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少し早く来るわたしの春、月夜

今日は、東京で夢破れた人間が、
それでも東京にしがみついている理由を聞いてほしい。
大した話ではないけれど、
3月は東京に来る人、東京を離れる人が行き交う季節だから。


■ 朋有り、遠方より来る

ある人が連絡をくれた。
週末に東京へ遊びに来るという。会えたら、九年ぶりだ。

渋谷で待ち合わせだから、焼肉の「かんてき」を予約した。
ボーカリストの河村隆一さんお気に入りの店で、
東京らしい話題だから喜ばれる。

叔母が来た時は、銀座の「ユッチャン。」にした。
イノランのおすすめだ。
そう、わたしは LUNA SEA 世代。

今回は、スクランブル交差点を見て、渋谷スカイに登り、
かんてきのお肉を食べれば、きっと満足してくれる。
そう思っていた。

ところが思いがけないひと言が来た。
「終電がなくなったら、タクシーで送るから」
さらには、
「お願いがあるから」と。

なんだろう、夜遅くまで……
バー? まさかクラブとか?
(こちとらアラフィフだぞぃ)

困惑していたら、次のチャットが届いた。

「歌を聴かせて欲しい」

しかも、曲のタイトルまで指定がある。
読んだ瞬間、仰向けのまま涙があふれた。
友は覚えていたんだ……


■ 歌で孤独になる

30代まで、わたしは歌をうたっていた。
時期によってバンドだったり、ソロだったり。

本当は、人前に出るのは好きじゃない。
それでも良き師との出会いがあって、
時間をかけて練習したからには、誰かに聴いてほしかった。

持ち時間は三十分。
誰もが知る曲のカバーだから、たくさんの人が足を止めてくれた。
やり甲斐があった。

しかし、同級生やフリーター仲間は、
わたしが週末にステージに立つことを知ると、
徐々に離れていった。

チケットを受け取ってもらうことも、
好きな曲を話題にすることさえもできない。
もっといえば、彼氏でさえ観に来なかった。

わたしは悩んだ。
「彼女たちは、わたしのどこと友達だったのか」
「歌うわたしは誰なのか」

野球やフィギュアの選手を目指すなら、話は別だったんだろう。
音楽の道でクオリティを保つことが、
どれほど心身を削るか、伝わりづらいようだ。

他方、職場の人たちはたいそう面白がって
こぞって応援しに来てくれた。
サイリウムを振って、芸名で呼んでくれる。
子どもの発表会みたいだったかな(笑)
最後は「東京で頑張れ」と励まされ、送り出された。


■ 40歳にしておとずれた 新たなチャンス

スカウトを選り好みしたり、下積みに夢中になっているうちに、
すっかりいい歳になっていたが、
ある夜に良いステージを作れたおかげで、本社の専務から
「会社を挙げて売り出す」と言われた。

名古屋支社の所属だったわたしにそれは、大きなチャンスだった。

インディーズではあったが、大手からの配信も決まり、
メロディも二曲届いた。

スーツケース片手に、高速バスに乗り込んだ。
静岡のサービスエリアで、
母のつめてくれた弁当を食べながら、
霞んだ春の月を見上げた。

それなのに。

わたしの人生あるあるだが、
またもプロジェクトが頓挫した。
今回は、本社の倒産だった。

すでに「移住」していたので、詰んだ。
(倒産は、本当に当日まで言わないものだね)

しかし、過去の経験のおかげで
わたしはすぐに戦国武将モードに入った。
退却せず、座してとどまった。
(SNSやブログを停止したため、
地元では消息不明のままだ。不義理をした)


■ 東京タワーに励まされ

元同僚、いわば命の恩人だが
ルームシェアを受け入れてくれた。

それでも、月五万円の家賃は重い。
洗剤やトイレットペーパーさえ高く感じ、
実家のありがたみが身に染みた。
(同郷の光浦靖子さんも、同じことを何かでお話ししていた)

アルバイトをするが、お金が足りない。
言葉が「なまってる」と言われる。
落ち着かない。

わたし… 何しに東京に来た?
何度も帰りたいと思った。

だけど、路地から見える赤い東京タワーが、
「引き返したらダメだ」
と、何度もわたしに言った。


■ 結局、音楽ができなくなる

半年ほどして、長期の派遣先も決まり、
路線図も覚え始めた。
まいばすけっと(ミニスーパー)も使いこなして、
生活の基盤が少しずつ整っていった。

しかし反比例するように、音楽ができなくなった。
仕事や家事のあと、スタジオに行く気力がない。

名古屋時代から続けていたラジオの仕事も、
三年で手放した。
宅録できても、台本も編集もすべて自力で、
YouTuber のように眠る時間がなくなり、体を壊した。

いいボイストレーナーも見つからないし、
コロナ禍までやって来た。


■ ITスキルは身を助く

音楽だけで食べていければ良かったのだろうが、
そうならなかったおかげで、わたしはスキルアップした。

もともとコンピュータメーカー出身で、
半導体にホップし、システム開発にステップし、
ジャンプした今は、生成AI関連でメシを食っている。
(=いろんなラーメン屋さんに行っている。東京最高)

職業訓練校の先生にも、上司たちにも感謝している。

ちなみにかつての定説、
IT業界の「35歳定年説」はでたらめだ。
みんな70まで、形を変えてやっていくと言っている。
……どうしよう、あと20年もある(笑)

平日はすっかりシステムエンジニア風味で、
音楽の脳みそは、
LUNA SEA らレジェンド研究とエッセイ書きに使っている。
東京にいるから、はかどる。


■ 歌を忘れたカナリアというかキジバト

そうやって生きてきたわたしに、
「歌が聴きたい」というリクエストは、
唐突で意外で、そしてあまりに嬉しかった。

わたしをボーカリストとして見てくれるその友は、
同級生というわけではない。
バイオリンを弾く音楽仲間だ。

専務が観ていた春の夜のステージを、
友も観ていた。


最後に、リクエストされた曲を紹介したい。
わたしの人生を切り開いてくれた、
女性ボーカル・中島美嘉ちゃんの作品だ。
バイオリンは葉加瀬太郎さんが奏でている。

今日は風が強く冷えるが、
日は長くなり、花粉も黄砂も飛んで来て、
食品売り場では、菜の花も見かける。
あなたにも、一足早い春を感じてもらえたら。

友のためにも、もう一度練習するかな

いまだからこそ
わたしも前を向きたい

続きが書けました


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