見出し画像

たくさん迷っていい。向いてるかどうかなんてやってみるまでわからない

最初から、正解を探そうとしなくていい。

「将来やりたいことが分からない。」

多くの人が、同じことで立ち止まります。
大学生も。
社会人も。
40代や50代でも。

でも実際には、「やりたいこと」というのは、経験する前には分からないのです。

そう思ったきっかけは、中学生の次女が、学校で「将来なりたい職業」について聞かれたと話してくれたからです。

「そんなことわからないよ」

その一言を聞いて、私は思いました。当たり前だ、と。

やりたいことは、経験する前には決められません。それなのに、10代のうちから進路を逆算しなければいけない現実があります。

この矛盾は、この子のせいでも、意志が弱いせいでもありません。

経験の前に決めることが、そもそも無理なのです。

「早くから決まっていた私」の正体

私自身は、わりと早くから進路が見えていた方でした。

小学生の頃から弁護士や外交官に憧れ、高校生になったときは法律を作るために国家公務員になろうと思い、「法学部に行こう」と決めていました。傍から見れば、将来をしっかり考えている子どもだったかもしれません。

でも今から振り返ると、私は「やりたいこと」がわかっていたのではありませんでした。

「絶対に嫌なこと」がはっきりしていただけでした。

私が子どもの頃、正職として働く女性はまだ少なかったのです。育休という制度もなく、「女性は結婚したら家庭に入るもの」という空気が色濃く残っていた時代でした。その中で、私には一つだけ譲れないことがありました。性別に関係なく、自分の腕で働き続けたい。

その一点から逆算して、国家資格や専門職、法学部、という道筋が自然と見えていただけでした。「やりたいこと」への情熱ではなく、「これだけは嫌だ」という確信が、私の進路を作っていたのです。

「やりたいこと」と「向いていること」は、別物です

その後、私はおよそ道筋通りに進みました。やりたいことの方向は、間違っていなかったと思います。

けれど、40歳を過ぎて組織を離れて初めて気づいたことがあります。

自分は、組織で働くことに向いていなかった。

やりたいことと、向いていること。この二つは別物です。そしてどちらも、実際にやってみるまで本当のことはわかりません。違う環境に身を置いて初めて、見えてくることがあるのです。

以前、就活を前にした長女が「業界もわからないし、どの会社がいいかもわからない」と悩んでいたことがあります。

就活直前の大学生ですらそうなのです。中学生や高校生が、将来を見据えて大学を選ばなければいけないというのは、やはり無理があります。

「決められない」のは、考えが足りないからではありません。経験の前に決めることが、そもそも無理なのです。

迷うことは、失敗ではありません

向いていないと気づくことは、失敗ではないと思っています。

「自分にはこれが向いていない」ということが一つわかった。それは立派な収穫です。そこからまた別の道に進めばいいのです。

人生のステージによって、やりたいことだって変わっていきます。それで当然なのです。

今の日本で、40代や50代から新しい道に踏み出すのは、確かに簡単ではないかもしれません。

でも、あなたの人生です。たくさん迷って、納得できる道を探していい。それは10代でも、大人になってからでも、同じことだと私は思っています。

迷っている時間は、無駄ではありません。迷いながら経験して、気づいて、また動く。その繰り返しが、あなただけの道を作っていきます。

最初から正解を当てようとしなくていいのです。むしろ、「違った」と気づけることの方が大事だと思います。

人生は、一回で当てるゲームではありません。

たくさん迷っていい。迷うことがあなたの道を作る。

あなたは、「向いていなかった」と後から気づいた仕事や環境はありますか?
よかったら返信で教えてください。


今日の納得解

🔶最適解:自分に向いてることを見極めてから動く
🔵納得解:迷うことで自分の道が見つかる


関連記事:


最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
フォローやコメントでつながっていただけたら、とても励みになります。

もちろん、スキも大歓迎です!


サブスタック始めました。
フォローしていただけたら嬉しいです!

ニュースレター「日々の泡」
こちらも登録していただけたら嬉しいです!



文章術&書き方についてのマガジンです。

考えることについてのマガジン


いいなと思ったら応援しよう!

奈南有花*思考と言葉の編集者 涙が出るほど嬉しいです! チップは活動費、書籍の購入費に使わせていただきます。