【復刻版】(アルバム音源から辿る)ゴア/サイケデリック・トランス略史—from 1998 to 2002【後編】 from『サイケデリック トランス パーティ ハンドブック』
●まえがき
以下のテキストは、2002年に河出書房新社より刊行された『サイケデリック トランス パーティ ハンドブック』に収録された拙稿の転載です(一部内容に修正・追記あり)。四半世紀も前に刊行され、長らく絶版扱い&電子書籍化も対応されていないため、今となっては手軽にアクセスしづらい同書の内容を(部分的でも)noteに転載しておくのも無意味ではないか、と思った次第です(さらに一部のディスクには、YouTubeでの試聴リンクも貼っておきました)。
なお、原文では「1993~2002年」の10年間を対象にしており、その前半部「1993~1997年」の5年分については別記事【こちら】をご参照いただきたく、残りの「1998~2002年」に相当する部分を、当記事では扱います。
偶然ですが、今年(2026年)の1月23日、東京は渋谷のWOMBにて、SOLSTICE MUSIC PRESENTS : X-DREAM & THE DELTA というクラブ・パーティが開催されます。今日に至る息の長い活動を続けている、ドイツ出身のテックサイケ系の重鎮、 X-DREAM & THE DELTA がトランス・シーンで存在感を示してきたのが、ちょうどこの時期(1998~2002年)。そんなことも併せて振り返っていただくのも、一興ではないでしょうか。
これまた、前半部(1993~1997年のガイド)の前書き内で触れたことの繰り返しですが、そもそも「ダンス・ミュージック」の楽曲は、アルバム単位よりもトラック単位でリリースされ、DJがフロアでかけて評判/評価を下される……という大前提があります。ですが、当時(90年代半ば〜後半)のゴア・トランス音源は、例えば東京の渋谷であれば、CiscoやTechniqueといった専門店はもとより、HMVやWAVE、タワーレコードなどのメガストアにも軒並み「専門コーナー」が設置されていたぐらい、CDアルバム単位での購入&聴取がポピュラーでした。当ガイドの参照音源がアルバム単位であることには、そうした背景事情があることを言い添えておきます。
それでは、20世紀末〜21世紀初頭のサイ・トランス・シーンを、今一度振り返ってみましょう!
*参考:【前編】の記事内容(↓)
●1998年:ダーク&ミニマル化するサイケデリック・トランス
この頃になると、まさにサイ・トランス界隈のリリース状態もまさに百花繚乱。個々の流れやモードを逐一記述するとキリがないので、印象的なトピックを列記していくと……何と言っても98年の記念碑的名盤といえば、X-Dream『Radio』[*21](Blue Room)にとどめをさす。ハンブルグ出身、ジャーマン・トランス黎明期から活動を続けてきたMarcus Maichel & Jan Müllerのコンビは、ここにきて(X-Dream節ともいえる)独特の野太いベースラインとシンコペーション気味のリズム・パターンを確立。サイ・トランス界隈にとどまらぬ、幅広い層から絶大なる人気と支持を獲得した。

もうひとつ、X-Dreamにも縁のある話題として、Marcusのサイド・プロジェクトThe Deltaがこの時期、シングル単位とはいえ)いくつかのキラー・トラック……「As A Child I Could Walk On The Ceiling」「 Travelling At The Speed Of Thought」等を次々と発表し、フロアを沸かせていたことも記憶に新しいトピックだろう(それらのヒット曲は00年発売のフル・アルバム『Scizoeffective』[*22](D-Drum)に収録された)。

初期ゴア時代から活躍しているベテラン組の一人Johann Bleyのソロ・トラック「Stranded」もまたThe Delta remixによってブレイク。Johann自身もフル・アルバム『Blow Your Mind』[*23](Blue Room)を同年リリース。今思い返せば、随分とイケイケでアゲアゲなサウンドが、フロアを席巻した時期だった。

かと思えばこれまたドイツでも、南独フランクフルト出身の)Gabriel le MarとMichael Kohlbeckerによるユニット、Montauk P『Def=Lim』[*24](Blue Room)は、(同メンバーによる)エレクトロニック・ダブ・ユニットSafi Brothersのメロウでスモーキーな旋律とはまた全然肌合いの違う、いわゆるストイックに曲げ、ジリジリと上げていく、硬派でミニマリスティックなサイ・トランスの先駆的な作風で、これまた話題に。

ちなみに老舗レーベルのひとつTIP Recordsが、この98年を境に一旦、活動休止に追い込まれるのだが、その直前に矢継ぎ早にリリースされたコンピレーションのうち、例えば『TIP Singles 3』[*25]『Beyond Colour』[*26]に収録されたトラックと(初期にリリースされた名曲の数々をGMSがノンストップミックスした)『Top Of The TIPS 94-98』[*27]を聴き較べてみると、やはり双方の印象はかなり違う。近年のトラックになればなるほど(ゴア・トランスらしい)〝泣き〟の要素や陽気なメロディは弱まり、より力強く、ダークでガツガツバキバキと形容されるような)いわゆるサイケデリック・トランスと呼ぶに相応しいテイストが、徐々に主流を占めるようになっていく。



かたや(これまた老舗レーベルのひとつである)Flying Rhino Recordsの〝Flight〟シリーズ第3弾『Third Flight: Slipstream』[*28]が、じつに斬新かつクールな方向性を、いちはやく指し示し、後年のサイ・トランス・シーンが志向するようなプログレッシヴ路線への転回を、いち早く示したことも特筆すべき出来事だった。

●1999年:サイケデリック・トランスのプログレッシヴ化
(前述した)『Slipstream』辺りから本格化していったFlying Rhinoのプログレ化を一段と決定的なものにしたアルバムが、98年リリースのミックス・コンビ『Re:Evolution』[*29]だった。James MonroとCassという、同レーベルを代表する2人の手によるミックス・ワークには、Slinky WizardやDarshanのような(初期ゴアを代表する)往年の名曲から、AtmosやSlideといった(クールなサイケデリックを志向する)新しいタイプのトラックまでがフィーチャーされ、新旧タイプを聴き較べられるという特典まで!

さらに『TIME / Re:Evolution II』のパッケージにNick Warren、Dave Seaman、Sasha、Danny Howellsといった、いわゆるプログレッシヴ・ハウス〜ユーロ・トランス界のトップクラスDJから続々レコメンが寄せられるといった趣向。たしかにCass & Slideのトラック(Astral Projection「Liquid Sun」のrework版など)はこの時期、サイケ以外のプログレDJもしばしばセットリストに入れていたくらい、ヒットした。それこそ(別稿で解説したような)イビザ・ブーム以降の、いわゆる30年代後半のユーロ・トランス景気に、サイ・トランス(の一部)が便乗……というと聞こえが悪いが、そういう風潮と無関係でもなくなった時期に来た、とも解釈できる。

こうしたサイ・トランスのプログレ化にはFlying Rhino以外のレーベルもまた決して無縁ではなくなってゆき、例えば2000年リリースの『Transient 8 (Back With The Future)』[*30](Transient)『TIP Singles 2000』[*31](TIP World)、あるいは(2001年リリースの)『Kamaflage』[*32](Dragonfly)といったコンピレーションは、(いずれのレーベルも、かつてはゴア系の王道路線をひた走っていたとは思えないくらい)かなりクールでソリッドな音使い……いわゆるプログレッシヴ路線の影響を感じさせる仕上がりだ。もちろんこれはこれでハマり音としても十分使えるものではあるけれど、かつてのミもフタもない感情爆発系のゴア&イスラエリ・トランスにどっぷり浸かっていた向きには、いささか気取った音楽のように受け取られても、致し方ないか?



●2000年:新旧交替&煮詰まりをみせる大御所?
話は前後するが、Raja Ram率いるゴア系老舗レーベルTIPが、98年にTIP Worldと改名して再始動。Atomic RecordsやMedium、3D Visionのような新興レーベルが続々旗揚げ、シーンに新風を吹き込んでいく一方、同じ老舗系でもBlue Room Releasedあたりは00年以降、めっきりリリース量を減らし、逆にNova TekkやGlobal Trance Networkのような傍流レーベルが俄然頑張りを見せるなど、レーベル界隈にも新旧交替の波が押し寄せてくる。
世紀越え前後のこの時期、サイトランス大国イスラエルに目を向けてみても、Avatar、Agitato、BNE、Hadshot Haheizar、HOM-Mega、MDMAといった按配に、新興レーベルや新人アーティストの数はここでも増大の一途を辿っていく。とはいえ、肝心の中身はどうかというと、これが存外にB級だった先人の焼き直しだったりして、音楽的な停滞感は否めない。近年のイスラエリ系人気ユニットの名前を挙げてみても、Alien Project、Skazi、Space Cat、Yahel等々、それなりの顔触れが並ぶとはいえ、真に目新しいサウンドを創出しえた者といったら、せいぜいInfected Mushroomぐらいではなかろうか? 90年代半ばのイスラエル全盛期の音を愛する者としては、何とも残念な話ではある。

そしてミレニアムを迎えた00年、この年のもうひとつの特徴的な出来事として、黎明期から活躍してきた複数のベテラン系アーティストが、いわゆる〝ベスト盤〟的趣向の企画盤を次々とリリースしたことがあった。具体例を挙げれば、Astral Projection『In The Mix』[*33](Trust In Trance)、California Sunshine『Wonderland』[*34](Phonokol)のDisk-2など。これらはともに既発表曲をミックスしたCDで、新作は殆ど収録されていない。


そういえば(結局実現はしなかったのだが)かのHallucinogenの次回作もライブ・アルバムの予定とアナウンスされたのが、ちょうどこの頃だった。(*註:この〝Hallucinogenのライブ・アルバム〟の件は、2000年代前半〜半ばには実現しなかったが、2002年にTwistedよりリリースされた『Hallucinogen – In Dub』(Hallucinogen名義のダンス・トラックをダブ/ダウンテンポ・ヴァージョンに再アレンジした企画盤)をライブで再現したショーの記録『Hallucinogen - In Dub (Live)』 】という形で、2009年に実現をみた)。


The Muses Raptの「Spiritual Healing」やMan With No Nameの 「Teleport」といった往年のゴア・トランスの名曲の〝2000 remix〟までもがリリースされたり……むろんそこには温故知新的な意味合いもあるにはあるのだろうけれど......穿った見方をすれば、こういった大御所勢の焼き直し的風潮に、シーン全体の〝煮詰まり〟気分を感じ取れなくもなかったのであった。
●2001年〜:拡大するエリア&混迷するシーン
一方、パーティを含めたサイ・トランス文化圏もまた、新世紀を迎えてさらなる拡大をみせ、これまで明確なシーンが確認されなかったエリアからも、新しいアーティストが続々出現するようになり、たとえばヨーロッパでも、イギリス〜ドイツ〜フランスといったサイケ先進国のみならず、ギリシャやポルトガル、東欧諸国にまで広がりをみせていく。その中でも北欧系/ロシア系といった「北の国から来たトランス」が、最新版サイケデリック・トランスのプロトタイプとして、にわかにクローズアップされてくる。
北欧系スカンジナヴィアン・トランスの特徴としては……いわゆるアップリフティング(アゲアゲ)路線への反動とでも言わんとばかりに、音数や音色、曲構成がストイックに整理され、(先に流行をみせたミニマル&プログレッシヴ同様)サウンドの印象はどちらかといえば、クールでダークなサイ・トランス。代表的レーベルにあたるのが、スウェーデンのSpiral TraxやCreamcrop、Digital StructuresにIboga等々。看板アーティストとして知られるのが、Son Kite(『Perspectives Of...』[*35])、Ticon(『Rewind』[*36])、Nomad、Viberasphere( 『Echo』[*37])、S-RANGEといった面々。ちなみに北欧系なるカテゴリもまた、その地に代表されるレーベルカラーを指し示すものであって、必ずしも作り手が北欧出身あるいは在住であることを意味するわけでもない。事実、ポーランドのTromesa、スイスのXV Kilist(『XV Kilist』[*38])辺りも、立派な北欧系サウンドだ。



もう一方の近年のトピックであるのが、いわゆるロシア系サイ・トランス。注目筋はParasenceやAerodanceにNeuromotor、Fuzzionあたり。前3者はギリシャの新興レーベルAcidance所属ということもあって、ここのレーベル・コンビ『Drug Therapy』[*39]等が、目下の〝ロシアン・サイトランス〟の格好のサンプラー盤だ。剽軽な上モノにブリブリと重厚感溢れるシンセのビート音……ゴチャゴチャと未整理な感じもして(ある意味)〝ガラの悪い〟サイ・トランスの最新形態という印象もするが、ゴア黎明期の勢いがシーンに一番感じられ、同時に「(インドの)ゴアでも今、一番受けている」という評判も手伝って、注目が集まっているのかもしれない。

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とにかく2002年現在、〝サイケデリック・トランス〟というカテゴリで括るには、シーンはあまりにも拡張され、音のタイプやレーベルカラーも、ヴァラエティがあり過ぎな感もしないでもない。しばしば来日し、Juno Reactorのコラボレーターとしても知られるベテランDJ、Mike Maguire率いるQube Recordsや、(同じくJuno人脈の)Ben WatkinsやXavier Morelらが主宰するAtomic Reactorあたりが志向するサウンドは、サイ・トランスといった形容が醸し出す雰囲気よりも、インダストリアル・テック・トランスとも言えそうな硬質な肌合いを色濃く感じさせるもの。


他にも(トランス系野外パーティにおける電子音一辺倒への反動か?)ジャム・バンド系のサウンドにも注目が寄せられ、豪・Psy-Harmonicsの最新コンビ『Experience / Psy-Harmonics Vol.5』[*40]には、レーベルを代表するオーストラリア勢に混ざって、日本からもAOAやSoft、ヤマツカEYEらのトラックがコンパイルされるなど、新しい芽吹き、潮流の兆しは、そこかしこに垣間見られる。

とはいえ、シーン全般のサイケデリック・トランス人気を牽引しているのは、例えばGMSやX-Dream、Etnicaといった面々であり、彼らのサウンドと(先に挙げた)新潮流が、果たして同一ジャンルとして括り得るのかどうかも難しいところ。とにもかくにもこうした渾沌とした賑わいが、2002年現在の(黎明期から約10年の時間を重ねた)サイケデリック・トランスの実情なのである。
P.S. ご一読のとおり、サイケデリック・トランスの通史的紹介は「2002年」時点で終わっているため、それ以降(2003年〜2025年)のシーンの流れや主要ディスクは、ここには含まれていないことを最後にもう一度付記しておきます。
ちなみに(主要ディスクではなく)その後のパーティ・カルチャーをめぐる雑感テキストが、以下の「関連記事③」で紹介する《SZ-Booklet_04 *Shigeki-ZINE [2024]──「昭和の終わり」とオルタ・カルチャーの時代》内にあります。ご関心ある方は、そちらもご参照ください。
*関連記事①:当記事の「前半部」に相当する、(アルバム音源から辿る)ゴア/サイケデリック・トランス略史—from 1993 to 1997【前編】は、コチラ!(▼)
*関連記事②:書籍や雑誌、特集ムックから振り返る「90sレイヴ・カルチャー関連ブックガイド」は、コチラ!(▼)
*関連記事③:90年代のトランス・パーティ・カルチャーを平成末期から振り返った「更新期の〝オルタナ〟/ あるいは / 『オルタカルチャー』を憶えてますか?」が収録された個人誌《SZ-Booklet_04 *Shigeki-ZINE [2024]──「昭和の終わり」とオルタ・カルチャーの時代》の内容紹介は、コチラ!(▼)
