年金は払い損?|仕送り(賦課方式)のしくみ
「年金なんて、どうせ払い損になる」「自分たちの世代はもらえないんじゃないか」——そんな話を、一度は聞いたことがあると思います。ニュースやSNSでそう言われるたびに、毎月引かれていく保険料が、ただ消えていくお金のように感じてしまう。その気持ちは、とてもよく分かります。
私は、企業が将来支払う退職金や年金の額を数理計算する仕事(アクチュアリーの準会員です)をしながら、公的年金の仕組みも、その数理の隣で長く見てきました。そのうえでお伝えすると、「払い損」という言葉には、ひとつ大きな思い込みが隠れています。それは、年金を「自分が積み立てた貯金」だと思っていることです。
この記事で扱うのは損得や加入の是非ではなく、「払い損」という不安がどんな誤解から生まれているのか、その仕組みひとつだけです。
年金は「積立」ではなく、「仕送り」のしくみ
多くの人が、年金をこう思っています。「若いうちに自分が払ったお金が、どこかに積み立てられていて、歳をとったら自分に戻ってくる」。もしそうなら、「自分が払った分が戻ってこない=払い損」という考え方は、たしかに筋が通ります。
でも、日本の公的年金は、基本的にそういうしくみではありません。いま働いている現役世代が納めた保険料が、いまの高齢者への年金にあてられている——いわば、世代をまたいだ「仕送り」のしくみです(これを賦課方式といいます)。年金として積み立てられた大きなお金(積立金)もありますが、それは全体を支える予備で、「自分が払った分がそのまま自分に返ってくる」貯金ではありません。
だから、払った額と受け取る額を引き算して勝ち負けを出す——という見方そのものが、この制度にはもともと想定されていません。とはいえ、「じゃあ結局、トータルで見たら損なの?」という問いは残ります。次に、そこを正面から見てみます。
では、本当に「払い損」なのか
損得を計算しようとすると、実はすぐに一つの壁にぶつかります。「自分が払った額」を、どう数えるかです。
会社員の厚生年金は、保険料の半分を会社が負担しています。給与から引かれているのは、本来の保険料の半分です。ですから、「自分が払った分」を"自分の給与から引かれた分だけ"で数えるか、"会社が出した分も含めて"数えるかで、損得の答えは変わってきます。前者で見れば、多くの世代で受け取る額のほうが大きくなります。後者まで含めると、若い世代ほど分が悪くなる、という試算もあります。どちらも間違いではなく、「何を自分の負担と見るか」で結論が入れ替わる——これが「払い損」論争が終わらない理由です。
もう一つ、見落とされがちなことがあります。公的年金は、老後にもらう年金(老齢年金)だけの制度ではありません。重い障害を負ったときの障害年金、亡くなったときに家族が受け取る遺族年金も、同じ保険料でついてきます。老齢年金の受取額だけを取り出して引き算すると、この「もしものときの保障」の部分が、まるごと抜け落ちてしまいます。
厚生労働省も、公的年金を「経済的な損得だけで見るのは、本来適切ではない」と説明しています。誰にでも起こりうる長生き・障害・死亡のリスクに、社会全体で備えるしくみだからです。ですから、「払い損だ」と一言で切り捨てるのも、逆に「絶対にお得」と言い切るのも、どちらも少し粗い見方だと思います。
「もらえなくなる」より、「価値が目減りする」で考える
では、少子高齢化で現役世代が減っていったら、年金はもらえなくなるのでしょうか。ここも、落ち着いて分けて考えると見通しがよくなります。
制度としては、現役世代がいるかぎり、仕送りは続きます。ですから、「一円ももらえなくなる」ことを前提に置くのは、現実的ではありません。国も5年に一度、年金の"健康診断"(財政検証)をして、この先を見通しています。
ただ、楽観だけで終わらせるつもりもありません。本当の論点は、「もらえるか、もらえないか」ではなく、受け取る年金が、現役世代の手取り収入と比べてどれくらいの"重み"になるかです。この割合を所得代替率といいます。2024年の財政検証では、標準的な世帯でこの割合は61.2%でした。将来は、経済がある程度伸びるケースでは50%台を保つ見通しですが、経済がほとんど伸びないケースでは5割を下回るという試算も示されています。
ここで気をつけたいのは、これは「受け取る金額そのものが毎年減っていく」という話ではない、ということです。目減りするのは、現役世代の手取りと比べたときの"相対的な価値"のほうです。つまり、金額がゼロに向かって消えるのではなく、現役の暮らしと比べた重みが少しずつ軽くなっていく、というのが実際のところです。「払い損だからもう終わり」でも「安心しきって大丈夫」でもなく、その中間を数字で淡々と受け止めるのが、いちばん現実に近い構えだと思います。
私自身は、年金を「あてにしすぎない土台」として置いています
制度を長く見てきた立場として、私が自分の老後をどう考えているかも、参考までにお伝えします。私は年金を、生活のすべてをまかなうものとしては、あてにしていません。相対的な価値は下がっていく前提で、「暮らしのいちばん下を支える土台」くらいに置いています。そのうえで、足りない部分は自分で積んでいく——という組み立てです。
これは「年金はダメだから自分でやるしかない」という悲観ではありません。年金という土台があるからこそ、その上に自分の積み立て(NISAやiDeCo、退職金の受け取り方)を重ねれば、老後の見通しはずいぶん立てやすくなります。年金を正しく"価値が目減りしていく土台"と位置づけたうえで、足りない分を自助で組む。それが、不安を「なんとなく怖い」で終わらせず、行動に変える一歩だと思います。
もし、まず自分の年金がどれくらいになりそうかを知りたい方は、「ねんきんネット」で今の見込み額を確認できます。土台の大きさが分かると、上にどれだけ積めばいいかも見えてきます。
自分の"自助"を組み立てる(関連記事)
年金という土台の上に、足りない分をどう積むか。次の記事が入口になります。
退職金は一時金と年金、どっちで受け取ると手取りで損しない? — 退職金の受け取り方ひとつで、手取りが数十万円変わることがあります(自分の数字で線引きする1枚)。
iDeCoを5年続けて、いったん積立を止めた理由 — すでに積んでいる人の「続ける・減らす・止める」の決め方。
年金はいつから受け取る?繰上げ・繰下げ・働きながら — 受け取り始める年齢で、金額の見え方が変わります。
この記事は、公的年金の制度のしくみを整理したもので、特定の判断や商品をおすすめするものではありません。年金額の見通しはそのときの経済状況や制度改正で変わります。ご自身の見込み額や手続きは「ねんきんネット」や日本年金機構・年金事務所でご確認ください。仕組みが分かると、これからの見通しは、少しずつ立てやすくなります。
── お知らせ ──
新NISAやiDeCoのような、お金にまつわる制度やしくみは、毎年のように少しずつ変わります。
わたし自身が実際に試して気づいたことや、続きの実録は、noteで少しずつ書いています。
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