妹と殴り合ったあの頃
【妹と殴り合ったあの頃】
アニメ【美味しんぼ/ボクサーの苦しみ】を観て、
嫌な思い出が蘇った。
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【1】スポーツは、嫌な思い出ばかり
アイススケートを除いて、スポーツは、嫌な思い出ばかり(後述)。
ボクシングも、嫌な思い出がある。
【2】従兄弟の家で
50年以上前のエピソード。
私が中学1年生だったかも?
幼稚園の頃から、私たち家族は、
北千住の母方の祖父の家に遊びに行くことが多かった。
祖父の家の隣が、従兄弟の家。。
【3】母方の従兄妹がいれば・・・
母方の従兄妹が来ていることもあった。
そういう時は、車座に座って、
手遊び歌などをして楽しんだ
だが、従兄妹が来ていないことの方が多かった。
【4】週刊少年雑誌を読んだ
母の兄の一家である従兄弟の家には、週刊少年雑誌が、たくさんあった。
父から、漫画を一切禁止されていた私は、従兄弟の家で週刊少年雑誌を
夢中になって読んだ。
二才下の妹も読んだ。
静かに時が流れていた。
【5】退屈?
そんな私・妹を、周囲の人は、
【あの二人、退屈している】
と、思ったらしい。
従兄弟の淳治さん(私より5歳上)が、
《退屈してるの?》
と、尋ねもせずにいきなり、私・妹に、笑顔で
【ボクシングをやれ】
と言った。
いや、
【漫画ばかりじゃ退屈だろ? ボクシングやろう】
と言ったのかも知れない。
※従兄弟の淳治さんは、※1ー②伯母の子ども
【6】私は、やりたくなかった
妹がどう思ったかはわからない。
私は、やりたくなかった。
その当時既に自分の気持ちを言えなくなっていたのだ。
理由はいくつかあったが、末尾に記した。
淳治さんが、
・漫画より、ボクシングのほうが楽しいだろう
と思ったのか、
・私と妹を戦わせて、見物して楽しむ(闘鶏?)
だったのか?
私は、後者と受け取っていた。
私が小さい頃、
淳治さんの母は、私の気持ちを尊重してくれなかった。
心を閉ざしていた私は、淳治さんに逆らえなかった。
やりたくないボクシングをさせられ、
楽しいフリを30分も続け、やっと解放された。
30分も【楽しいフリ】を演じ続け、妹と殴り合った。
※1 気持ちを言えなくなっていた理由
① 母からの拒絶・嘲笑
② 伯母からの「言いくるめ」
③ 下級生からのイジメ
④ 担任からの体罰
(後日公開)
※2 スポーツの嫌な思い出
① 跳び箱
② 寄居養護学校でのソフトボール
続編:伝えることが出来たなら
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