感動は設計できるのか?③それは「文化」へと変わっていった
ここまで、感動には構造があり、
それは再現しやすい形に近づけることができる可能性について書いてきた。
ただし、ここで誤解してほしくないことがある。
私たちが設計しようとしていたのは、
感動そのものではない。
向き合っていたのは、あくまで
目の前の患者が抱えている不安だった。
手術前の緊張。
手術中の孤独。
結果が出るまでの不安。
それらをどう取り除くか。
その一点に集中した結果として、
安心や喜びが生まれ、
あとから振り返ると、それが「感動」と呼ばれていた。
■ 設計が、現場に与えた変化
不安を取り除くための構造を定義し、
役割やタイミング、意図を共有していく中で、
現場には少しずつ変化が起きていった。
・自分の仕事を「作業」としてではなく、「体験」として捉えるようになる
・役割の外側まで視野を広げるようになる
・目の前の患者の状態を意識して動くようになる
設計されたのはルールではなく、
見ているものの揃え方だったのかもしれない。
■ 「幸せ配達人」という言葉
この取り組みを象徴する言葉があった。
当時の常務取締役が、社員向けブログで繰り返し発信していた言葉。
「幸せ配達人」
この言葉は、単なるスローガンではなかった。
看護師、検査員、受付といった役割の違いを超えて、
自分たちは何を提供しているのかを問い直すための“言葉”だった。
医療行為そのものではなく、
視力という結果だけでもない。
私たちが向き合っているのは、
その先にある不安の解消と、その結果としての変化だった。
■ 共有された体験が、行動を支えていた
そして、もうひとつ大きな要因があった。
適応外のケースを除き、
スタッフの多くが自らも視力矯正手術を受けていたことだ。
患者として同じ体験をしているからこそ、
手術前の緊張や、手術中の不安、
結果が出るまでの感覚を、自分ごととして理解できていた。
だからこそ、
「どの瞬間に不安が強くなるか」
「どうすれば安心できるか」
を、頭で考えるのではなく、
感覚として捉えることができていたのだと思う。
「幸せ配達人」という言葉は、
この共通体験の上に乗ることで、
初めて現場で意味を持ち始めた。
■ 言葉と構造が、文化に変わる
もちろん、言葉だけで現場が変わるわけではない。
配置や役割の設計、日々の実践とあわせて、
繰り返し使われることで、
この言葉は少しずつ意味を持ち始めた。
その結果として、
行動にも変化が現れていく。
・自分の役割の中で、何が不安を減らせるかを考えるようになる
・「ここは自分の仕事ではない」という線引きが薄くなる
・患者の反応に対して、自然に関わろうとする
設計された構造の上に、
現場の判断が重なり始める。
■ 体験が、文化になるとき
そして、もうひとつ象徴的な変化があった。
患者としてこの体験を受けた人が、
今度は働く側としてこの場所を選ぶようになったのだ。
もちろん、これがすべてを説明するわけではない。
それでも少なくとも、
この体験に価値を感じ、共鳴した人がいたことは確かだった。
サービスを受けた人が、提供する側に回る。
それは、単なる満足だけでは起きにくい。
体験の中で感じた価値が、言葉として共有され、
行動として再現されるようになったとき、
それは文化に近づいていく。
■ 感動は、どこまで設計できるのか
ここまでの話をまとめると、こうなる。
感動そのものを設計することはできない。
だが、
・不安が取り除かれる構造
・感情が動く瞬間への関わり
・それを支える言葉と役割
これらは、設計し、共有することができる。
そして、その積み重ねの上に、
結果として感動が立ち現れる。
感動は、偶然ではない。
だが、それを直接作ろうとした瞬間に、
どこかで歪むものでもある。
だからこそ設計すべきなのは、
感動そのものではなく、その手前にある体験の構造なのだと思う。
このシリーズでは、
顧客アンケートから始まり、
感動の構造と再現性、そして文化までを辿ってきた。
では、この体験の価値をさらに左右する「タイミング」――
いわゆる“間合い”は、設計できるのだろうか。
次は、この問いに進みたい。
