創作大賞に参加するために、目的を増やすことにした。
創作大賞2026の文字を見た瞬間、うっと胸が苦しくなった。
また、始まるのか……、と。
なぜなら一昨年と昨年の私は、創作大賞に応募する時、「受賞して、本を出すんだ!」という目的を持って参加した。それは非常に創作のモチベーションになったし、楽しく参加できたのだけど、どうしても人のスキや評価が気になり、楽しい一方で苦しい面もあったのが正直なところだ。
だから今年は参加しないでおこうと思った。でも、せっかくのお祭りだし、やっぱり参加したいよなと思うようになった。
ここ二年、なんであんなに苦しかったんだろうかと振り返った時に、やっぱり目的が「受賞」一本だったからではないかと考えた。それはもちろん悪いことではないし、みんなそこを目指して書いているのだとは思うのだけど、今思えば、創作大賞には「受賞する」という喜び以外にもたくさんの「楽しい」ことがあることに気づいたのだ。
私がnoteを始めたのは、創作大賞2023が始まった時だった。
初めてエッセイというものを書いて(エッセイと呼べるかどうかはさておき)、#創作大賞 をつけてnoteに公開した。ありがたいことに初めて書いたその記事に、感想を書いていただいた。すごく嬉しくて、めちゃくちゃ感動して、全文スクショして繰り返し読んだ。
そのエッセイが中間を通過することも、受賞することもなかったのだけど、その感動を忘れることは、絶対にない。
その喜びがあったからこそ、私は今でもnoteを続けられているのだと思う。
ということは、受賞はもちろん一つの目的として掲げるべきだろうけど、受賞しなくたって参加する意味はある。なんてったって、#創作大賞 はみんなが注目する大イベントなのだ。
だから、参加すると
◎ 読んでもらえる可能性が高まる
◎ 感想を書いてもらえる可能性が高まる
◎ 感想を堂々と書ける
◎ 本気のnoteに出会える
という素晴らしい機会を得られるのではないだろうか。
受賞しなかったから参加する意味がない、ではなくて、オープンである公募だからこその良さがそこにはあるのではないか。そんなことを考えるようになった。
創作大賞は熱い。
応援はすごいし、圧倒される。
怖いし、エグいし、正直ちょっと引く時もある。
でも、面白い作品に出会えるいい機会だし、もしかして読んでもらえるかもしれない。ワンチャン、受賞だってある。
一つの目的だけで参加すると、それが達成できなくて辛くなる事もあるけれど、いろんな目的を持って参加すれば、健全に楽しめる気がした。人によっては、それを「逃げ」と呼ぶかもしれないけど、目的はいくつあったっていい。
ということで、私は今年も創作大賞に参加します!
昨年は受賞という目的だけで書いていたけれど、今年は「これは読んでもらいたい!」という作品が書けたらハッシュタグをつけつつ、素敵な作品に出会えたら嬉しいなというフラットなメンタルで参加しようかなと思います。
私の渾身の作品たちです。よかったら、どれか一つでも読んでもらえたら嬉しいです。コメント、感想をいただけたら、泣いて喜びます!
(※ 創作大賞期間中、この記事を更新していこうと思います!どうぞよろしく!)
▶︎ 小説部門
「最後の晩餐」は、罪を味わうための料理だった
山奥の修道院にある、完全招待制のレストラン「コンフェッション」。
そこでは“最後の晩餐”が振る舞われ、帰ってこない客がいるという。
記者・桜庭雄二は、その噂を追って潜入する。
出迎えたのは、美しすぎるギャルソン・ルイと、謎のシェフ。
料理を口にするたびに暴かれていくのは、客の罪と、雄二自身の過去。
ここはレストランなのか、それとも懺悔の場所なのか。
👉ホラー×ミステリー×ダークファンタジー、7.2万字。
一気読みされている物語です。


▶︎ エッセイ部門
耐えられなかったのは、胃カメラじゃなくて“屁”だった。
胃カメラが怖すぎる私が、人間ドックで逃げずに挑んだ結果、
── 最後に待っていたのは、想定外すぎる地獄だった。
苦しい、恥ずかしい、でも笑える。
検査室と待合室で起きた一連の悲劇を、全部書きました。
👉胃カメラが苦手な人、これから受ける人へ。
「大丈夫じゃないけど、なんとかなる」話です。
「どうせやらない」と思っていたのは、私のほうだった。
宿題はやらない、マスクは外さない。
そんな息子に、私はどこかで期待することをやめていた。
でも彼は、中学生になるその日、あっさり約束を守った。
変わったのは息子か、それとも私の見方か。
入学式の日に気づいた、小さな後悔と大きな信頼の話。
👉家族のことを、ちゃんと信じてみようと思えた一編です。
何が何かわからないのに、美味しいということがある。
「少しずつかき混ぜてお召し上がりください」と出されたスリランカカレー。
何が乗っているのかはわからない。
でも、混ぜて食べると、ちゃんと美味しい。
その感覚は、新しい職場で感じた“わかったようでわからない”気持ちに、よく似ていた。
👉日常と不安と味覚が、ひと皿の上で混ざっていくエッセイ。
ホットケーキは、たぶん、ちちの味だと思う。
インフルエンザで寝込んだ息子に、「何食べる?」と聞いたら、ホットケーキと返ってきた。
ホットケーキミックスと蜂蜜と、少しだけいいバター。
久しぶりに焼いたそれは、ちゃんと甘くて、ちゃんと優しかった。
食べながらふと気づく。
ホットケーキも牛乳、バターも牛乳。
これ、ちちの味じゃないか、と。
看病の一日と、子どもの記憶と、どうでもいい発見。
👉優しさとくだらなさが同時に残る、ちょっといい話です(自分で言っちゃう)
今日の注目記事に選んでいただいた作品です。
私はついに“痩せない理由”に気づいてしまった。
「今日は食べすぎない」と思っていたはずなのに、気づけばビールと唐揚げが止まらない。
揚げたての音、あつあつの一口、そして冷えたビール。
抗えない美味しさの前で崩れていく意志と、それでも満たされる幸福感。
👉笑えて、ちょっと刺さる、食欲と人間の本質を描いたフードエッセイ。
今日だけは食べさせて!明日からがんばるから
「痩せたい」と言いながら、シナモンロールを買いに走り、ポップコーンを無意識につまみ、金曜日にはビールとカレーで乾杯する。
毎日一万歩歩いても、階段を登っても、なぜか減らない体重。
それでも私は、家族と食べるご飯も、休日の幸せも、やめられない。
これは、ダイエットに負け続ける私と、
それでも人生を楽しみたい私の、攻防戦の記録である。
👉痩せたいのに、食べる幸せを捨てられない人へ。
※以下も応募作品です。説明はあとで書きます!取り急ぎリンクまで!
▶︎ おまけ
なんでこれが残ったのか、自分でもよくわかっていない。
お酒を飲んで、失言して、でもあんまり反省していない。
そんな自分の日常を書いたエッセイです。
狙って書いたわけでもなく、綺麗にまとめたわけでもない。
でもなぜか、フード部門で中間選考に残りました。
👉今読み返すと、応募した作品の中で“自分らしい”文章だった気がしています。昨年はなぜこれが?と思いましたが、一年経った今、これを選んで貰えてよかったなと感じています。
記事の紹介文は、考えるのが面倒だったので、AIに書いてもらいました(自分で書け)。
今年の創作大賞も盛り上がりますように!
いちnoteファンとして、楽しみたいと思います!
