【創作大賞】占い師×薬剤師のお仕事小説最終話(前編)「ナツ子からあなたへ・名もなき花たちへの賛歌」
【あらすじ】
昼は薬剤師、夜は凄腕占い師のナツ子は、ある日、息子の同級生・丸川樹里の重すぎる処方箋を目にする。彼女の命式に刻まれた過酷なストレスを察したナツ子は、薬袋に一通の手紙を忍ばせる。不登校の少女が抱えていた秘密、そしてナツ子が授ける「運命をひっくり返す作戦」とは――。
🔮 うまく立ち回れない人たち
プライベートでは、家族から「生ごみ」同然のプータラ女呼ばわりされている私だが、昼間は一応、薬剤師の白衣をまとって真面目に働いている。
そんなある日の夕食後、リビングのソファでいつものようにゴロゴロしていた時のことだ。
高校生の息子・翼が、珍しく自分から話しかけてきた。
「かあちゃんは、高校生のとき、どんなだった?
クラスメイトを観察してるとさ、色んなタイプがいるな~ってつくづく思うんだ」
突然なにを言い出すんだコイツは、と思ったが、聞かれたことにはちゃんと答えようと思い、必死に遠い日の記憶を手繰り寄せる。…ダメだ、ろくなことを思い出せない。
「陰キャでもなければ、陽キャでもなかったな。やりたいことや打ち込んでることもなくて、毎日死んだ魚の目をしてた。授業がつまんなくて、教室に漫画を持ち込んで友達と回し読みしたり、手紙を交換したり…なにも、授業中にそんなことやらなくても良かったなって、今になると激しく後悔」
「へぇ?さすが生ごみ!ロクでもない学生時代だったんだねwww」
翼は私に似ず、お顔立ちは秀麗で頭脳も明晰(父親の遺伝子に感謝せよ)。大した勉強もせずに、県内トップの進学校に軽々合格してしまった。
コミュ力も高いから、クラスカーストは多分上位にいる。それゆえか、彼は「環境にうまく馴染めない」不器用な級友に対して、結構冷たい。
「休み時間はさ、普通友達と喋ったりするでしょ?でも、僕のクラスに、ずっと勉強してる奴がいるんだよ。そいつ、何考えてるかわかんなくてさ。
球技大会とか校外学習でグループ作る時、そういうヤツは絶対あぶれるんだよな。ありゃ一体、どうしてそういうことになるんだろうって不思議でさ。
大体、勉強なんて、そんなに必死にやらなくても、できるじゃないか。
もっとうまく立ち回ればいいのに」
口の端をちょっと歪めて”冷笑”といって差し支えない表情を浮かべる。
そこにあったのは明確な「他者への蔑み」。
我が子の傲慢さに、背筋がスッと寒くなる。
私は思わずピシャリと言い放った。
「人にはそれぞれ持って生まれた”個性”と”才能”、それらが”ブレイクする時期”ってものがあんの。その子は自分の望みを叶えるために、未来のために、今必死に努力してるんでしょうよ。誰にも蔑む権利はないし、気の利いた会話ができないからって、人間としての価値がなくなるわけじゃない。
そんな風に自分の物差しだけで人を測ってると、大切なことを見落とすよ?」
「別に蔑んでるわけじゃ…ただ、なんでかなって。
そういえば、同じ中学から来た丸川。最近学校に来ないんだよ。あいつも、色々噂、あったからな~」
丸川……?その名前には聞き覚えがあったが、それもそのはず。
息子の小・中学時代の同級生の生年月日時は、ほぼ全て網羅している。
しかしわざわざ命式・命盤を確認しようという気にはならなかった。今日はこの後、たまっているメール鑑定依頼を片付けなければならず、それどころではない。
「まぁ、多感な時期だからね~」 と軽く受け流して、その日の会話は終了した。
――だが。
その伏線は、翌日の薬局の調剤室で、あまりにも唐突に回収されることになる。
🔮 処方箋から聞こえる悲痛な叫び
うちの薬局では、受付で患者さんから処方箋を受け取り、事務さんがそのコピーを調剤室に送ってくれるシステムになっている。
流れてきた一枚の紙。
そこに印字された名前に、私の目が止まった。
「丸川樹里…ん?丸川……?」
年齢は、翼と同じ高校生。
だが、そこにズラリと並んでいたのは、その若さで飲むにはあまりに重すぎる、何種類もの「睡眠薬」や「抗不安薬」といったメンタルの薬の羅列だった。
(翼が言ってた、”不登校になってる”って……これか……!)
私は白衣を翻し、カウンターへと向かった。
待合室の椅子に座っていたのは、丸川樹里ちゃんのお母様だった。
「丸川さん。お待たせいたしました」
投薬台にやってきたお母様の顔には、心なしか”やつれ”が見られる。
薬剤師というのは究極の接客業だ。
老若男女、貴賤を問わず、ありとあらゆる立場の人々と接する仕事である。
長くやっていると、その人の醸し出すオーラ、挙動、顔つきなどから、身体だけでなく心の状態までも推し量ることができるようになる。
「丸川さん、お久しぶりです。覚えてますか?私、広瀬翼の母です。以前PTA活動でご一緒しましたよね」
「あ……翼くんのお母さん!?」
俯いて不安げだったお母様が顔をあげ、目を見開いた。私の顔をみるなり、安堵の笑みがこぼれる。
「翼くんのお母さんが薬剤師さんだったなんて…。心強いです。よろしくお願いします」
――よしよし、掴みはOK。
私は相手を不安にさせないように、殊更穏やかな声と、少しゆっくりめの口調を心がけながら、当たり障りのないお薬の説明を続けた。
そして、肝心の質問を、細心の注意を払って発した。
「丸川さん、お嬢さんはこれらのお薬を先生の指示通り、全部きちんと飲んでいますか?それとも、ご自身で調節されることもありますか?」
飲んでいないことを責めている、と思われてはならない。
自己調節することは悪いことではない、と言外に察することができるように、後者の質問では意図して口調を和らげる。
するとお母様は、張り詰めていた糸が切れたようにポツリと漏らした。
「そうなんです……。実は最近、私の方から少し飲ませるのをセーブさせていて。親としても、こんなにたくさんの薬を飲ませるのには抵抗があって。
でも、先生に伝えても、診察のたびに同じ量が出続けるんです……」
やっぱりか。ドクターも、不登校という記号だけで機械的に処方を出している可能性がある。
よくよく話を伺うと、樹里ちゃんはこの日、門前の病院で「甲状腺機能」の検査も受けていた。 私の脳内セクターが、薬剤師としてのロジックに沿ってキィィーンと高速回転を始める。
「お母さんがお考えになるように、実はこの睡眠のリズムを整えるお薬、高校生のお嬢さんには少しばかり量が多いようです。
それともう一つ、一緒にこれ、血圧を上げるお薬が出ていますよね。朝起きられないのを低血圧のせいにされているんだと思いますが……
もし、今回の検査結果で『甲状腺機能亢進症(バセドウ病など)』だった場合、このお薬は心臓に過度な負担をかけてしまうため、絶対に飲んではいけない【禁忌】のお薬になります。 次回受診の際、検査結果を必ず先生に見せてくださいね。そして、『親としての抵抗感』と『薬が多いことへの不安』をそのままぶつけてみてください」
「……はい、ありがとうございます。翼くんのお母さんにそう言ってもらえて、安心しました……」
お母様は何度も頷き、目元を潤ませた。しかし、今回処方された睡眠薬は、うちの薬局には普段置いていない、いわゆる『在庫がない』お薬だった。
「お母さん、申し訳ありません。このお薬、今切らしておりまして……。
明日の夜、私が直接、ご自宅のほうへお届けにあがりますね。まだお手元に余りはありますか?」
「あ、はい、大丈夫です。毎日飲んでるわけではないので、余りがあります。すみません、お手数をおかけします」
🔮 お節介な手紙
お母様を送り出し、その日の業務を終えた私は、這うようにして自宅へ帰った。だけど、私の脳内セクターは、薬局を出てからも回転を止めない。
「丸川……。確かあの子、小学校も翼と同じだったな」
私はリビングの押し入れの奥から、小学校の時の卒業文集を引っ張り出してきた。丸川さんのページを開く。
そこには、あまりにも切実な文章が綴られていた。
『修学旅行の日の朝。荷物は何回も確認したし、歯だって三回も磨いた』
(……うわ。この子、昔からこんなに繊細で、心配性で、ストレスを抱えやすい子だったんだ……)
私はすぐにパソコンを立ち上げ、彼女の生年月日時をキーボードでパチパチと打ち込んだ。画面に立ち上がった、彼女の四柱推命の「命式」。
それを見た瞬間、私は夜のリビングで、思わず息を呑んだ。
「……庚寅、庚辰、乙巳、乙酉……。うわぁ、こりゃあ、辛いわ……!!」
画面に並ぶ記号の羅列に、私は猛烈な同情と、胸を締め付けられるような痛みを覚えていた。
彼女の命式は、これでもかと「官殺(自分を攻撃し、義務や規律で縛りつける星)」まみれだったのだ。
いっそのこと、すべてを諦めて周囲に従う「従殺格(じゅうさつかく)」になり切れてしまえば楽だった。なのに、彼女の命式には「寅木」と「乙木」という、彼女自身の小さな根っこが頑固に残っている。
(自分の生き方をしたい。自分の足で立ちたい。そう願う気持ちがあるからこそ、上から降ってくる『官殺』の嵐に抗って、ストレスが半端ないことになってるんだ……!)
占い師として見抜いてしまった、彼女の魂の限界。
しかし、明日お薬を届ける時に、いきなり「あなたの命式はね!」なんて語り出したら、ただの差し出がましい非常識な薬剤師だ。
「……だけど。これだけ苦しんでいる子に、ただ『お薬です』って袋を渡すだけで、私は終われるの?」
いや、終われない。
私は、薬の袋とは別に、小さな便箋を一枚取り出した。
占い師・ナツ子としてではなく、「一人の薬剤師」として。
そして何より――「同じ年ごろの子を持つ、一人の母」として。
私の脳内セクターが弾き出した彼女への【最高の改善策】を、お節介な手紙という形に変えて、どうしても届けたかった。
彼女の命式には、圧倒的に「水(印星)」が足りない。だから外からの刺激を遮断して、インプットや読書、古典に触れるような、静かで豊かな一人の時間が必要なのだ。
そして「火(食傷)」も足りない。自分の気持ちを外に吐き出したり、美味しいものを食べたりして、心身を緩めてあげなきゃいけない。
私は、猛烈な勢いでペンを走らせ始めた。
『樹里さんへ。 翼の母です。
おばちゃんね、丸川さんが小学校のときに書いた卒業文集の作文、今でもすごくよく覚えているんだよ。朝、何度も荷物を確認して、歯を3回も磨いたって書いていたでしょう? あなたは昔から、本当に優しくて、真面目で、誰よりも周りのことをよく見て、何事にも一生懸命取り組もうとする、とっても素敵な女の子。
進学校に入って、きっと毎日、息が詰まるほど頑張りすぎちゃったんだね。 お薬も大事だけど、もしよかったら、おばちゃんからの提案、試してみてほしいな。
まずはね、スマホを少し遠くに置いて、温かいお茶でも飲みながら、自分のためだけに本を読んだり、一人の時間をゆっくり過ごしてみて。
何かを頑張る必要なんて、いまは一切ないよ。自分への合格点を、思いっきり低くしてあげてね。
自分の気持ちを誰かに話したくなったら、いつでもおばちゃんを頼って。
ちゃんとご飯を食べられて、ちゃんと呼吸が出来ているだけで、今のあなたは100点満点。めちゃくちゃ立派に生きてるんだからね』
(※手紙を書き終えて――)
「……よし。これを、明日お薬と一緒に届けよう」
手紙を丁寧に折りたたみ、薬の袋の隙間にそっと滑り込ませた。
時計の針は深夜を回ろうとしていた。
明日、この小さなお守りが、嵐の中で震える彼女の根っこに、どうか届きますように。
夜の静寂の中、私は祈るような気持ちでカルテを閉じた。
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⏩最終話【中編】「ナツ子からあなたへ・名もなき花たちへの賛歌」
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⏪ 第1話【前編】「運命のカルテ〜占い師・ナツ子の冒険〜」
【読者・編集部のみなさまへ】
本作は、現役占い師である著者のリアルな鑑定実績に基づき、
「紫微斗数」「四柱推命」の本格的なロジックと、人間の業のドラマを掛け合わせたお仕事小説です。
登場するエピソードや対話には、実際の鑑定で向き合ってきた生々しい「実話」のエッセンスを濃厚に注ぎ込んでいます。星の動きが恐ろしいほどに人間の人生をあぶり出す、フィクションを超えたリアリティをぜひお楽しみください。 (※プライバシー保護のため、個人が特定できないよう設定の改変や再構成を行っています)
