているのは、論理でも情報でもなく、「なんか違う」という感覚、直感です。

今日は、その話を書いてみます。

正解なのに苦しい。その理由

みんながいいと言っている。実績もある。理屈の上では間違っていない。それでも、「なんか違う」と感じることがあります。

最初はその感覚を無視しようとしていました。

根拠がないから。感情的だから。やはり世間的に正解とされることの方が、いいんじゃないか。

でも何度か繰り返すうちに気づいたんです。「なんか違う」という違和感は、いい加減なものじゃないと。

それはむしろ、自分の経験や価値観が積み重なって出てくる、静かなシグナルなんだと思います。

リストラされても後悔していない

私は元国家公務員ですが、組織が再編され、本来やりたかった仕事ができなくなりました。

安定はしていました。生活費は稼げていました。でも「このままでいいのか」という違和感が、じわじわと大きくなっていきました。

もちろん、生活費を稼ぐための仕事と割り切って生きるという選択肢もあります。それが正解の人だっているはずです。

でも私には、その違和感を押し込め続けることができなかった。

結果として転職を選びましたが、その新しい職場では、3年後にリストラに遭いました。世間的に見れば、失敗かもしれませんね。

いやー、ショックでしたよ。まさか自分がそんな目に遭うなんて。

だけどその3年間、公務員の時にはできなかったことをたくさんやれた。

社長とは考えが合わないこともたくさんあったけど、ある意味、給料をもらいながら勉強ができたんだと思えば、ものすごく贅沢な時間だったと思うんですよ。

だから今振り返ってみて、あの違和感に素直だったことを、後悔していません。
あの選択があったから、今の自分がある。そう断言できます。

違和感は私の経験が教えてくれたメッセージかもしれない

勘違いしてほしくないのですが、「感覚だけで決めるべき」と言いたいわけではありません。

いろいろ周辺情報を調べて考えることも、もちろん大事です。

ただ、「なんか違う」という感覚は、単なる気分ではないと思っています。それはこれまでの経験や、自分が大切にしてきたことが、「ここじゃない」と教えてくれているサインなんじゃないかと。

情報がどれだけ溢れていても、自分にとっての最善は自分にしかわかりません。正しいかどうかではなく、「今の自分にとって何が必要か」を教えてくれるのが、この感覚だと思っています。

だから私は、迷ったとき、まず「なんか違う」がないかを確かめます。その感覚がある方向には、進まないようにしています。

自分にしか分からない答えがある

リストラという結果だけ見れば、あの選択は失敗に見えるでしょう。でも俯瞰すると、違和感を無視して「正解の道」に留まり続けた人生より、ずっと自分らしいものになっていると感じています。

正解を選んだはずなのに、どこかしっくりこない。そんな経験、あなたにもありませんか?

よかったら返信やコメントで教えてください。
案外、その違和感の中に次の一歩のヒントが隠れているかもしれません。


今日の納得解

🔶最適解:みんなが正解と言う道を選ぶ
🔵納得解:違和感を無視しない生き方の方が、自分らしい


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奈南有花*思考と言葉の編集者 涙が出るほど嬉しいです! チップは活動費、書籍の購入費に使わせていただきます。