【創作大賞:ホラー】短編集⑧「ツカマエタ」
あらすじ
とある古い病院に当直のバイトをしに行った時の話。夜中に現れる子どもの幽霊の話を聞いたんです。しかしその幽霊がある時を境にぴたりと出なくなったらしいんです。
あの話ですか? あなたも好きですね、まあいいでしょう。こんな蒸し暑い夜には少し背筋の冷える、こんな話もちょうどいいかもしれませんしね。
あれは確か、とあるバイト先の病院での話です。バイト先、と言っても少し説明が要るかもしれませんね。医師は人によっては、常勤と言われる決まった就職先に加え、週一、二回は別の病院で当直だけをすることがあります。一晩当直をして、その分のお金をもらう。これを通称「バイト」と言います。
自分も例外ではなく、色々な病院に行った事があります。でも大体数回行くだけの関係なので、そこがどんな病院か、特に興味も持たずに終わることが多いんです。
でもあの病院だけは……どうしても忘れられないんですよ。
もう大分昔の話ですが、そこで体験した事は今思い出してもぞっとします。あの経験のせいで、今まで決して信じる事の無かったその「超常現象」も、あながち馬鹿にもできなくなってしまったものですから。
ええ、その病院には、何度か行きました。
当直室は狭く、電気もちかちかしていました。壁のシミからもだいぶ年季が入っていることがわかりました。小さいベッドに、14型のテレビ。それでも個室が充てがわれるだけまだまし、そう思っていました。その日も横になりながら、日々の激務を少しでも癒し、次の日の業務のため体力回復をしよう、そんな事を思っていた矢先のことです。
「●●先生、よろしいですか?」
21時も過ぎた頃でしょうか。突然の呼びかけに、はい、と返事をして、ドアをあけると、そこには40代半ばの女性が立っていました。
「先生、これ給料明細です。他の先生にも渡しておいてもらえますか」
どうやら女性は事務の人間だったようだ。自己紹介もなしに、面倒な仕事を押し付ける。おそらくこの病院のお局的な存在なのだろう。
その図々しい態度に、少し距離をおきながら、分かりました、そう返事をしてドアを閉めようとしたとき、女性はまだ話を続けるのです。
「センセー、大丈夫でした?」
何がですか? 純粋に私はそう答えました。すると女性は、何をいまさら、といった表情を浮かべながら、しわの混じった目尻を細くしたのです。
「センセ、まさか聞いた事無いんですか? この病院のウ・ワ・サ」
どうやら最初からその話をどうしてもしたかったらしい口調で女性は続けました。断る事が苦手は私は、いかにも嫌そうな顔をしながらも、その話につきあうはめになったのです。
まさかその話のせいで全く眠れない当直になるとも知らずに。
女性は聞いてもいないのに、次々と楽しそうに話を続けました。内容は大体こんな感じです。
足を骨折して3階に入院中の男性が、ある夜中、缶コーヒーを買いに6階の自動販売機へ向かったそうです。そこでコーヒーを買って、エレベーターで3階に戻ろうとすると、地下1階からエレベータが6階へ来たそうです。ドアが開いて、エレベータに乗り、男性は3階を押す。エレベータが次第に下がり、3階に来たのに止まらない。おかしいな? と思いながらもエレベータはそのまま下へ、ついに地下1階へ着いたのです。ボタンの押し忘れか何かかな? そう思って地下1階にある施設の説明を見ると、そこにはこんな言葉が書いてあったのです。
「霊安室」
こんな夜中に誰が? まもなくエレベータのドアが開くと、暗い廊下がずっと続いていて、奥がぼんやりとしていたそうです。男性は急いで閉まるボタンを押しますが、全く反応がない。すると、どこかから子どもの笑い声が聞こえたそうです。
ハハハハ……
不思議に思っていると、何とぼんやりとした奥の方から、子どもがものすごい早さでこちらに向かって走ってくるのです。男性は急いで何度もエレベータのボタンを押しますが、全く反応がありません。その間にもすごい早さで子どもは近づいてきます。そして、次の瞬間、男性の下半身に子どもが飛びつくと、子どもはこう言ったそうです。
ツカマエタ……
男性は叫び声をあげると、その声で目が覚めたそうです。気づいたら、男性はベッドの上だったそうです。怖い夢を見た、そう言って、看護師さんにその話をしたそうです。
その後も似た経験をする人がいるみたいで、エレベータが勝手に地下1階にいったり、誰もいないはずなのに、地下1階では風を感じたり、子どもの影を見た、という人もいたみたいです。
——なんですよー、知らなかったですか? センセー、あらやっぱり話さなかった方が良かったですかぁ?——
そんな事をいいながら、事務の女性は去っていったのです。
……いや、ふざけるな。
私は思いました。というのも、ここ当直室は地下1階だったからです。しかも、人がほとんど来ない階なんです。私がその晩一睡も出来なかったのは言うまでもありません。
ただ、話はこれで終わりじゃないんです。この話には続きがあるんです。
その後も何回かその病院に行く事がありました。時間が経つとその病院の当直にも慣れて、次第にその噂も忘れかけていた頃のことです。その日も何かの用事があって、あの事務の女性が当直室のドアを叩きました。
「はい」
その後、私は何か事務的な話をしたような気がします。その間、手持ち無沙汰にあの話を思い出したのです。
「そう言えば最近出るんですか? 例のアレは」
すると女性は嬉しそうに答えたのです。
「センセー、それがですよ。最近全くでなくなったんです。やっぱりあれ、本当だったんですね」
何がですか? そう聞くと女性は嬉しそうに話を進めた。
「あれ? センセー、知らなかったんですか? 雑誌取材の話」
女性によるとそのとある事件をきっかけに、全くその子どもの幽霊は出なくなったそうです。そのきっかけというのが、何とも言えない、胸が熱くなる、いかにも出来すぎた話だったな、と感じたのを今でも覚えています。
その子どもの幽霊の噂があってから、ある日、とある雑誌社から取材の依頼が来たそうです。話だけでも聞かせて欲しいということで、名前や住所を推測出来る物を一切出さないという条件で、話だけは提供することになったそうです。
取材の来た男性は一頻り話を聞くと、ゆっくり、大きくその話にうなずいていたようです。そして、驚く事にどうか一晩泊まらせて欲しいと話したそうです。
患者でもない部外者を泊まらせる訳にはいかない、そう病院側も一旦は断ったのですが、どうしても、入院費も払うから、そう言って男性は引き下がらなかったそうです。最後は押しに負けた病院側が、地下1階の当直事務室の横にある、小さな待合室に泊まる事を許可したそうです。そこなら、何かあっても当直事務員が気づく事も出来るからです。
こうして男性は地下1階の真っ暗な中、一晩泊まることになったのです。
真夜中、何かの物音に当直事務員が気づいて、少しドアを開けたそうです。するとそこには驚愕の光景が広がっていたそうです。
ドアを開けた先には薄暗い廊下に男性が独りぽつん、と立っていたそうです。
何をしているんだろう?
そう思ってよーく見てみると、奥の方をじっと見つめていたそうです。段々、当直事務員は嫌な予感がしてきたそうです。何というか、寒気というか、第六感みたいなものがビンビン頭の奥の方を刺激してくるような、そんな感覚に捕われたそうです。次の瞬間、
ピコーン。
エレベータのドアが開いたそうです。しかし男性はそれに全く気づきません。それどころか、どこか奥の方一点を見つめ続けていたそうです。そしてしばらくすると両手に力を込め、震え始めたそうです。それから少しうつむくと、何やらぼそっと呟き始めたのです。
当直事務員はドアの隙間からかろうじてその声を聞き取ったようなのですが、それはこんな事を言っていたそうです。
「……っと会えたね。ここにいたんだね……」
そのまま、男性は立ち尽くすと、どうやら泣いているようにもみえたようです。そのままくるりと向きを変えた瞬間、当直事務員は驚いて、ドアを閉めたそうです。その後何事も無かったように、夜は明けたようです。翌日、男性は深々をお礼をし、病院を去ったそうです。
それからというもの、子どもの幽霊の話は一切聞かれなくなったそうです。丁度時期を一緒に地下1階に改装工事が入り、建物自体が大きく変わってしまったのもあるかもしれません。
ただ、その男性が一体何者だったのか? そもそも、その当直事務員の話がどこまで本当なのか、そしてそのおしゃべり女性事務がどれだけ脚色しているのか分からないこの話。でももし本当だとしたら、真実はどんなことがあったのでしょうか?
わたしはぼんやりとこんな話を想像してみたのです。
とある子どもが何らかの理由でこの世を去った。しかし、離婚もしくは蒸発、何らかの理由で父親はどこでどう亡くなったのかを知る事が出来なかった。ひょっとしたら亡くなった事すら最初は知らなかったのかもしれない。そんな時、この噂の話を聞いた。色々調べるとそれは自分の子どもかもしれないと思った。幽霊でもいい、一度でいいから自分の子に会いたい、そう思って男性は幽霊に会いに来た。父親と子どもは、幽霊という形で、通常ならなし得る事の出来ない「再会」を果たす事が出来た。
今考えてもあまりにも出来すぎた話ではありますが、私たちにとってはただの怯える存在の幽霊でも、父親にとってみれば亡くなった子どもと会えた、奇跡だったのかもしれません。
ツカマエタ……と飛びつく子どもの幽霊を、彼は抱きしめたのでしょうか。ただもう今となっては確認のしようもありませんが。
今は職場も変わり、あの病院へバイトに行く事もありません。でも夏になり、怪談話が聞かれるようになると思い出すんです、あの病院での噂話を。
(おわり)
創作大賞参加作品
①メトロポリタン・フォトスタジオ (5571文字:9~14分)
②サンクチュアリ (9276字:15~23分)
③だからオフ会はやめておいた方がいい (6235字:10-16分)
④トイレの上から誰かが覗いている (3835字:6-10分)
⑤廃墟の奥に消えた君 (2000字:3〜5分)
⑥私のそばにいつもいる (10,210文字:17~25分)
⑦直感の女 (2581文字:4~6分)
⑧ツカマエタ (3963文字:6~10分)
⑨知っている男 (1755文字:3~4分)
