自死問題への取り組み - 実践編 その5(埼玉いのちの電話研修講師)
2026年2月に行った、埼玉いのちの電話電話相談員の継続研修の報告その4の続きです。
前回は村松先生の本に紹介されていた手首自傷者の語りについて、ヒューリスティックな反応を考えましたが、今回は同じ語りに対し動機づけ面接のOARS(オールズ)で対応するとどう展開するのか、考えてみます。
▼動機づけ面接の全体像
動機づけ面接(MI)は米国の行動療法家であるミラーが、アルコール依存症患者の「飲酒行動」への介入スタイルとして開発したもので、アルコール問題や喫煙、生活習慣病などさまざまな分野において、行動変容と成長を支援する方法論として確立されています。MIの全体像は以下のようになっています。

ベースにあるのは面談のスピリット、PACE(協働、受容、思いやり、エンパワーメント)です。その上に面談の4つのタスクである関わる、フォーカスする、引き出す、計画する、があり、一番上に面談を動かすOARSがあります。
(余談ですがPACEはラテン語で「平和」を意味します)
以前、動機づけ面接の北田先生と、PACEとOARS、自転車にたとえたらどちらが前輪でどちらが後輪か、という話をしたことがあります。この図を改めて眺めてみて、PACEという後輪の駆動力によって、面談の4つのタスクという動機づけ面接本体が進み、OARSという前輪が舵を取っているように私は思いました。この「本体」部分を、たとえば認知行動療法に置き換えても、十分に成り立つモデルのように思いました。
脱線しました。前号の実践編その4で「善意だけはあるけれど~」と書いた部分があります。いや、善意、熱意はものすごく大事です。まさしくPACEです。でも、ハンドル操作(OARS)ができないと、どこに飛び出していくかわかりません。
▼面接の基本、OARS
ハンドル操作の基本がOARSで、以下の4つがあります。
Open questions(開かれた質問):説明不要かと思います。
Affirming(是認):ちょっとわかりにくい概念かと思います。相手の努力・強み・価値観を見つけて言葉にして伝えることです。「是認」という言葉は馴染みがないかと思いますが、相手を肯定すると捉えていいかと思います。単純な是認と複雑な是認があります。
Reflection(聞き返し):相手の言ったことを言い換えて返します。単純な聞き返しと複雑な聞き返しがあります。
Summarizing(要約):ここまでの話の大事な点を拾い、短く整理して返します。
この4つを駆使して面接を進めていくのです。支援職がクライアントとやり取りする時に、ここまで細かく分解して習得しやすくしている技法を他に知りません。教育用にも自分の面談を振り返るためにもとても有益なアイデアだと思っています。
動機づけ面接についてはこのnoteでも何度か取り上げていますので、よろしければこちらなどをご覧ください。
▼OARSで自傷の語りに対応してみる
では前号の実践編その4の自傷の語りに対し、OARSで対応するとどうなるかを見ていきます。OARSの返しに対する応答も想像して追加しています。
手首を切ってジンジンした痛みが出てくると、
「ジンジンした痛みですか…」(単純な繰り返し)
そうです。不思議と注意がそっちに向かったんです。
「注意がそっちに向く…」(単純な繰り返し)
はい。それまでは頭のなかで『なんで』『どうして?』『ひとりにしないで』『ひどい』って言葉が渦巻いていて、
「なるほど、いろいろな思いが頭のなかに渦巻くのですね」(複雑な聞き返し)
そうなんです。胸が苦しかったのに、切ったらそれを感じなくなった。
「そういうことなのですか!」(複雑な聞き返し)
はい。あれ、何か気持ちが楽になってるって、そのとき感じたんです。
「痛みに意識が向かい、苦しい思いを感じなくなるわけですね」(複雑な聞き返し)
どれだけ傷ついてめちゃくちゃになっていても、黙っていれば人に気づかれない。
「そうですね。わかりませんよね」(単純な是認)
はい。こんなに苦しんでいるのに、なかったことにされてしまう。
「それは辛いですね」(複雑な聞き返し)
そうなんです。だから、切ることで目に見えない心の痛みを形にして、残そうと思ったんじゃないでしょうか。
「こころの痛みを目に見える形で残すわけですね」(複雑な聞き返し)
はい。傷口から血が流れてきたとき、これだけ傷ついているんだ、傷ついたと思っていいんだ、ようやく安心することができたんです。
「血を見ることで、傷ついたと思っていいんだと安心できる、と」(複雑な聞き返し)
はい、傷ついた体と心がやっと同じになるみたいな、そういう感覚なのです…
いかがでしょうか。話し手は前号の実践編その4で挙げたヒューリスティックな応答の仮想例と同じことを語っているのに、まったく異なる経過になっているように感じませんか。この流れであれば、話題がもっともっと広がっていきそうです。違いは、こちらではヒューリスティックな判断を脇に置いて、相手の語りにできるだけ沿おうとしていることです。別の言い方をすれば、OARSを忠実に行ったのです。
▼もっと短く返せます
いや、こんなに丁寧に返すことなどできないとおっしゃる方があるかもしれません。実は私もここまで丁寧に返すことはほとんどありません。口下手というのもありますが(誰も信じないでしょうが)、言葉を挟むことで本人の話すことをなるべく邪魔したくないという思いが強いからです。たとえばこんな返し方をするかもしれません。
手首を切ってジンジンした痛みが出てくると、
「ジンジン!…」(単純な繰り返し)
そうです。不思議と注意がそっちに向かったんです。
「そっちに…」(単純な繰り返し)
(あるいは「注意が…」)
はい。それまでは頭のなかで『なんで』『どうして?』『ひとりにしないで』『ひどい』って言葉が渦巻いていて、
「渦巻く…」(単純な聞き返し)
そうなんです。胸が苦しかったのに、切ったらそれを感じなくなった。
「そういうことなのですか!」(複雑な是認?)
いかがでしょうか。キーワードと思われるものを口にしただけです。こちらの応答部分をつないでみていただくと、それなりの意味になっているのがわかるかと思います。
そして、言葉にしなくても、「豊かな相づち」を打っているだけでここまで持って来ることも可能だと思っています。先日行った長時間労働者の面談の話です。上司にきつく当たられて調子を崩していたけれど、この春に異動になり、自分はその上司から離れることができたので楽になると思う。でも残った人が心配、というようなことを話されていました。私は相づちを打ちながら20分くらい聞いていただけなのですが、最後にその方が、「私の話をすべて肯定してくださってありがとうございました」とおっしゃったのです。この面談自体が「是認」の場となったようです。是認が強力なエンパワーメントになると実感した瞬間でした。
次号その6では、ヒューリスティックな判断を避けきちんと傾聴するにはどうすればいいのかを考えます。
追記(2026.5.6 さらに追記2026.6.24)
やり取りの一番最後、
「そういうことなのですか!」
の部分のコメント「複雑な是認?」に「?」が付いています。これは驚きの感情表現ですが、感情についてはOARSでは特に言及がないようなのです。
このことについて北田先生に伺ったところ、初心者に感情の話をすると間違って捉えることがあるので、本にはあえて書いていない、みたいなことをおっしゃっていました。
(合ってるかな?北田先生からコメントが入ったら直します)
この部分、「そういうことなのか!わかった!」という驚きなので、OARSで言えば、やはり是認に該当するのだと思っていますが、はっきりしないので「?」を付けた次第です。
(これに関して北田先生に質問したところ、以下のようなコメントいただきました。「複雑な是認は、本人すら気づいていない意図や努力しようとしているところ、行動や計画などを言語化し、相手のやる気を引き出す。それに対して複雑な聞き返しは、言外の思考、または本人が述べていないけれど、思い浮かべている思考を言語化することで、相手の思考を先に進めることができるものです」。なるほど、この言葉で面接を先に進めていますよね。これは複雑な聞き返しでした)以上2026.6.24追記
ちなみに驚いたり、一緒に喜んだり悲しんだり怒ったりの感情表出や、あるいは「うんうん」とうなずいたり相づちを打つことも一種の感情表出と考えていて、私はよく使います。感情表出は是認につながると思っています。最後に挙げた、こちらとしてはただ聞いていただけだけど、肯定してくれたと感謝された例は、こういった感情表出によるものだと思います。
もちろんじっと聞いていることもあり、ケースバイケースですが、日本人の場合は反応があまりないと不安になるようです。この辺はフィンランドとは違うみたいで、こちらのnoteに書きました。
