見出し画像

【復刻版】(アルバム音源から辿る)ゴア/サイケデリック・トランス略史—from 1993 to 1997【前編】 from 『サイケデリック トランス パーティ ハンドブック』

●まえがき

 以下のテキストは、2002年に河出書房新社より刊行された『サイケデリック トランス パーティ ハンドブック』に(nickcage名義で)収録された拙稿を転載したもの(一部内容に修正あり)。

『サイケデリック トランス パーティ ハンドブック』河出書房新社/2002年

さる2025年11月16日、Violetta Shibuyaで開催されたPURE GOA TRANCE PARTY「REINCARNATION」にDJとして参加させていただいた際、同書を読んだことがある若い人たちと交流したことが切っ掛けとなり、その内容を久々に読み返してみました。

PURE GOA TRANCE PARTY「REINCARNATION」@Violetta Shibuya、フライヤー画像

 内容的にはズブズブの(ゆるい)オールドスクール系ゴア・トランス通史ですが、件の『サイケデリック トランス パーティ ハンドブック』が刊行されてから四半世紀近い歳月が経ち、長く絶版状態にあり、電子書籍化もされておらず、その内容に気軽にアクセスしづらいこともあり、noteの方に部分転載しておくのも無意味ではないかと判断した次第(一部のディスクには、YouTubeでの試聴リンクも貼っておきました)。

 そもそも「ダンス・ミュージック」の楽曲は、アルバム単位よりもトラック単位で、まずはリリースされ、DJがフロアでかけて評判/評価を下される……という大前提があるわけですが、当時(90年代半ば〜後半)のゴア・トランス音源は、例えば東京の渋谷であれば、CiscoやTechniqueといった専門店はもとより、HMVやWAVE、タワーレコードなどのメガストアにも軒並み「専門コーナー」が設置されていたぐらい、CDアルバム単位での購入&聴取がポピュラーだったのですよ、という背景事情を言い添えておきます。

 なお、原文では「1993~2002年」の10年間を対象にしていましたが、一気に10年分を転載すると膨大量になるので、今回は前半の「1993~1997年」の5年分に限定し、残りの「1998~2002年」は、別記事にて公開しました(そして2003年以降の22年間はフォローしていないので念のため)。


●1993年:ゴア・トランス誕生

 いわゆるゴア・トランスと称されるジャンルにおける「最初のアルバム・リリース」とは、いったい何年の何なのか? 年代的には93年、タイトルでいうと、Dragonfly Records のレーベル・コンピレーション『Project II Trance』[*1]、 Eat Static 『Abduction』(Ultimate)[*2]、Juno Reactor 『Transmissions』(Mute)[*3]……この辺りと考えるところから、本稿を始めてみよう。

Various 『Project II Trance』(Dragonfly Records) [*1]

 初期The Orbの参加メンバーでもあり、Killing JokeのベーシストだったYouthは、90年前後にインドを訪れ、おりしも隆盛を極めていたゴアのビーチにおけるアシッド・パーティに感化される。その後ロンドンに帰国したYouthは、System 7やDrum Clubなどのリリース元だったButterfly Recordsのサブレーベルとして、世界で最初のゴア系サウンド専門の新興レーベルを創設。それが(先述した)Dragonfly Recordsだ。Youth自身のユニット Blacksunを筆頭に、Total Eclipse、(のちにTIP Recordsを設立する Raja Ram辛いる)The Infinity Project、(Juno ReactorのコラボレイターでもあるPaul Jacsonこと)Genetic、(これまた後にJuno Reactorのドラマーとしても活躍するJohann Bleyこと)Mandra Goraといった面々が設立当時の主要メンバー。そして彼らの多くもまた、80年代終盤~90年前後のゴア訪問&パーティ体験を切っ掛けに、バーティ主催やトラック制作に乗り出した者たちばかり。いかに当時のゴア・コネクションが緊密かつ重要だったかを窺わせるラインナップだ。

Eat Static 『Abduction』(Ultimate)[*2]

 しかして93年の時点で、この「ゴア・トランス」なる呼称が確立していたかというと、どうやらそうでもなさそうだ。事実、先に挙げたアルバムの担い手を思い返してみても、Eat Staticはゴア・コネクションよりもむしろ(英国国内の)クラスティ~90sヒッピー~ニューエイジ・トラヴェラーのシーンから派生してきたユニットだし、Juno Reactorの1stアルバムも、どちらかというと、ゴアよりもボディビートやアシッド・テクノの影響を色濃く残した音作り(事実Juno Reactorのリーダー格にあたるBen Watkinsは「ゴアには一度も行ったことないし、今後行きたいとも思わない」と語っていることは、あまりにも有名)。しかし、彼らが制作したトラックのエスノ感覚やトライバル風味は、まさに初期ゴアのサウンドとテイストを共有するものであり、さらには多くのゴア系DJが彼らの曲を支持し、往時のフロアでかけていたこともまた確かなことだった。

Juno Reactor 『Transmissions』(Mute)[*3]

 さらにもう1作、同年リリースされたBlissed『Rite of Passage』(POD)[*4]は、かのスズキ・ツヨシがNick Taylor等と組んだグループの作で、後のPranaの先駆的ユニットにあたる。ツヨシもまたインド旅行→ゴアの洗礼を受け、ロンドンで本格的なDJ活動を始めたように、90年代初頭のゴア体験が世界中に飛び火し、それがアルバム単位にまで結実していったのが、この93年だったのである。

Blissed『Rite of Passage』(POD)[*4]

●1994年:世界各地に飛び火するシーン

 翌94年もまだまだ黎明期の延長線上とはいえ、『Order Odonata 1』(Dragonfly・英)、『Digital Alchemy (Concept In Dance) 』(Concept In Dance • 英)[*5] 、『Distance To Goa 1』(Distance • 仏)[*6](←*こちらのリリースは1995年だったので訂正)、『Trust In Trance 1』(Outmosphere/Phonokol・イスラエル)[*7]、『Psy-Harmonics volume one』(Psy-Harmonics・豪)[*8]といった具合に、複数国の様々なレーベルから、ゴア系コンピレーションの第1集が次々リリースされたことから鑑みても、シーンに加速的な勢いがついてきたことは容易に想像できる。

 これら黎明期のコンピやレーベルのいくつかに解説を付記しよう。『Concept In Dance』は(バレアリック・ビーツの仕掛人としても知られる)人気DJ、Paul Oakenfoldが監修したコンピで、参加アーティストはMan With No Name、Voodoo People、Ayahuascaといった、メロディアスかっアップリフティングな初期ゴアのムードを象徴する面子の秀作がコンパイルされており、さらにジャケット中面にはOakey自身の筆による「俺とゴアの出会い」みたいな一文まで掲載されている。

『Digital Alchemy (Concept In Dance) 』(Concept In Dance • 英)[*5]

 『Trust In Trance』は、後年Astral Projection を名乗るAvi Nissim、Lior Perlmutteらを中心としたイスラエリ・トランス一派の所属レーベルにあたり、Aban Don、SFXなど複数の名義がクレジットされているが、ほとんどは後のAstral Projectionの変名ユニットと考えても差し支えない。

『Trust In Trance 1』(Outmosphere/Phonokol・イスラエル)[*7]

 またメルボルン在住のOlly OIsenが主宰するPsy-Harmonicsも、Third EyeやZen Paradox、Mystic Force にLumukandaといった〝奇っ怪〟系エレクトロ・レーベルとして、そもそもスタートしたはずだったのが……ほどなくゴア人脈の洗礼を受け、オージー・トランスという(後世のスオミ・トランス=フィンランド発祥のトランスと並んで)、ゴア&サイケデリック・トランスの中でも最も異端的、かつフリーキーなサウンドを確立させていく。

『Psy-Harmonics volume one』(Psy-Harmonics・豪)[*8]

●1995年:人気アーティスト&レーベルの擡頭

これが95年頃に入るやいなや、シングル・リリース→コンピ収録といった定石以外に、フル・アルバムを1枚分出せるだけのキャリアと力量を兼ね備えたゴア系アーティストが次々と頭角を現わしてくる。

ざっと目につくタイトルだけ挙げてみても、The Infinity Project『Feeling Weird』(TIP)[*9]、 Total Eclipse『Delta Aquarid』(Blue Room)[*10]、Transwave『Hypnorhythm』(Step 2 House)、Hallucinogen『Twisted』(Dragonfly)[*11]、Koxbox『Forever After』(Harthouse)[*12]、Electric Universe『One Love』(Spirit Zone)……等々。先に挙げたアーティストの多くは、今なお活動を続けている、いわばベテラン&大御所系に相当する面子だが、そんな彼らが軒並み1stアルバムをリリースしたのが、この95年だった。

The Infinity Project『Feeling Weird』(TIP)[*9]
Total Eclipse『Delta Aquarid』(Blue Room)[*10]
Hallucinogen『Twisted』(Dragonfly)[*11]
Koxbox『Forever After』(Harthouse)[*12]

 と同時に(Dragonflyに追いつけ追い越せとばかり?)、TIP (『Yellow Compilation』) 、Blue Room Released (『Outside The Reactor』) 、Flying Rhino (『The Boyd in the Void』) 、Spirit Zone(『Global Psychedelic Trance 1』)といった、いわゆるゴア系の老舗レーベルが続々設立されていったのも、ほぼこの辺り。とはいえ上記レーベルのうち、ハンブルグのSpirit Zone以外はおしなべて、イギリスのロンドンに拠点を置いており、人材的にも作品的にも、まだまだこの段階では層もさほど厚くなく、(内容的にもDragonflyから暖簾分けさいたような趣もあり)個々のレーベルカラーが明確に打ち出されるまでには、まだしばらく時間を要した。

 逆にいえば後年、個々のレーベルカラーが明確化され、今日的でこそサイケデリック・トランスの範疇内で、ミニマル~ブレイクビーツ~プログレッシヴ~フリースタイル等々のサブジャンルを定着させた名門レーベルも、そもそもの興りは(コテコテ&イケイケな)ゴア・トランスのヴァリエーションから出発したことを思い出してほしいのだ。

●1996年:オーヴァーグラウンド化するゴア・トランス

 90年前後、ゴアのビーチで火種が生まれ、瞬く間に世界各地へと飛び火していったゴア・トランスの炎が、一挙にオーヴァーグラウンドにまで演出したのが、この96年。第1次ゴア・トランス・ブームといっても過言ではなかった。

 相も変わらずロンドン主体とはいえ、Matsuri Production (『Infinity Hz』)、 Phantasm (『Fill Your Head With Phantasm』) 、 Transient (『A Taste Of Transient 1』)といった具合に、新興しーベルも次々と旅揚げ。とくにMatsuriは日本人アーティスト、鈴木ツヨシが主宰ということで、おりしもケン・イシイや石野車球といった邦人テクノ・スターの海外進出とあいまって、日本のメディアからも注目を集めた。

 アーティスト・アルバムの名盤も続々リリースされた。さっと挙げてみても、Man With No Nameの(選すぎた)1stアルバム『Moment Of Truth』(Concept In Dance) [*13]、Doof 『Let's Turn On』(TIP)[*14]、Space Tribe 『Sonic Mandala』(Spirit Zone)等々……この辺りのトラックは、いわゆるゴア・トランスの必要十分条件を満たした〝王道系〟サウンドのお手本的トラックだらけ。

Man With No Name『Moment Of Truth』(Concept In Dance) [*13]
Doof 『Let's Turn On』(TIP)[*14]

 さらにゴア系サウンドを語るうえでかすことのできない、イスラエリ・トランスの流れでいっても96年は、Chakra And Edi Mis『The Promised Land』(Krembo)やMFG『The Prophecy』(Phonokol)などが発表された年だったが……それらを差し置いてもこの年を代表するグループとして、Astral Projectionの名を外すわけにはいかない。彼らのレーベル Trust In Tranceの第3集コンピ『Trust In Trance 3』は英TIP、仏Distanceから、Astral Projection名義のアルバム『Trust In Trance』[*15]としてライセンスされ、これが大ヒット。さらに同年リリースされたリミックス集『The Astral Files』も英Transientからライセンスされるなど、本国イスラエルに留まらぬ Astral Projectionの世界進出は、ここからスタートしたのだった。

Astral Projection『Trust In Trance』(Distance)[*15]

 そんな投配で、いわばイスラエリ&ゴア系全盛の96年に、かのJuno Reactorが発表したアルバム『Beyond The Infinite』(Blue Room)[*16]はどうだったろう? シャープなトライバル・バーカッションに泣きメロ、ロック・テイストのダークなギターやベースライン、そしてサンプリング・ボイス……と、前作と比べても格段にド派手な曲が目を引く。まさに〝一歩先ゆく〟サイケデリック・トランスを、Junoはこの時期に提示していたのだった。

Juno Reactor『Beyond The Infinite』(Blue Room)[*16]


●1997年:サイケデリック・トランス化の予兆

 イスラエルから世界へ……見事な進出を果たしたAstral Projectionは97年、次のフル・アルバム『Dancing Galaxy』(Phonokol)[*17]をリリース。一説によればこのアルバム、〝世界中で一番売れた〟ゴア・トランスのアルバムと称される程のビッグ・セールスを収める。しかしグループ内部は(メンバーの脱退などで)揺れ動き、結果としてこれが彼らの音楽的ビークでもあったような感もしないでもない。

Astral Projection『Dancing Galaxy』(Phonokol)[*17]

 ゴア系アーティストのリリース・ラッシュも相変わらずだったが、その一方、ほぼこの頃から、いわゆる(洗義の)ゴア・トランスという時称ではりきれない、より遊しく、細かく、複雑なサウンド・メイキングへと進化したサイケ系トラックが、あちこちのフロアで鳴らされるようになっていく。

 例えばこの年、TIPからリリースされた『3D』[*18]あるいはBlue Room Releasedの『Made On Earth』あたりの収録曲を、各々の創成期のレーベル・コンピと聴き較べてみてほしい。明らかに違った印象を抱かれることだろう。具体的に明確な線引きをほどこすのは難しいが(先に「〝ゴア〟か〝サイ・トランス〟か?」みたいな説明をほどこしたように)いわゆる〝オールドスクール系ゴア〟と〝ニュースクール系サイ・トランス〟の分水嶺は、ほぼこの前後から浮上してくるのだ。そういえばツヨシが「(もはや)俺のかける曲はゴア・トランスじゃなくて、サイケデリック・トランスなんだ!」みたいな発言をしだしたのも、21-3 Recordsのようなブレイクビーツ・トランスが台頭してきたのも、ほぼこの時期。シーンの先端では「ゴア」という言葉が醸し出す様式性や先入観が、やや疎ましくなってきた時期とも言い換えられよう。

Various『3D』(TIP)[*18]

 さらに個々のアーティストの作風に目を向けても、この年リリースされたHallucinogenの2ndアルバム『The Lone Deranger』(Twisted)[*19]、あるいはJuno Reactor『Bible Of Dreams』(Blue Room)[*20]を、彼らのデビュー盤(『Twisted』や『Transmissions』)と聞き比べてみた場合……もちろん基本姿勢には一貫した個性が認められるとしても……洗練度を増したサウンド・メイキング、より緻密で複雑なサイケデリック・サウンドを模索していく態度などが、これらの新作からは窺える。

Hallucinogen『The Lone Deranger』(Twisted)[*19]


Juno Reactor『Bible Of Dreams』(Blue Room)[*20]

 わずか創成期から5年程で、ゴア・トランスはかくも多様化&複雑化の様相を示していくのだった。【以下、後編(1998〜2002)に続く】



*関連記事①:(当該記事で紹介したゴア・トランスにも関連の深い)書籍や雑誌、特集ムックから振り返る「90sレイヴ・カルチャー関連ブックガイド」は、コチラ!(▼)

*関連記事②:90年代のトランス・パーティ・カルチャーを平成後期から振り返った「更新期の〝オルタナ〟/ あるいは / 『オルタカルチャー』を憶えてますか?」が収録された個人誌《SZ-Booklet_04 *Shigeki-ZINE [2024]──「昭和の終わり」とオルタ・カルチャーの時代》の内容紹介は、コチラ!(▼)


いいなと思ったら応援しよう!