コンシャス・ヒップホップの先にあるもの──なぜ僕らは“Common”を追い続けるのか
1.「Be(intro)」がくれた衝撃
初めてCommonに触れたのは、Spotifyのランダム再生で何の気なしに流れてきた「Be(intro)」だった。
ジャズの香りがするイントロに、まるで優雅なラウンジへいざなわれる感覚。そこへ乗ってくるCommonのラップは鋭いけどどこか温かく、あくまでループの技工で壮大さを作り上げる。
“派手なサビ”を押し出さずにカッコよさを立ち上げるあのバランス感は、当時の僕にとって衝撃だった。
で、プロデューサーを見てみると「Kanye West(カニエ・ウェスト)」。
そうか、やっぱり有名な人が携わるとすごいんだな……なんて単純に思っていたら、そこには実はもっと奥深いドラマや人脈があることを、後々知ることになる。
2.「I Used to Love H.E.R.」──ヒップホップを叱咤する声
Commonはシカゴ出身のラッパー。デビュー当初は“Common Sense”名義で、「ジャズを取り入れた洗練されたラップをする若手」と注目されていたらしい。まだギャングスタ・ラップ全盛の90年代初頭に、家族観とか倫理観とか、わりと内省的なテーマで勝負していたのが彼らしいところだ。
特に94年の曲「I Used to Love H.E.R.」では、ヒップホップそのものを“彼女”に見立て、商業主義に染まっていくシーンを批判し、大きな衝撃を与えた。ギャングスタ・ラップ全盛の時代に、“ヒップホップって本当にそれでいいの?”と問いかけたわけだから波紋も大きい。
でも、この“ヒップホップを愛するがゆえに苦言を呈する”姿勢こそ、Commonの核だと思う。音楽を自分だけのものにせず、「みんなで良くしようよ」という意識が常にある。だからこそ、どんなタイミングでも社会的メッセージをしれっと盛り込んでくるんだろう。
これでCommonは一気に“インテリ系ラッパー”としての立ち位置を確立する。むやみに喧嘩腰ではなく、あくまで韻と比喩でヒップホップの本質を問い直す。
3.Soulquariansと実験の季節
やがてCommonは、いわゆる“ソウルクエリアンズ”の面々と意気投合する。The RootsのクエストラブやJ Dilla、Erykah Badu、D’Angeloらが集まる“才能のるつぼ”的コミュニティだ。
ここで生まれたのが、2000年の『Like Water for Chocolate』。J Dillaが作り出す温かいビートに、Commonの包容力あるラップが乗り、ネオソウル色も強め。先述の“ジャズ薫る”雰囲気にもつながる要素が、もうこの時点でガッツリ仕込まれていたわけだ。
エリカ・バドゥとはプライベートでも親密だった時期があるらしく、バドゥがCommonを“ヒッピー”に変えたという噂もあれば、逆にCommonがバドゥの実験意欲を刺激したという話もある。恋愛と音楽の境目が曖昧なところこそ、ソウルクエリアンズの熱量がすごかった証なんだろう。
4.実験と回帰──Kanye Westとの“第二の黄金期”
ただ、一筋縄ではいかないのがCommonのキャリア。『Like Water for Chocolate』で評価を高めたあと、2002年の『Electric Circus』という実験作ではロックやエレクトロまで取り込み、ファンをかなり戸惑わせた。プリンスをゲストに呼ぶなど、今見ると相当ゴージャスな仕掛けだけど、当時は評価が分かれたのも事実。
ところが2005年、シカゴの後輩ラッパー兼プロデューサーだったカニエ・ウェストがほぼ全面プロデュースした『Be』で一気に流れを変える。これは僕が最初に触れた「Be(intro)」を含むアルバムで、“スッキリとソウルフル”な路線に立ち返った印象。
ロサンゼルスやニューヨークだけじゃなく、シカゴ産ヒップホップもアツいんだぞ!というメッセージを、高い音楽性で示したわけだ。
たとえば「The Corner」や「Go!」といったシングル曲では、都会的なメロウさとストリートの生々しさが同居していて、カニエ流のサンプリング技術とCommonの語り口が最高の化学反応を起こしている。
この作品は商業的にも成功し、グラミーにもノミネートされるなど“第二の黄金期”を築いた。2007年の『Finding Forever』でも同じタッグが続き、Commonとカニエはシカゴ出身ラッパー同士として、お互いの地位を押し上げ合うような絶妙な関係を築いたわけだ。
続く『Finding Forever』(2007年)でも同じくカニエが主要プロデュースを担当し、グラミー受賞やチャート1位を獲得。いわばCommonのキャリア第二の黄金期を築いたのが、この頃の“カニエ・ウェストとの強力タッグ”だ。お互いシカゴ出身だからこその絆もあるようで、当時のCommonはカニエのライブによく出没し、逆にカニエもCommonのMVでカメオ出演したりと、“師弟だけど同志”的な相乗効果を生んでいた。
5. 社会派リリシスト──“政治”と“音楽”の融合
Commonを語るとき、外せないのが“社会活動家”としての顔。初期からコンシャスなリリックを出していたけれど、近年は警察暴力や人種差別をテーマに、より直接的な訴えを行うことが増えた。
特に2014年以降の『Nobody’s Smiling』や『Black America Again』は、その傾向が顕著。アルバムアートからしてメッセージ性が強く、シカゴの銃暴力や全米の人種格差に鋭く踏み込む。映画『Selma』用に作ったジョン・レジェンドとの曲「Glory」ではアカデミー賞歌曲賞まで受賞。授賞式でのパフォーマンスは鳥肌モノだし、そこで堂々と社会正義を歌い上げる姿に「ラッパーってこんなにパブリックな場所でも力を発揮できるんだ」と感動した人も多いんじゃないか。
さらにホワイトハウスのイベントで詩の朗読を披露したり、刑務所改革を訴えるプロジェクトを立ち上げたり――Commonという人は、音楽を“社会を変えるための武器”にもしている。時には批判も受けるけど、それでもヒップホップ本来の“声なき者の声”を代弁する精神を持ち続けている。
6.“永遠に続く場所”を見つけた男
Commonがかつてアルバムタイトルに掲げた言葉に「Finding Forever」とか「Let Love」とかがあるけど、そこには“音楽を一生の居場所にする”っていう強い意志が見える。
最初はシカゴの地元ラッパーとして静かに注目されて、やがてSoulquariansでネオソウル界隈を盛り上げ、カニエ・ウェストと組んでメインストリームでも成功を収め、今は社会正義を歌う先輩格として新世代をリードする。何このキャリアの柔軟性。そしてすべてのフェーズに“常にコンシャスである”って軸が通ってるのがすごい。
僕らがCommonを聴く理由は、単に「ビートがカッコいいから」だけじゃない。どの時代のCommonにも、ヒップホップ本来の精神――つまり“現実を見つめ、自分の言葉で語る”という姿勢が感じられる。
俳優や社会活動家として世に出ても、ラッパーとしてのルーツをまったく捨てない。そこに惹かれるんだろう。
7.音楽を“愛”と“意志”で繋ぐ人
もしCommonをまだちゃんと聴いていないなら、『Be』や『Like Water for Chocolate』あたりから入るのがおすすめ。ジャズやソウルの薫りを感じつつ、ラップの言葉がストレートに入ってくる感覚を味わえるはずだ。
もちろん、よりメッセージ色の強い『Black America Again』なんかに挑戦すれば、彼がいかに社会を変えようと本気で動いているかがビシビシ伝わってくる。そういう“思いの強さ”が音楽を通じてストレートに届くのは、まさにヒップホップが本来持つ力の証明だと思う。
僕が最初に「Be(intro)」を聴いたとき味わった衝撃は、今でも変わらない。Commonが発する言葉には、いつだって“愛”と“意志”が感じられる。何度ループしても少しも飽きず、むしろ聴くたびに「ああ、これがCommonという人の本質なんだろうな」と、じんわり染みてくる。
カニエ・ウェストでもJ Dillaでもクエストラブでもいい、彼を支えてきた周囲の才能もすごいけれど、最終的にCommon自身が持っている“ヒップホップへの愛”がいちばん大事なんじゃないか。そんな気がする。
だからこそ、これからもCommonは僕らに語りかけ続ける――「音楽で世界を変えることができる」と信じる、その姿勢を胸に。
