私が乗り越えた発達障害の壁
こんにちわ、今回は『自閉症回』という事で
発達障害の当事者の私が乗り越えて、自分の糧と
してきた経験談を話してみようと思います、発達障害当事者のみならず、親御さん、教員、お友達まで
『発達障害の人ってどんな事を乗り越えるのか』この記事を元に学びに繋がってくれると幸いです
今回から積極的にコメント📝をお待ちして見ます
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前回↓
第一章.療育編(3才〜12才)
発達障害の最初の課題は『療育教育』に通えるか
療育とは福祉制度の一つで『障害を持っている子供を自立させるために実施されている医療・保育のこと』
生まれつき身体や脳機能に偏りがある子供に社会的なルールや自立などを一から対面で教える家庭教師みたいなものでした。
私は三才の頃に
『アスペルガー症候群(昔でいう自閉症)』
『ADHD』
『LD(学習障害)』
と診断されてから9年間、ずっと療育育ちで
前にも書いたとこり私は生まれつき脳みその作りが違い、偏りがあります、発達障害って合併が多いのですが、三つ持ちはレアです
理論>
論理>
構築>
分析>
研究>
文章が得意で
逆に
感情>
感覚派>
適当>
感情的な人や適当なひと>
女性トーク>
場を察する事>
わかりにくい雰囲気>
空気を呼ぶ>
サバを読む>
空気に合わせる>
これが『生まれつき出来ないんです』
地頭がよく、物知りで、勉強熱心なのはアスペあるあるなのですが、私は漢字と数学の学習障害があって、アスペ仲間と同じくらいの勉強ができななかったのが悔しいです......
私の療育の体験談は結構長かったと思います
6才で小学校に通い始めてから療育施設に定期的に通い、発達に偏りがある事とずっと暮らしてました
いろんな人がいて、大人しい子、物知りな子、活発で柔道で段を取ってクラスのリーダーになる事など
普通校とは違う役割のようなものがありました、私は年長になればなるほど療育施設で『大人の仕事を変わってやったり』『お手伝いを積極的にやったり』『職員室で昼寝したり』『図書館の本を読み耽ったり』『汽車でいろんなところへお出かけするなど』大人と過ごすことが結構多かったです。
『リオちゃん大人っぽいね』とよく言わました
療育では『強度行動障害』の事もよく関わりました
強度行動障害とは自閉スペクトラム症(ASD)や『重度』・『最重度』の知的障害がある人の中で、自傷、他害、物壊し、睡眠の乱れ、異食など、自分自身や周囲の人の生活に危険や大きな負担を及ぼす行動が、著しく高い頻度で起こる状態のことです
昔だと『キチガイ』の一言で拒絶されてきた人達で
勝手に暴れる、大声を出す、相手を傷つける、物を投げる、急に動き出す、食べられない物を口に入れる、など『脳に重度の障害があり』生活が極めて困難な子とほぼ強制的に同じクラスでいなければいけませんでした、療育以外『居場所がないんですよ』
......そういう人達と一緒に過ごしてきたから
私のバックボーンは重ためです
『居場所がない気持ち』
『障害のある人を嫌な目で見ない』
を乗り越えることができました
第二章.小学校編(6〜12才)
第二の課題は『小学校の初等教育を受けること』
幼稚園で寝ない/食べない/大人しい私は、近くの
小学校の『特別支援学級』に入学しました
これは小学校、中学校等において以下に示す障害のある児童生徒に対し、障害による学習上又は生活上の困難を克服するために設置される学級で
発達障害を持つこの半数はこの学級で教育を受ける
ことが比較的最近になって増えてきたんです
小1から小6までほぼこの学級で過ごしてきました
私が初めて本を書いたのが小4の頃でゾンビ物でした、ワープロのPCを借りて1人で書いていたんです、また学芸会の劇の台本もこの年に書き始めて
『没』になりました......改めて思い出すととんでもない事を出来ていたなと自覚できます。
まぁ......学級の職員室のPCを貸してくれた先生が神ってたと思いますけど、その先生なんと教育委員会のポストについたんですよ? チートです......。
私はこの頃から『言語性IQ』言葉の理解、語彙力、知識、言語による情報処理能力など、言語を使った理論的な思考やコミュニケーション能力が高かった傾向があったらしいんです。
アスペルガー症候群は知的能力がない(私は漢字と算数がお亡くなりでしたが......)代わりに『言語性』が発達して、『動作性IQ』パズルや図形、絵の配列など、目に見える情報を処理し、実際に手を動かして問題を解く非言語的な知的能力を示す能力より、高い傾向があるんです
その分運動音痴だったり、友達ができにくかったり
図書館の主になったり、ひどい聴覚過敏や過緊張で生まれつき不眠症になりやすいなど『人生結構ハード』になる人多めなのですがね......
私の属性は
『アスペルガー症候群(AS)』
『ADHD(注意欠陥/多動性障害)』
『LD(学習障害)』
3属性持ちなんです
寝ない/食べない/大人しい/本を書く
うちの学校でもこの特性はレア系でした
私は学級では積極的にイベントを企画して実行して
かなり人気の行事やお祭りを開催しました
一番記憶に残っているのはとあるゲーム企画です
『爆弾を解除して射的をする』バイアスロンを開催
お手製の時限爆弾を数個作り、家からナーフというダーツの鉄砲を持ってきて、教室を一部屋借りて
その年の学園で1番の本格的なスポーツ行事として
かなり話題になりました
マジで『一から企画して小道具を自作し』
マジで『先生達三人を巻き込んで部屋借りて』
マジで『ポスター作りをPCでやりました』
めっっっっっっちゃ懐かしいです。
この時『10歳弱です』小4です
療育育ちすげぇ......自立力が並じゃなりません......
まぁ......その分『すげぇバックボーン重いですが』
小学生の時はアスペの脳特性で1人の専用部屋で
テストやマッサージをしてもらって症状の軽減を
やってくれてたと思います、実際にアスペの治療で
隔離された部屋でマッサージや短作業で脳の暴走
を抑えるのが実際にあるんです
『自分で考えて自分で実行する』
『友達と一緒に社会的な生活をする』
『出来ないと思う勘違いを捨てる』
『アスペの特性の言語性を育てる』
これが小学生で学んだことでした
第三章.中学校編(12〜15才)
初等教育を終えたのち、私は小学校から徒歩30秒の中学校に進学しましたがーーーー
ここで大きく挫折することに......
『発達障害の面識があまり無かったんです』
というより、ある方でしたが『普通の人の常識を刷り込まれて不登校化』人生で一番辛い学生時代でした......
体育の授業で永遠と野球やらされる>
美術の授業で私、絵が描けるのに教科書の芸術理論を最初から丸暗記させられる>
数学できない/漢字書けないは当たり前>
英語なんて文法から教えてくれない単語だけ>
給食で嫌な物食わせられる>
徹底的に制服とジャージ姿で気繕われる>
音楽の授業でバッハを覚えさせられる>
洋楽が好きな同級生なし>
コーヒーが好きな同級生なし>
......一から十まで『ひたすら常識の壺漬け』
この生活を一年半送ってメンタルが破れてーーー
無事に不登校になりました:)
『普通の奴らを話をするな』
『脳が違う奴とは話が合わない』
『普通って何だっけ⁇⁇』
これが中学で骨身に刻んだ人生の教訓です
実は私は15才弱の時に
初めてコーヒー☕️デビューしました
そこから次に続きます↓
第四章.高等学校編(12才〜18才)
不登校になった私は12才の頃に出会った
『通信制高等学校』
道内に最近できた小さな学校で、ゼミ制の部活や課外学習が多く、元々はスーパーだった建物を校舎にしている所で、私は小6の頃、たまたまここに見学に来ていたんです。
そこから定期的にこの学校の教室に通っていて
中学で完全不登校になった後、ここが中学代わりになりました、前の記事で書いた『元科捜研の理科のおじじ先生』が当時の私の担当でした。
この学校はスクーリングを重視する学校で、不登校時代は汽車で池田町や根室町まで行って、図書館や北海道のローカルな街を歩く課外学習が多かったです。
その後16歳になるとこの学校に三年越しに正規入学し、同級生と比べて三年多めで入学しました。
一年の頃は学校に慣れよるとする子達に学校の説明や授業の形などを伝えて、3年生の先輩達と自然に話したり、かなり私自身が人気でした、前から知ってくれてる先輩達が多くて私としては安心でした。
周囲の子達がこの学校に慣れていく過程を見るのが
嬉しかった思い出があります
2年生の頃から本格的に芸術ゼミと料理ゼミに入り
その頃からコンカフェのバイトや作品の展示など大学生の芸術科のような大人っぽい学校生活を送っていました
毎年恒例の遠足では毎回先頭に立ち、先輩後輩関係なく話しかけて、よく仲良くなったりしました。
私は結構体調を悪くすることが多くて、よく保健室を借りて一時間くらい休んで、その後復活することを何度もして『学年一位の保健室利用者』として、有名でした。

懐かしいですね
あと、私は中学の頃からずっとコーヒーが好きで
高校の友達から『大人より大人』『趣味がおじさん』『人生何周目?』『現職カフェ店員乙』『芸大生乙』なんでよく言われました。
三年生の頃はもう完全に『色々と一周して』
だいぶ大人らしくなったと思います
この時はずっとコンカフェのバイトや絵描き三昧
ずっと創作とコーヒーの日々で無事卒業しました
『不登校を乗り越える』
『普通をやめてユニークに生きる』
『実は大人っぽかった』
『コンカフェできるほど自立心高め設定だった』
『芸大生みたいな自分を知った』
『通信制高校6年在籍のち卒業🎓』
こんな濃い学生生活を送れるなんて
私スゲェなって思います
最終章.アスペルガーって楽しい
まさかこんなことを思う日が来るとは思ってもいませんでしたが、今はそう感じます。
不登校も楽しかったし
眠れないのも楽しいし
保健室で寝落ちするのも悪くないし
社会からドロップアウトしても問題なく
今は小説家兼ライターとして自由に過ごせてます
こういう生き方もあるんだなって思える人が増えるといいなと私は思っています。
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