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家なし父娘の旅の終わり。最後に辿り着いた答え

「また車で暮らしたい?」

そう聞いたとき、娘は返事をしませんでした。

家をなくして、車が家になった。
1年半のキャンピングカー旅の最後は、この沈黙でした。

……でも、その沈黙は「嫌だった」の答えではありませんでした。

娘は、答えを探していたんです。

この沈黙には、いろんな日々が詰まっていました。
楽しかった日も、感動した日も、怖かった日も。
しんどかった日も、「もう無理」と思った日も。

父娘そろって「最高の旅だった」って言い切るのは、嘘になります。

旅の終わりは全然きれいじゃなかった。
そもそも普通の旅ではなかったので、美談にもできません。

旅から時間が経って、ようやく言葉にできるようになりました。

今回は、旅の連載の最終話として、僕らが毎日向き合った現実と、1年半の旅の答えを書き残します。

この連載は、マガジンにまとめています。


あの1年半は、旅というより生活でした。
後半は、放浪に近かった。

今日どうやって暮らすか

僕らには、目的地も終わりもありませんでした。

「やめよう」と思っても、簡単に終われなかった。
家がなくて、車が家だったからです。

かっこよく言えばノマドライフ。実質は車上生活です。

寝る場所をどうするか?
水やトイレ、お風呂、食事をどうするか?

いつも頭の片隅にあったのは
「今日、どうやって暮らすか」
その一点でした。

そして生活を回すことで、あっという間に1日が過ぎていきました。

さらに怖いのは、車が壊れたら、旅が止まるんじゃなく、住む場所が消えること。

それでも不思議と、住む場所が消える怖さは、当時あまり感じていませんでした。
たぶん、考えることを避けていたんだと思います。

季節の限界

そして季節が変わるたびに、車の暮らしは一気に命の問題になりました。

夏は暑さで十分に眠れない。
日中は車内にいられない。

冬は寒さで凍える。
雪と路面凍結。

気合いの問題じゃなく、命に関わる問題です。

だから、日中過ごす場所も寝る場所も、避難を余儀なくされました。

もちろん、暑さや寒さを耐えしのげるような設備が整っていたら、そこまでなかったでしょう。

でも僕らの現実は、サバイバルでした。
特に夏はずっと過酷だったんです。

稼ぐ気力と学校問題

ただ、最終的に僕らが旅をやめた理由は、暮らしでも、寒さでも、暑さでもありません。

もちろんそれらは大変でした。
体も、心も、毎日じわじわ削られました。

でも、最後の決定打になった現実は「稼ぐこと」と「学校」の2つでした。

稼ぐ気力が消えた

旅しながら稼ぐ。
当然、それをやりながら旅を続ける予定でした。

でも、気づけば仕事をすること以前に、稼ごうとする心が少しずつ置き去りになっていったんです。

その話は別の記事に詳しくまとめました。

娘の中学校の問題

そしてもう一つ、僕の仕事と同じくらい大きかったのが娘の学校です。

娘が小学6年のときに出発したこともあり、旅と義務教育を両立させたいという思いがずっとありました。

実際に、小中学校や教育委員会に、リモート出席や休学も相談しました。

しかし答えは全部NOだったのです。

相談内容や結果については、別の記事にまとめました。

稼ぐ気力が消えていく。
学校の道も塞がっていく。

この2つの現実が重なったとき、旅を終える決断をしたんです。

しばらく旅の話を語れなかった

結果だけみると、僕の挑戦は見事に失敗でした。

いろんなものが崩れました。

旅が終わったからといって、気持ちを切り替えることができず。
むしろ終わったあとのほうが、心の奥底にじわじわ効いてきました。

旅を終えたあとの僕は、生活を立て直すために必死でした。
シングルファザーになったこともあり、働き方も暮らし方もぜんぶ変えました。

そして、これらのことをずっと人に話せませんでした。

たとえ話しても、「大変だったね」と言われるのもなんか違うし、「いい経験だったね」と言われても、素直にうなずけない。

楽しかった場面ももちろん思い出します。
でも同時に、しんどさと申し訳なさが、必ず一緒に出てくる。

正直、旅を終えたあとの僕と娘は、旅のことをもう考えたくなかったのです。

だから娘とも旅の話はしなかった。
そして、僕は人と関わらず、娘を育てながら静かに暮らしていました。

旅のあとの現実は、別の記事に残しています。

3年後、娘の答え

それから早いもので、3年という月日が経ったとき。
旅の捉え方が少しずつ変わっていたことに気づきました。

あるとき、芸能事務所の人やプロデューサーさんに、僕らの旅の話をする機会があったんです。

その人たちの反応は、意外なものでした。

「それ、映画みたいだね。企画しようよ。」
「本にしたほうがいいよ。」

エンターテイメントの世界の人たちということもあったのでしょう。
驚きの顔をしながら興味深く聞いてくれたり、楽しそうに聞いてくれたりしました。

話す僕や娘が、悲愴感漂わせて話していたら、反応は違っていたかもしれません。

でも僕らは、少しずつですが、ようやく前を向いて進んでいることに、そこで気づくことができたんです。

3年越しに、僕は娘に聞きました。

「また車で暮らしたい?」

娘は少し考えてから、こう言いました。

「短いのだったらいいよ。」

僕も娘と同意見でした。

今日の空。

おわりに

この連載はマガジンにまとめています。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。

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初めて僕の記事を読んでくださった方へ──
よければ、最初に書いた自己紹介の記事も読んでみてください。

せきたつや

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