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「幸せの閾値」

JAF(日本自動車連盟)が会員に送付する雑誌「JAF Mate」には、「幸せって何だろう」というテーマの、著名人によるリレーエッセイが連載されている。

私はこの連載がとても好きで、過去に3度、Noteで感想を記事にしたことがある(本記事の末尾にリンクあり)。

同誌の最新号である2022年夏号には、小山薫堂氏の「幸せの閾値いきちというタイトルのエッセイが掲載されていた。

小山薫堂氏は、放送作家、脚本家などをはじめ、クリエイティブな活動をされているマルチタレント。映画『おくりびと』では米アカデミー賞外国語映画賞を受賞された。また、熊本のゆるキャラ「くまもん」の生みの親でも知られている。

そんな華々しいご経歴の小山氏。さぞかしすごい人なのだろうと思うが、このエッセイは、とても身近に感じ、親しみを覚えた。

まず、熊本出身の小山氏が、子供の頃、お父さんとゴーカートに乗りに行ったときの話から始まる。熊本弁がとてもかわいい。

そして、お父さんとの会話で、子供の頃はゴーカートに乗るだけで幸せを感じるのに、大人になってからは本物の車でなければ幸せを感じなくなると言われたエピソードを紹介する。

そこから、幸せには「閾値いきち」がある、という話が展開する。

「閾値」(いきち)という言葉をご存知だろうか? 簡単に言うと「刺激を感じる境目となる値」を意味する学術用語である。

 自分の幸せの閾値を保つ、もしくは下げる! それこそが、自分が常に幸せでいられる秘訣ひけつだと思う。あらゆる閾値が低かった子供の頃の幸せを思い返してみると、実は今の自分が手に入れられる幸せがまだまだたくさん存在していることに気づく。幸せは探し求めるものではなく、気づくものなのだ。

人が人生経験を重ねていくと、次第に、色々なことに慣れていって、「閾値」が上がっていく。そうすると、刺激に鈍感になり、さらに、より多くの刺激が欲しくなる。そうやって、無意識のうちに、幸せをエンドレスに探し求めてしまう。

しかし、閾値が低かった頃のことを振り返ると、既に多くの幸せを手に入れていることや、閾値を上げなければ感じられる幸せがあることに気づく。

私は、今、アラフィフのお年頃だが、今までの人生においては、野心や欲に導かれるまま、ガツガツと、色々なことを追求してきた。それにつれて、閾値はどんどん上がり、多少のことでは満足しなくなってしまった。そんななか、残りの人生が見えてくると、「幸せって何だろう」と考えることが増えた。

子供の頃の閾値。学生の頃の閾値。20代、30代、40代のそれぞれの時代の閾値。振り返ってみると、過去の閾値は、今の閾値よりもずっと、ずっと低かった。何度も何度も、閾値を超えることを繰り返しながら、今までの人生で、沢山の幸せを手にしてきたことに気づく。そうやって人生を振り返ることができること自体を、また、幸せだと思う。「幸せは探し求めるものではなく、気づくものなのだ」という、小山氏の言葉が心に響く。

野心を持って前進することも大事だと思う。でも、時々、閾値コントロールをして、既に手にしている幸せに気づき、しっかりと味わって、感謝することも大切にしていきたい。

ご参考になれば幸いです!

小山氏のこちらのエッセイは、「JAF Mate Online」にて読めます。

同誌の「幸せって何だろう」シリーズの、他のエッセイについて書いた記事(↓)もどうぞ。

●哲学者・鷲田清一氏による「幸せは小刻みに」について。

●フリージャーナリスト・稲垣えみ子氏による「幸せってなんだっけ」について。

●漫画家・文筆家であるヤマザキマリ氏による「"幸せ"は人ぞれぞれ」について。

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