自死問題への取り組み - 実践編 その6(埼玉いのちの電話研修講師)
2026年2月に行った、埼玉いのちの電話電話相談員の継続研修の報告その5の続きです。
▼「遅い脳(遅い思考)」は「共感脳」(仮称)
報告その3で社会的認知(ヒューリスティック)と社会的メタ認知を紹介し、報告その4ではヒューリスティックな聴き方の仮想例を提示し、報告その5では社会的メタ認知による聴き方を、動機づけ面接のOARSで考えてみました。このプロセスが二重過程理論が言うところの「遅い脳(遅い思考)」だと考えています。これを心理学的には「共感脳」と呼んでもいいのかもしれない、と研修では紹介しました。47野(前外側前頭葉)をよく使っているというわけです。
▼「速い脳(速い思考)」は「即断脳」(仮称)
一方、「速い脳(速い思考)」はどう呼んだらいいのか、ものすごく悩みました。報告その3で、「速い思考はシステム1と呼ばれ、反射的で迅速、無意識的、自動的、強制的に作動します。日常の簡単な判断や直観的判断、反射的な行動などがこのプロセスです。先ほどのヒューリスティックはこちらにあたります」と書きました。反射脳、迅速脳、無意識脳、自動脳、強制作動脳、直観脳などと言えるかもしれませんが、どうもしっくりときません。いっそ「ヒューリスティック脳」でいいのかもしれませんが、長い。迅速に判断するという意味で「即断脳」(仮称)という言葉を思いつき研修では紹介したのですが、「迅速脳」、「直観脳」も捨てがたいと思っています。
▼ヒューリスティックが悪いわけではない
報告その4とその5の紹介の仕方だと、ヒューリスティックな判断が悪いことのように読めてしまいますが、そうではありません。報告その3で述べたように、我々は普段、過ごしている時間の9割以上は速い脳の判断で考え行動していると言われていて、慎重な判断が必要な時だけ遅い脳が登場するのです。速い脳で判断すると間違えてしまうことがある、というだけの話です。先述の即断脳という言い方だと、人によっては悪いニュアンスに受け取るかもしれないと考え、迷ったわけです。
▼名前が付くと認識しやすい
カウンセリングの場面ではヒューリスティックな判断は慎重にした方がいい、避けた方がいいということで、二重過程理論を紹介しましたが、実際の脳の中ははっきりとこの2つに機能が分かれるわけではなくて、普段は側頭頭頂接合部(TPJ)が活性化しているけれど、じっくりと考える時は47野(前外側前頭葉)の方が活性化するということではないかと思います。白か黒かのように2つが切り替わるということではないと思っています。ただ、このように名前が付いた方が、「あ、今の思いは即断脳だ!TPJだ!」と気づきやすくなるのです。ひょっとするとカウンセリングの達人は即断脳でも間違えなく判断していけるのかもしれませんが、わかりません。
▼他人の心など、わからない
なぜこんなことにこだわっているのかというと、いくら丁寧に相手の話を聴いても、あるいは何百時間かけて話を聴いても、しょせん他人の考えていることなどわからない、他人の心などわからないのだから、「わかった気になるな」「わかったつもりで助言や指導などするな」ということが言いたいからです。「他人の心などわからない」には2つの意味合いがあります。1つは文字通り、自分と他人は物理的に違う人間なのだから、完全にわかるはずがないということです。もう1つは、クライアントが語ったことは、「今ここ」までの過去であり、この先に語ることはわからないという意味で、やはり人の心はわからないのです。
▼自分の心も、わからない
そして自分のことを語っていくと、新たな発見や気づきが生まれたりします。そして考える。そこからまた新しい考えが生まれてきたりします。そういう意味で、私たちは自分の心も実はわかっているわけではないのです。カウンセリングで言葉にするにせよ、自分の頭の中で考えるにせよ、「言葉」にするから新たな考えが生まれたり、それまでの考え方が更新されたりする。自分の心は絶えず更新されるものであり、自分のことが完全にわかるということも永久にありえないわけです。
▼ジャッジするな(裁くな)と言うけれど…
他人の心などわからないし、自分の心もわからない。だから相手の語り(という断片)から相手のことを即断するな、ジャッジするな、頭の中で裁くな、よく聴け、傾聴せよなどとカウンセリングでは言います。
しかし実は「ジャッジしない」ということを我々の脳はできないのだと、私は考えています。即断脳は必ず働く。他人が語る言葉を含め我々は外から入ってくる情報を五感でキャッチすると、それが自分にとって安全であるかどうかを瞬間的に判断するように、自律神経が作動します。そしてその自律神経の情報を元に速い脳が判断する。即断する。これは生き物として避けられないのだ、ということを研修でお伝えしました。
▼ネガティブ・ケイパビリティを発揮する
ではどうすればいいのか。そこで重要になるのがネガティブ・ケイパビリティなのです。ネガティブ・ケイパビリティの概念を知った時、私は一種、「生きる姿勢」として重要なものだと考えました。しかし日本マンパワー会長の田中稔哉さんから取材を受け、考えるようになったのは、我々は人と向き合いながら、コンマ何秒ごとに受け取る感覚を元に、絶えず「即断」している。しかし少なくともカウンセリングの場面では、瞬間的に浮かんだ思いや感覚を「脇に置き」、もっと知ろうとする、もっと情報を求める、その先を語ってもらうということが必要なのではないか。なぜならクライアントは自分で考えることができたあらゆることをやっても解決しないからここに来ているのであり、クライアントの語りの中に答えはないからです。まだ語っていないことの中にこそ答えがある。だから即断してはいけないのです。
田中さんはネガティブ・ケイパビリティを「保留状態維持力」と命名されましたが、実に的確な言葉だと思います。「脇に置く=保留にし続ける」わけです。そしてそれを行いやすくする方法の一つが、動機づけ面接のOARSだということを紹介したわけです。
▼否定的な言葉が浮かんでも自分を罰しない
研修後の感想でいくつも聞かれたのが、「否定的な言葉が浮かんでもいいんだ」という安堵の言葉でした。ロジャーズの3原則に「無条件の肯定的関心」というのがあります。この言葉に照らし合わせれば、クライアントの話を聴いていて否定的な考えが浮かんでしまったら、「いけない!こんな考えが浮かんでしまった」と自分を罰してしまいます。あるいはその自分を受け入れられなくて、そう思うこと自体を否認してしまう人もいるかもしれません。
でも、そうではないんです。我々は生き物として脅威を感じたら、自分を守るための反応が必ず起こるのです。だからそんな自分を罰する必要はないのです。「そう感じる自分も自然だよね、生きてる証拠だよね」と自分を受け入れる。そうすることで話の続きが聴けるようになります。
▼そしてスーパービジョンのこと
ここからは余談です。スーパービジョンの主な役割はバイジーのエンパワーメントと選択肢を増やすことの2つと私は考えているのですが、「否定的な言葉が浮かんでもいいんだ」という思いは、このままの自分でいいと受け入れられた感覚でしょう。OARSの是認です。相談員が安堵したのは、今回得た新たな知識がエンパワーメントとして作用したのだと思います。そして何人かの方が、相談がうまくいった時はクライアントもこういう感覚を抱くんだ!と気づかれたのは嬉しかったですね。バイザー冥利に尽きるというものです。「このままの私では嫌だ」と思うから相談の電話をかけたのに、「(今まで気づかなかった)このままの私でいいんだ」と思えるようになったから、新たな一歩を踏み出そうと思える。
カウンセリング批判の一つに、「ふんふんと聞いているだけで、何もアドバイスしてくれなかった」というものがあります。これは是認がうまくいっていないのだと思います。あなたの話を理解しました、受け止めました、ということが伝わっていれば、こういう批判は起きないのではないでしょうか。そのためにも相談員は、自分が受け入れられた、肯定された感覚をしっかりと認識しておくことが重要だと思っています。
▼次へのステップ
研修を終え控室に戻ったところ、嬉しい依頼が舞い込みました。今回の参加者は会場の都合もあり60名くらいだったのですが、もっとたくさんの相談員に聴いてほしい、もっと詳しく知りたいというリクエストを受け、7月にこの続きの話をすることになりました。ネガティブ・ケイパビリティのより詳しい紹介とポリヴェーガル理論も紹介し、自分の反応に敏感になり、「それも自分」と受け止め、さらに活かしつつ、どうやってよりよく話を聴いていくか。簡単な演習も取り入れて理解を深めていきたいと思っています。「わかったつもりにならない」。相談員のみなさんの学び続ける姿勢には本当に頭が下がります。7月もどうぞよろしくお願いします。
