派遣先から正社員の誘い。揺れる50代、安定か再挑戦か?
「これから僕はどうやって生きていけばいいのだろう…」
50代の僕は、人生で4度目のどん底にいました。
かつては24歳で起業し、山あり谷ありを繰り返しながらも35歳頃にはそれなりの収入と自由を手にしていました。
自由に飛び回り、好きなことをしながらずっと生きていける。そう信じて疑わなかった自分がいました。
ところが、50代で一気に奈落の底へ。
家さえなくなり、娘と二人で身を寄せる場所を求め、たどり着いたのは──寮付きの派遣社員という暮らし。
片隅で、必死に生き延びる日々でした。
そんな中で、僕にひとつの転機が訪れます。
今回の記事では、その暮らしの中で僕に訪れたひとつの転機──派遣先から「正社員にならないか」と誘われた出来事をもとに、安定か再挑戦かという選択について書いていきます。
50代でどん底を味わった僕が、その選択の中でどんな思いを抱いたのか。
きっと今を生きるあなたにも関わるテーマだと思います。
こんどこそ這い上がれないのかもしれない…
これまでにも3度のどん底を味わってきました。
多額の借金、詐欺による人間不信、過労による倒れ込みで失業…。
どれも大きな出来事でした。
けれど、不思議とそのときは夢や希望が消えることはありませんでした。
どれだけ落ちても「這い上がれる」という強烈な根拠なき自信があったのです。
ところが、今回は様子がまったく違いました。
気力も自信も失い、絶望さえ感じる。夢や目標はまったく浮かばない。
思考は停止し、ただ毎日をムダにやり過ごすだけの自分がいました。
「もう俺は這い上がれないのか」
それでも僕は、長年、夢や希望を持ってひとり起業家として歩んできた。
寮と工場を行き来するような人生なんて、0.1ミリも望んでなかったはず。
再びひとりで稼ぐと決め、退職を申し出た
寮付きの派遣社員になってから半年が経った頃のことです。
下に書いた「3つの気づき」から、ようやく立ち上がろうと思えるようになりました。
あと数ヶ月で入社1年を迎える頃、僕は派遣会社に退職を申し出ました。
次に何をやるかは大体決めていました。
準備はこれから。
でも、覚悟はすでに決まっていたのです。
「最低限の生活に必要な収入は、絶対に稼ぐ」──もう失敗は許されない。
思い返せば、24歳で起業したときも未経験からのスタートでした。
貯金もなく、最初の5年間は4つのバイトを掛け持ちしながらのフリーター状態。
それでも何一つ不満はありませんでした。
なぜなら、誰でもない、自分が選んだ道だったからです。
本当はギタリストを夢見て宮崎から上京した10代。
想像以上に高い壁と大都会の現実に打ち砕かれ、就職も選ばなかった僕。
社会に適さない、そんな僕に残された人生の道は「起業」しかありませんでした。
消去法の選択だったかもしれない。
けれど、投げやりの気持ちではありませんでした。
大きな夢と希望を持ち、失敗を恐れず船出をしました。
船長は僕自身。大海原を自由に、どこへでも行けると信じていました。
──そして、再び原点に戻った気持ちになっていました。
娘を育てる50代のシングルファーザーとして
ただ、当時と今とで決定的に違うのは、「お金持ちになりたい」「大成功したい」というギラギラした欲望が、すっかり消えてしまったことです。
20代で独身だった頃は、大きな夢や野望を胸に抱き、勢いに任せて走っていました。
1994年、バブル崩壊後とはいえ、まだ街には浮かれた空気が残り、ITバブルの熱狂も続いていました。
「波に乗るぞ。いや、波を作ろう」と考えながら、迷いなく突き進んでいたのです。
しかし今の僕は、娘を育てる50代のシングルファーザー。
望んでいるのはただひとつ──地に足のついた暮らしを送り、小さな幸せを積み重ねること。
けれど、その小さな幸せをいくら積み重ねても、会社員には限界があることを知っていました。
娘が病気をしたとき、そばにいてやる自由がない。
娘の夢を自由に応援できない。
会社員のままでは、それは絶対に叶わない。
だから、僕はもう一度こう決めたのです。
「娘のために、僕はひとりで稼ぐ」
思いがけない正社員の誘い。揺れる心
「せきさんは有能だから。うちの社員にならないか?」
驚きました。
退職を申し出た直後のこと。
派遣先の上司から、正社員の誘いを受けたのです。
しかも今以上に生活の安定が手に入る待遇や給料で、本気のオファーでした。
慣れない工場の中で、必死に働いてきたのは事実です。
けれど、まさか現場で最年長の自分が正社員のオファーを受けることになるとは想像もしてませんでした。
派遣という不安定さのリアル
派遣社員として働くことで、その立場の危うさを痛感しました。
ある日突然、契約を切られる同僚が出てくる。
「仕事ができない」「遅刻や欠勤が多い」「協調性がない」──理由は様々ですが、クビを言い渡される瞬間を何度も目にしてきました。
まるで労働力の使い捨て。
別の工場へ飛ばされる者もいれば、派遣そのものを辞めざるを得ない者もいる。
派遣社員の世界は、とにかく不安定。
常に次の更新があるのかどうか分からない恐怖と隣り合わせでした。
そんな環境の中で、最年長の僕がクビにならず働き続けられたのは、忠誠心や真面目さではありません。
理由はただ一つ。
──娘を守るために、絶対に契約を切られるわけにはいかなかったから。
安定か、再挑戦か
だからこそ、派遣先からの正社員の誘いは、50代の僕にとって意外でした。
「自分が評価されていたのか」と驚きもしました。
一年間、遅刻も欠勤もゼロ、与えられた仕事はきちんとこなす。
黙々と真面目に働き続けてきた姿が、思っていた以上に見られていたのだと知りました。
必死の積み重ねが、正当に評価されていたのだと素直に嬉しかったです。
正直にいえば、心の奥には複雑な思いがありました。
僕はすでに「退職を決意」していた。
もう一度、ひとりで稼ぐ道を選ぶと覚悟を固めていた。
しかし、新しい仕事の準備はまだだし、うまくいく保証はない。
その矢先にもらったオファー。
心が揺れないはずがありませんでした。
──安定か、再挑戦か。
50代で迎えた人生の岐路。娘と二人で生きるこれからを考えたとき、僕はどちらを選ぶのか…
おわりに
次回は、僕がどうやって答えを出したのか、その答えの後、どう行動するのかをお話しします。
続きはこちら。
👉 娘のために選んだ、ゼロからの働き方と引っ越し先
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初めて僕の記事を読んでくださった方へ。
よければ、最初に書いた自己紹介の記事もぜひ読んでみてください。
せきたつや
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