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どうやって破産寸前から1億円を稼いだのか?三度のどん底が教えてくれたこと【第3のどん底⑥ 人生逆転編】

「就職したほうがいいんじゃない?」

会員制ビジネスの新規募集を停止したあと、突然のライブドア事件で資産を失い、ブログとメルマガを止め、愛車GT-Rも手放しました。

ついに貯金が尽きかけ、義母や妻から、そう声をかけられた頃のことです。

そんな崖っぷちから、「在庫ゼロのネットショップ」というアイデアにたどり着き、宮崎の片田舎・一畳半のスペースから1年で4,645万円を売り上げるまでを、前回お話しました。

けれど、物語はそこで終わりではありませんでした。

むしろ、その先からが、「お金」と「心」両方でのブレイクスルーの始まりだったんです。

今回は、いよいよ僕の成長の原点になった「3度のどん底」の連載、最終章です。

そこからどうやって「1億円」という数字に届いていったのか。
その後の人生はどう変わったのか?

そして、あの「怒り」や、「どん底との向き合い方」はどうなったのか?

それらを、できるだけリアルにお話したいと思います。

もしあなたが、
「いつか大きく稼いでみたい」
「ひとりで回る仕組みをつくり、自分らしく生きたい」
「今は前向きになれないが、それでも人生を立て直したい」
──そんな思いをどこかに抱えているなら、この記事はきっと何かのヒントになるはずです。

この記事は全体の約8割を無料で公開しています。無料部分だけでも、「破産寸前から1億円にたどり着くまでのリアルな方法」や、その裏で変化していった心の動きを読んでいただけます。

情報は売れる──と気づいた原体験

在庫ゼロのネットショップで1年で4,645万円を売り上げた頃、通帳の残高には、ようやく余裕が生まれていました。

「ようやく、“仕組みとして回るビジネス”にたどり着いたかもしれない。」

そんな手応えを感じていました。

  • 在庫を持たない

  • 初期投資のリスクが低い

  • 固定費がかからない

  • 自宅で完結する

  • どこでもできる

  • ひとりでできる

  • 直接会わなくていい

  • 人間関係のしがらみがない

  • 自分が100%責任を持てる

  • 肉体を酷使しない

  • 精神をすり減らさない

  • ネットを使う

  • 頭と経験をフルに使う

A4ノートに書き出した「ひとりネット起業の条件」を満たしながら、実際に数字がついてきた。
これは、僕にとってこれまでにない大きな自信になりました。

同時に、胸の奥では、もうひとつ別の思いも大きくなっていきます。

「このやり方を、同じように苦しんでいる人たちに伝えられないだろうか?」

僕がたどりついた「在庫ゼロでひとりで稼ぐ仕組み」は、僕だけのものにしておくには、あまりにももったいない。
そんな感覚が湧き上がってきました。

ヤフオクで1万円払った「情報」

実はこのとき、僕の頭の隅には、ずっと消えずに残っていた記憶がありました。

それは、この第3のどん底よりもまだ前──第2のどん底の2002年の頃のことです。

カーシェアリングビジネスで詐欺に遭い、ほぼ全財産を失っていた僕は、藁にもすがる思いで、ヤフオクに出ていた「即金で稼げるビジネスノウハウ」という“情報”を1万円で購入しました。

当時は1,000円でも使うのが怖かったのに、1万円はとんでもなく大金です。

それでも、たくさん売れているし、出品者の評価も高い。
詳細は明かされていないものの、「再現性があり、誰でもできる」と説明欄には書かれている。

「これに賭けてみよう。」

そんな淡い期待を込めて開いたその情報の中身は……正直、ひどいものでした。

タイトルや説明と中身が、まったく噛み合っていない詐欺商材。

どこかからコピペしてきたような、ありきたりな副業の方法が、乱雑に並んでいるだけ。

「洗車の副業。チラシをワイパーに挟んで営業する」
──そんなレベルの話が延々と続いているだけで、「即金で稼げるビジネスノウハウ」とは程遠い内容でした。

腹が立つというより、呆れてしまったのを覚えています。
信じてしまった僕がバカでした。

巧妙な手口のヤフオク詐欺

僕は他に犠牲者が出ないよう、すぐに出品者の評価にこの事実を書き込もうとしました。

しかし、なぜか書き込めない。

その出品者は、落札者が評価を書けないように、当時のヤフオクのシステムを巧妙に使っていたのです。

さらに、当時のヤフオクには詐欺に対する保障もなく、返金もされない。

本当に涙が出ました。
「また騙された…」と。
泣き寝入りするしかない状況でした。

でも、どうしても納得がいかなかった。

同じように困っている人が、これ以上騙されてほしくない。
そして、どうしても失ったお金を取り戻したい。

悔しくて諦めきれずにいると、ひとつアイデアが湧いてきました。

暴露レポートが飛ぶように売れた

その詐欺商材の内容をすべて検証し、どこが問題なのか、何が嘘なのか、さらにその巧妙な手口までをまとめた「暴露レポート」を作ったのです。

それをヤフオクで1,000〜2,000円前後で販売したところ、トータルで20万円ほどの売上になりました。

実は、まだまだ売れたはずです。
でも、「ある程度は広まっただろう」という感覚もありましたし、そもそも自分の本意ではない稼ぎ方でもあったので、そのタイミングで出品をやめました。

購入者さんからは、
「詐欺商材を買わないで済んで助かった」
「そんな手口があるとは知らなかった」
など、感謝の言葉を多数いただきました。

ヤフオクという個人同士の売買の場で、
「情報そのものにお金を払う人がこんなにいるんだ」
という体験は、僕の中で強烈な印象として残りました。

同時に、「人を騙す情報商材」には強い嫌悪感も芽生えました。

教材を作ると決めた瞬間

情報について考えたのは、そのときが初めてではありませんでした。

それまでも、ネットワークビジネスやハウスクリーニング、リフォーム、エアコンクリーニング、株、デイトレード、中古車ネット販売など、さまざまな分野の「情報」に、多くのお金を払ってきました。

そして何より、24歳のときに「成功を目指す」と決めて、7年84回払いの最長ローンで購入した、総額220万円のナポレオン・ヒルのプログラム。
あれこそが、僕にとっての原点です。

僕を含め、この世には「情報」や「ノウハウ」に、何十万円、何百万円というお金を払う人がいる──
その事実は、身をもって知っていました。

僕もいつか、ナポレオン・ヒルのように、人のためになるコンテンツを提供できる人になりたい。
そんな思いは、ずっと心のどこかで育っていました。

だからこそ、在庫ゼロのネットショップで結果が出始めたとき、これまでの考えが、当然のようによみがえったのです。

「今なら、本当に使えるノウハウを、ちゃんと責任を持って伝えることができる。」

僕がやるとしたら、100%責任を取れる内容で、胸を張って届けられる「教材」「コンテンツ」としてやりたい。

そう考えた瞬間、「教材を作る」という結論がストンと腹に落ちました。

調べてみると、僕がやっていた在庫ゼロのネットショップは、すでにアメリカでは「ドロップシッピング」と呼ばれるビジネスモデルとして広がっていて、日本でも「DSP(ドロップシッピング・サービス・プロバイダー)」と呼ばれるサービス──たとえば「リアルドロップシッピング」や「もしもドロップシッピング」などが登場し始めていました。

このとき初めて、「あ、自分がやっていたのは、これだったのか」と腑に落ちました。

「僕がやろうとしているのは、それの“自分で業者と直接契約する版”なんだな。」

自分で業者と個別に契約し、独自のショップを構築していくこのやり方を、僕は「独立型ドロップシッピング」と名付けました。

妻に約束し、2ヶ月こもって作業スタート

僕は妻に、「教材を作って販売する」と伝えました。

これまでの経験から、「今以上に絶対に稼ぐからね」と自信を持って伝えました。

そして、もうひとつ。

「で、最低1,000万円は絶対に稼ぐから。」
そう、妻の目を真っ直ぐ見て伝えました。

「だから俺を信じて。
しばらく、たぶん2ヶ月くらいは、ずっと作業でこもるから。
ご飯とか子育てとか、よろしくね。」

最後にそう約束して、ドロップシッピングビジネスも続けながら、教材と販売ページの作成をスタートしました。

「独立型ドロップシッピングでやってきたこと、そして誰でもできるドロップシッピングビジネスを、“再現性のある教材”という形にしてまとめよう。」

ここから、僕の中で第二のステージが始まります。

  • どんなステップで始めればいいのか

  • どの順番で学べば、挫折しにくいのか

  • 必要なスキルと、不要な小手先のテクニックは何か

  • 僕が実際に失敗したパターンも含めて、どこまでさらけ出すか

これらを整理しながら、ひとつひとつを文章に起こしていきました。

ドロップシッピングの基本、始め方、商品選定、価格設定、仕入れ交渉、ページ制作、アクセスの集め方、SEO対策、コンバージョンの取り方、トラブル対応……。

すべてを「ノウハウ」として切り分け、体系化していったのです。

画面に向かい続けた日々

外注は一切なし。
すべて自分でやる、と決めて取り組みました。

朝起きてご飯を食べて仕事、昼ごはんを食べて仕事、夜ご飯を食べてお風呂に入って仕事。

日中7時間、夜6〜7時間。合計すると、13〜14時間労働です。
画面に長時間向かうことは、不思議と苦痛ではありませんでした。

教材と販売ページの作業は、主に夜の時間帯です。
家族が寝静まったあと、ひとりでキーボードを叩き続ける日々。
気づけば時計は、いつの間にか深夜2時、3時。

肉体労働ではなかったものの、少し頑張りすぎていたかもしれません。
それでも当時の僕は、「這い上がるには、人の2倍の時間働けばいい」と単純に考えていました。

「ここで倒れたら、また同じことの繰り返しだぞ。」

体力には自信があった僕ですが、第3のどん底の最初に、ハウスクリーニングで倒れたときの感覚が、ふと頭をよぎります。

だからこそ今度は、できるだけリラックスし、適度に休憩を入れるようにしていました。

体を壊した経験があったからこそ、「無理の限界」を前より少しだけ分かっていたのかもしれません。
その期間は、不思議とすこぶる体の調子がよく、集中して取り組むことができました。

1,000ページを超える教材と特典に、一切の妥協なし

当時販売されていた情報(PDF)は、多くても200〜300ページが主流でした。

今のように動画講座が主流ではなく、主な媒体はテキストとPDF。
それにメールサポートです。

無名の僕は、「圧倒的なボリューム」と「リアルな実体験」で信用してもらう戦略を立てました。

気づけば、僕の教材はトータルで1,000ページを超えるボリュームになっていました。

特典も大ボリュームにして、ネットショップのテンプレートなども作って提供することにしました。

さらに「教材を売って終わり」にはしたくなかったので、購入してくれた人たちが、ちゃんと結果を出せるようにフォローに力を入れるため、メールサポートも特典でつけました。

そうして、教材と販売ページが完成しました。
準備にかかったのは、およそ2ヶ月半。
その間は、まさに一点集中の毎日でした。

価格は、1万円台前半からスタートすることにしました。
(のちに内容をさらに充実させ、最高3万円台になりました)

人生を賭け、時間も労力も全力で注ぎ込んだ教材です。

「ここまでして、本当に採算は合うんだろうか?」

そんな不安がよぎる瞬間もありましたが、それでも、「中途半端なものは出したくない」という思いが勝り、一切の妥協なしの内容・特典・サポートになりました。

僕にとってこのビジネスは、いわゆる“情報商材”ではなく、僕なりの集大成としての「コンテンツビジネス」であり、「教材ビジネス」だったのです。

「破産寸前から、4645万円を稼いだ秘密」──メルマガ復活の一通

教材と販売ページが完成した僕は、1年半止めていたメルマガとブログを、もう一度動かす決心をしました。

2007年9月15日。
キーボードに指を置きながら、正直かなり緊張していました。

件名:破産寸前から、4645万円を稼いだ秘密

こんにちは。
大変ご無沙汰してました。関達也です。
お元気でしたでしょうか?

まぐまぐ!『24時間ネットで収入を得続ける~自由で幸せな生き方~』発行人 関達也

そんな一文から始めて、僕は正直にこう書きました。

前回配信してから、あっという間に1年半が経ってしまいました(^_^;)
熱く書いていたブログもやめていました。
いろいろとありまして・・・・・・

私のメルマガやブログを楽しみにして下さった方には、本当に申し訳なく思っています。
すみませんでしたm(_ _)m

実は、給料ゼロになりました。
破産寸前になってました(T_T)

一時は、すべてのやる気も失っていました。

しかし、私は家族を養っていく身です。
最低でも、食べていかなければいけません。

そして、メルマガのタイトルどおり、24時間ネットで収入を得て、自由で幸せな生き方を目指すことも、あきらめたくはありませんでした。

そして、メルマガやブログを一旦やめて、1から頑張ろうと決意して、1年間頑張ってきました。

まぐまぐ!『24時間ネットで収入を得続ける~自由で幸せな生き方~』発行人 関達也

そして、頑張った結果と合わせて、こう宣言しました。

その結果、1年で4645万円をネットで稼ぐことができました。
(現在、5000万円を超えました)

1畳半でたった一人でです。
人脈もゼロです。

インターネットを使えば、誰でも稼ぐことができる!
私が稼いだ方法で、これを証明できたと思います。

ぜひ、あなたにも、私が稼いだ方法で稼いでもらいたいと思います。

その方法は、24時間以内に紹介する予定です。
お楽しみに!

まぐまぐ!『24時間ネットで収入を得続ける~自由で幸せな生き方~』発行人 関達也

当時のメルマガのタイトルは、
『24時間ネットで収入を得続ける~自由で幸せな生き方~』
でした。

「ようやく、このタイトルに現実が追いついてきた。
やっと戻ってこれたんだ。」

そう実感しました。

配信ボタンを押したあと、しばらくは画面の前から離れられませんでした。

読者さんたちはどう感じるだろうか。
怒る人もいるかもしれない。
「今さら何だ」と思う人もいるかもしれない。

そう覚悟していました。

ところが、実際に届いた反応は、想像していたものとまったく違いました。

「久しぶりのメルマガ、楽しみにしていました。」
「破産寸前から4,645万円…続きが気になります。」

怒りなんてなく、応援や期待の声が届いたのです。

あのときの安堵感と、画面越しに伝わってくるあたたかい温度は、今でもはっきり覚えています。

8,400万円の売上と、3,300人を超える購入者

教材をリリースする前、僕は正直、
「最初の反応はまだ薄いだろう。」
と思っていました。

ところが、現実はまったく違う方向に進んでいきます。

公開してすぐに、まず数本が売れました。
その後も、毎日コンスタントに数本ずつ売れていく。

毎日、数万円という売上が続きました。

メルマガ読者さんやブログ経由で見つけてくれた人たちが購入し、さらに、購入者の口コミや紹介からの申込みも増えていきました。

少しずつ、しかし着実に広がっていった感覚がありました。

あっという間に売上は数十万円。

やがて、教材だけで月に数百万円売れる月が続き、
気づいたときには、月1,000万円を超える月も出てきました。

その勢いは、当時、情報系の販売で有名だった2大ポータルサイト(インフォトップ、インフォカート)で、僕の教材が総合ランキングで何週も売上1位になるほどでした。

ふたを開けてみると──

  • 購入者数は、最終的に3,300名以上

  • トータルの売上は、約8,400万円

というところまで到達していました。

破産寸前の一畳半から、全国メディアの世界へ

破産寸前から一畳半の部屋で立ち上げた、独立型ドロップシッピングと教材ビジネス。

気づけば、ドロップシッピング本体の売上と合わせると、人脈ゼロの破産寸前から19ヶ月で、1億円という数字に到達していたのです。

「頭で稼ぐ仕組み」と「言葉と経験を売るビジネス」が、ひとつにつながった瞬間でした。

とはいえ、その当時の僕は、「1億円」という言葉を掲げていたわけではありません。

目の前の家族の生活を必死に守り幸せにすること。
そして、購入してくれた方へのサポートに全力を尽くすこと。

そのふたつに集中しているうちに、あとから数字を集計してみたら──結果として1億を超えていた、という感覚です。

それでも、通帳に並ぶ数字や毎月の売上集計を見るたびに、

「月5万のフリーターから出発した男が、
宮崎の片田舎で3度のどん底をくぐり抜けて、
13年後にここまで来たのか」

という、まるで映画のワンシーンのような不思議な実感が、じわじわとこみ上げてきました。

振り返れば、この「1億」という結果は、単なる数字以上に、
「自分の人生は何度でもやり直せる」
と確信できたひとつのブレイクスルーだった気がします。

やがて、その動きはメディアの目にも留まるようになります。

雑誌『BIG tomorrow』からの取材。
テレビ東京のバラエティ番組からの出演オファー。

「宮崎の一畳半からネットで1億稼いだひとり起業家」として、話している自分がいました。

起業してからの僕は、

  • 家賃6ヶ月滞納の借金地獄になり、

  • カーシェアリングで詐欺に遭って全財産を失い、

  • 信頼していた人たちからの裏切りから人間不信になり、

  • 引きこもりを続け、

  • ハウスクリーニングで倒れ、

  • 株や中古車販売で迷走していた人間

でした。

それが、まるで「すごい成功者」のように見られている。

実績は出しました。
でも、別に凄くもないし、偉くもない。
僕は、どこにでもいる一人の人間だと思っています。

怒りの燃料で走り続けた20代〜30代

正直に言うと、第2のどん底でお話したように、僕の原動力の一部には、「見返してやりたい」という裏の感情がありました。

  • 母の同級生の一言

  • カーシェアビジネス詐欺の社長

  • ビジネスを誘ってきた先輩の裏切り

  • 「お前なんか無理だ」と笑った人たち

自由な人生を手に入れるために起業の道を選んだはずなのに、その過程でいろんな出来事が重なり、
「くそー、このまま絶対に終わってたまるか。今に見てろよ。」
という怒りの感情が、気づかないうちに心の奥底で大きくなっていきました。

前にもこう書きました。

世の中で語られるサクセスストーリーは、美談として綺麗に飾られていることが多い。

けれど成功者だって人間。
怒りも嫉妬も、苦しみもある──その裏側は、ほとんど語られません。

家族4人、六畳一間の居候生活。怒りを生きる力に変えた日々【第2のどん底③ 転落編】

「怒り」や「恨み」は、一見すると「負のエネルギー」です。

その怒りの矛先を人に向ければ、人を傷つけることになってしまいます。
でも僕は、それをできるだけ人には向けず、「自分が前に進むための原動力」に変えようとしていました。

「絶対にあきらめない。」

この感情は、とんでもなく強力なパワーになりました。

そうやって転換できたのは、ナポレオン・ヒルのプログラムで学んできた「積極的心構え」のおかげだと思います。

ああいう哲学を学んでいなければ、怒りのエネルギーは、きっと違う方向に向かっていたでしょう。

そうやって、怒りや悔しさを燃料にして走り続けてきたのが、20代〜30代の僕だったのだと思います。

そして──本当に大きな変化は、まったく別のところで起きていました。

ふと気づいた「もう誰も恨んでいない」という事実

メディアに出たり、メルマガの読者が7万人を超えたりしたことで、僕のもとには、ますます全国から相談や問い合わせが届くようになりました。

「自分もひとりでビジネスを始めたい」
「ひとりでも、自分の力で生きていきたい」
「家族を養いながら、今の働き方から抜け出したい」
「借金やどん底から逆転したい」

かつての僕と同じような状況の人たちが、メールで思いを打ち明けてくれるようになったんです。

その頃の僕は、まだ人と直接会うことに抵抗がありました。
なので、宮崎からメールでサポートしたり、相談に乗ったりする日々が続いていました。

そんなある日、ふと、不思議な感覚がよぎりました。

「あれ?そういえば、もう誰のことも恨んでいないかもしれない。」

母の同級生のことを、カーシェア詐欺の社長のことを、裏切った先輩の顔を、僕を馬鹿にした人たちの顔を──
一人ひとり順番に思い浮かべてみました。

かつては燃え上がるように湧いてきた怒りが、もうそこにはありませんでした。

「あの経験があったから、今の自分がいるんだ。」

そんなふうに、どこか穏やかに受け止めている自分に気づいたんです。

お金やビジネスで結果を出したこと以上に、この「もう誰も恨んでいない」と気づけた瞬間は、僕にとって、人生との向き合い方が静かに変わっていくブレイクスルーだった気がします。

もちろん、相手の行いを正当化するつもりはありません。
騙されたことや裏切られたことが良かったとは思っていません。
仲直りしたい、という気持ちもありません。

それでも──
あのときの怒りや憎しみを、自分はもうまったく必要としていない。

むしろ、当時は「絶対に許さない」と思っていたはずなのに、心の奥では、もうとっくに手放していた自分がいる。

そんな事実に、気づくことができたのです。

3度のどん底を超えて、いったん手にした自由

振り返ってみると、第1・第2・第3のどん底で綴ってきたのは、借金や商売の崩壊、裏切りと喪失、そして働きすぎて倒れ、模索しながら迷走していた自分の姿でした。

それでも──どのどん底にいても、最後まで手放さなかったのは、
「このままでは終わりたくない。諦めない。」
という感情だけです。

1億という結果そのものよりも、「何があっても、自分は腐らなかった」と思えることのほうが、僕にとってはずっと大きな成果だった気がします。

その1億を達成したあと、僕のビジネス、そして人生は大きく変わっていきました。

僕は、インターネットを使ったひとり起業家を「マイクロプレナー®(登録商標 第5479137号)」と命名しました。
マイクロプレナーという自由な生き方が広がり、それぞれが得意分野を持つマイクロプレナー同士が繋がっていく未来を、真剣にイメージしていました。

その概念と方法を広げるために、

  • 北は北海道、南は沖縄まで全国各地でセミナーを開催し

  • 直接3,000人と会い、メルマガ読者は10万人になり

  • ひとり起業やネットビジネスだけでなく、人生の相談も受けるコンサルとして活動し

  • 「せき塾」という学びの場も立ち上げていきました

プライベートでは、家族が一人増えて5人家族に。
一人旅や家族での国内・海外旅行、宮崎と東京の二拠点生活などをしながらビジネスを続けていきました。

「好きな場所と時間で、好きな人と、好きな仕事をして、自由に稼ぐ。」

24歳の頃に思い描いていた「自由な生き方」に、ようやく30代後半〜40代で到達できた感覚がありました。

もちろん、そのときの人生も決して平坦ではありません。
新しい課題や悩みも、山ほど経験しました。

それでも、少なくともこの時期の僕は、第1のどん底、第2のどん底、第3のどん底をひと通りくぐり抜けた自信によって──
「自分の頭と経験で立ち上がる」という、自分なりのスタイルをひとつ手に入れていたと思います。

今振り返れば、この10数年の期間は、「これ以上はない」というくらい、自由に、好きなことをやらせてもらっていました。

そして僕のnoteを読まれている方ならご存じのとおり、50代に入ってから、まさかの4度目のどん底。
今はその再起の途中です。

さすがに今回の4度目はダメージが大きく、立ち上がるのに時間がかかっています。
3年以上、どこにも発信できずにいました。

ようやく今、このnoteで、またリアルを書き始めている──そんな段階です。

今、どん底にいるあなたへ(3つのポイント)

もし今この記事を読んでいるあなたが、

  • 誰かの裏切りや、不条理な出来事に傷ついている

  • お金や仕事のことで、これ以上ないくらい追い詰められている

  • どこまで歩いても光が見えない、長いトンネルの中にいる気がしている

そんな状態だとしたら──
今は、無理に「許そう」とか、「前向きになろう」とか思わなくていいと、僕は強く思っています。

僕も、どん底の真っ只中にいるときには、そんな余裕はまったくありませんでした。

今日をなんとか乗り切ることで精一杯。

未来のことなんてちっとも考えられないし、「この経験がきっといつか役に立つ」なんて言葉も、きれいごとにしか聞こえない。

僕も、これまで書いてきたように、

  • 借金で首が回らなかったとき

  • カーシェアリングの社長が詐欺で逃げたとき

  • ハウスクリーニングで倒れた夜

  • ライブドアショックでお金も心も折れかけたとき

──何度も、人生があと一歩で終わりそうな場所まで落ちてきました。

そんな中で、いま振り返って「これだけはやっておいてよかった」と思うことを、3つだけ書きます。


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