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【創作大賞】占い師×薬剤師のお仕事小説第3話【中編】「ほどかれたウェディングドレス」

【あらすじ】
還暦を前に「自分がわからない」と微笑む華やかな女性・佳代子。 彼女の口から語られたのは、実の母に結婚式のドレスを式直後に跡形もなく「ほどかれた」という、身の毛もよだつ呪いの記憶だった。 夫にすら理解されず、暗闇で窒息しかけていた彼女の魂を救うため、ナツ子が紡ぐ【解毒の処方箋】とは――。



「……幼少期は、嫌な思い出しかありません」

ぽつり、と彼女の口から漏れた声は、さっきまでのフワフワとした響きが嘘のように、ずっしりと重かった。

「母は怒りっぽくて、何でも自分の思い通りにならないと気が済まない人でした。私の意見が通ることはなくて、いつも母の言う通りにするしかなかったんです……
だから私は意志がない。自分で決められない。好きも嫌いもない。
”自分は自由には出来ないんだ”ってことだけが分かる子どもでした」

佳代子さんの美しい唇から堰を切ったように言葉が溢れ、道場に響き始める。
そして話題は、彼女が母親の支配から逃れるために選んだという「地味で堅実なご主人」との結婚、そしてあの、身の毛もよだつ「手編みのレースドレス事件」へと繋がっていく――。



「私は本当に、一人では何も決められないんです」

佳代子さんは自嘲気味に微笑み、綺麗にマニキュアの塗られた指先を、所在なげに絡ませた。

「結婚式の段取りも、私の意見なんて最初から無いものとして進んでいきました。夫と、私の母の二人だけで全部決めてしまって。ウェディングドレスも、母が勝手にチョイスしたんです。……極めつきは、お色直しのドレスでした」

思い出すだけでも忌々しいのか、佳代子さんの口調がわずかに速くなる。

「母が編んだ、ピンクのレースのドレスだったんです。
式当日、スポットライトを浴びた司会者が、涙ぐむような声で言いました。『お母様がひと針、ひと針、お嬢様の幸せを願って心を込めて編み上げた、世界に一枚だけのドレスです……』って。
その瞬間、会場中から拍手が湧き起こって、母はまるで自分が主役になったみたいに、満面の笑みで脚光を浴びていました」

佳代子さんはフッと冷たい鼻笑いを漏らした。その目は笑っていない。

「滑稽でしょう? 私は昔から、母のレース編みが大嫌いだったんです。
私の気持ちなんて、あの人は最初から無視してた。
一編み、一編み……周囲から『素晴らしいお母様ね』と称賛される己の姿を想像して、悦に浸りながら編んでいたんですよ。
あれは、あのレースのドレスは、母の肥大化した自己満足の塊だったんです。娘への愛なんて、これっぽっちもありはしない」

私は言葉を失い、ただ手元の命盤の『兄弟宮』を見つめていた。
母親の象徴である太陰星(たいいんせい)に重なる、D-D破格。
お母様にとって、娘の人生最大の晴れ舞台は、娘のためのものですらなかったのだ。
自分を美化し、世間に売り込むための、壮大な自己プロモーションの道具。

「ゾッとするのは、式の後です」

佳代子さんは、淡々と恐ろしいことを付け加えた。

「あのレースのドレス、式が終わったらすぐに、母の手で跡形もなく『ほどかれた』んです」

「え……? ほどいた、んですか?」
思わず声が出た。

「ええ。ほどいて、今度は自分の服に編み直したんです。
それを着て人前に出ては、『これ、私が編んだのよ』って自慢して、裁縫の注文を受けたりして。
外ではニコニコしながら、裏では私に『あんたの為になんでわざわざ編まなあかんの!』って怒鳴り散らしていました。
私の結婚式の思い出ごと、一瞬で解体して、自分のビジネスの道具にしたんです」

背筋に、じっとりとした嫌な汗が伝うのが分かった。 娘の人生の余韻すら、自分の欲望のためにハサミを入れ、ほどき、平らげてしまう母親。

「そんなドレスを着せられて、平気なわけがありませんよね」

佳代子さんは遠い目をした。

「式の最中から、激しい吐き気が止まらなかったんです。胃の中のものを全部ぶちまけたくなるような…。
式が終わって、新婚旅行へ向かうときも、私はずっとへたり込んでいました。あまりに苦しくて、『お願い、新婚旅行をキャンセルして。家に帰りたい』って夫に泣きついたんです。そしたら、普段は滅多に怒らない優しい夫に、『そんな我儘言うもんじゃない!親御さんにも面目が立たないよ』って怒られてしまって……。
結局、旅行中もずっと熱を出して寝込んでいました」

優しい旦那様を責めることはできない。彼は常識的で、まっとうな世界に生きている人だからだ。結婚式当日に新妻が感じていた「魂の窒息」のような恐怖を、理解しろという方が無理なのだ。

(ああ、この人は、一番の味方であるはずの夫にさえ、この地獄を分かってもらえなかったんだ……)

大人になった彼女の胸の奥には未だに、あの呪いのドレスに締め付けられ、暗闇の中で誰にも助けを求められずに吐き気に耐えている、孤独な少女が置き去りにされていた。

私は、胸が締め付けられるような思いで再び命盤に目を落とした。
当時の私は、まだプロとして歩き始めたばかり。
知識も経験も、今の私から見れば鼻くそレベルだった。
だけど、画面の向こうで震えている彼女の魂の輪郭を、どうしても見落としたくはなかった。



「佳代子さん」

私は、盤上の星たちを一つずつ、紐解くように語りかけた。

「お母様に対して、本当に『愛憎てんこもり』なんですね。
異性関係で堕ちなかったのは母のお陰、と感謝する一方で、
自分勝手な愛情を押し付けられたせいで何も決められない人間になってしまった、という相反する気持ちが渦巻いている。
幼少期が過酷すぎて、空想の世界に生きるより他になかったから、主張する前から諦めてしまう癖がついてしまったんですよね?」

佳代子さんは、じっと私の言葉に耳を傾けている。

「たしかに、お母様を表す『太陰星』の化忌(D-D破格)の作用は大きいです。太陰は本来、無償の愛や庇護を意味する星。それが壊れているということは、……庇護されるべき時にそうされなかったという、深い悲しみがあったはずです」

そこまで言うと、佳代子さんの目から堰を切ったように涙が溢れ出た。
マスカラが滲むのも構わず、彼女は何度も頷く。

「でもね」

私は声を少し和らげて、彼女の心の奥にある、もう一つの美しい場所に光を当てた。


📢 続きはこちら!
第3話【後編】「ほどかれたウェディングドレス」



📖 最初から読む方はこちら!

第1話【前編】「運命のカルテ〜占い師・ナツ子の冒険〜」


【読者・編集部のみなさまへ】
本作は、現役占い師である著者のリアルな鑑定実績に基づき、
「紫微斗数」「四柱推命」の本格的なロジックと、人間の業のドラマを掛け合わせたお仕事小説です。
登場するエピソードや対話には、実際の鑑定で向き合ってきた生々しい「実話」のエッセンスを濃厚に注ぎ込んでいます。星の動きが恐ろしいほどに人間の人生をあぶり出す、フィクションを超えたリアリティをぜひお楽しみください。 (※プライバシー保護のため、個人が特定できないよう設定の改変や再構成を行っています)

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