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【創作大賞:ホラー】短編集②「サンクチュアリ」

あらすじ

 友人のミサと連絡が取れなくなった。「サンクチュアリを見つけた」というメッセージだけを残して。ちょうど人気ガールズバンド「ローデリア」のカリスマヴォーカル「白金あこ」が自殺した直後のことだった。ローデリアの熱狂的ファンでもあったミサの失踪が、あこの自殺と関連があると睨んだ主人公。ミサの足取りを追っていくうちにとある場所に辿り着く。

(9276字:15~23分)

イントロ

 揺れる車窓に頬杖をつきながら、ぼんやりと田園風景を眺める。持って来たキャリーバッグは20代そこらの女手一人には少し重たかったが、仕方がない。私が生きるために必要なものは全部入れて来たから。この後も生きる必要があれば、だけど。

 さっき来た車内販売のするめいかを、電車の揺れに合わせて噛んでみる。特に意味があるわけではなく、貧乏ゆすりと同じ感覚、リズムをとっているだけ。山と田んぼが交互に過ぎ去っていく風景、時々家が見える。あまりの同じパターンに、本当に進んでるのかな、なんて思ったりもする。

 車内に次の停車駅を告げるアナウンスが響いた。目的の駅まではまだ半分も来ていない。随分遠くまで来たはずなのに、まだまだあるんだな、そんなことをぼんやりと考えてみると、この電車は本当に黄泉の国へでも続いているんじゃないか、なんて思ったりする。

 ミサは本当にこんなところにいるんだろうか。

 ミサからメールが届いたのは2週間前のことだった。一ヶ月前に起きたあの一件以来、ミサは音信不通になり、ひょっとしたら自殺でもしてるかもしれない、と本気で思っていた。実際何人か自殺したファンはいる。ミサもガールズバンド「ローデリア」の熱狂的なファンだったから。私なんかよりもさらに輪をかけて。

 ローデリアのヴォーカル「白金あこ」が雪の中から死体で見つかったという事実は翌朝のニュースを全てかっさらった。自殺の原因は不明、過剰な活動と周囲からのプレッシャーに耐えられなかったのだろう、そんな報道が主だった。カリスマヴォーカルを失ったローデリアはそのまま無期限活動停止、さすがの私もしばらく立ち直れなかたけど、ミサはもっとひどかったと思う。

 いくつか送ったメールも返事がなく、諦めかけたある日、一通のメールが届いた。それが、あこの死亡推定時刻である深夜2時17分と一緒だったのは偶然だろうか。内容はシンプルだった。

「やっとサンクチュアリを見つけた」

 それ以降再び連絡は取れなくなった。

 私は思い切ってミサの家へ行った。ミサとはローデリアのファンクラブ繋がりだけの関係だったが、一度だけ彼女の家に行ったことがある。かすかな記憶を頼りに、普段乗らない電車を3つ乗り換え、地図アプリを駆使してミサのアパートへ向かった。

 ミサが借りていた部屋である202号室の前に立っても、やはり中で誰かが生活している様子はなかった。電気のメーターだけはかすかに動いているようだったが、冷蔵庫か何かかもしれない。私は以前ここでミサに案内された時のことを思い出していた。

「あたしね、しょっちゅう鍵とか忘れちゃうんよ」

 白に近い金髪の髪がサラリと揺れた。目は少し釣り上がり、唇は厚ぼったかった。そのままいたずらな笑みを浮かべながらしゃがみこむと、ミニスカートがひらりとしてパンツが見えそうになった。おもむろにドアの前にある鉢植えをどかすと、部屋の鍵が現れた。不用心だよ、と言っても、だいじょーぶだいじょーぶ、盗られるもんなんてないから! と目をハの字にさせて笑っていた。

 私はあの時のことを思い出し、ミサと同じようにドアの前にしゃがみこんだ。あの寂れた鉢植えは、まるで時が止まったかのようにそこにあった。私がゆっくりとその鉢植えを傾けると、あの時のように小さな鍵が現れた。私はそれを取り上げ、じっと見つめた。

 中からミサが変わり果てた姿で見つかるかもしれない。なぜ私が行く必要がある? 放っておけば、異臭かなんかで大家さんが気づいて合鍵で中に入って、きっと見つけてくれるだろうに。私は手のひらが汗でびっちょりになっているのに気づいた。

 もう後には引けない。私は鍵を差し込むと、ノブを回した。扉はまるでそれを待っていたかのように、中の空気に押されるように開いた。

 時間の経っている匂いがした。幸い何かが腐ったような匂いではなかった。

「ミサ、入るよ」

 空気に向かって私は声を張り上げた。

 部屋は相変わらず散らかっていたが、犯罪などのトラブルを思わせるものはなかった。トイレもバスルームも一応確認したが、人がいる気配はなかった。ふと散らばっているチラシに目がついた。よくみると、多くは旅行会社のパンフレットや、どこかの地域の観光案内などだった。その所々に赤丸のチェックがしてある。その赤丸がある場所、それは全て共通していて「八科(やしな)村」という言葉。そして一番下にあるA4サイズの観光案内、八科村というタイトルに大きく赤丸がしてあって、その横にこう書いてあった。

「サンクチュアリ」

 私はその殴り書きをじっと見つめた。そして確信した、ミサはここにいる、と。

 ローデリアの歌のフレーズにもある。

〜わたしたちのサンクチュアリ、やっとみつけたよ、ここに帰ろう、さあみんなで〜

 この歌はライブの最後にいつも歌う歌で、ライブが終わってもみんな心は一緒だよ、とのメッセージに、私を含めファンたちは必ず涙する。このサンクチュアリとされている場所が実在するとファンの中で話題になったことがある。それはリーダー兼ギターの凛子が生まれ育った町だとか、ローデリアが結成された春日部市だとか、色々都市伝説のように好き勝手な想像を膨らませていたが、どれも決定打には欠けていた。そもそも、わからないから面白い、そんな面もあった。

 だが事態は変わった。あこはもうこの世にいない、そしてバンドもある意味死んでしまった。ミサのような熱狂的なファンはいよいよこのサンクチュアリを本気で探し始めたのだ。後を追って死ぬくらいなら、死ぬ気でサンクチュアリを探してからにしよう、そう思ったのかもしれない。そしてどういう経緯かはわからないが、ミサはこの八科村がサンクチュアリだということを突き止めた。であれば次の行動は簡単、ここに向かっているはずだ。私はそこに書いてある通りに八科村へ向かうことにした。

目的地「八科村」

 口の中でくちゃくちゃになったするめいかを飲み込むと、ちょうど電車は終点に着いた。

 日も暮れかけているため、少し急がなければならない。調べた限りではこの駅でレンタカーを借りられるらしい。随分と田舎の駅だが、駅前はそれなりに賑わっていた。八科(やしな)村に行くためにはここから車でさらに2時間弱、山あいの道を抜ける必要がある。私は急いでレンタカーショップへ向かった。

「ここにサインお願いします」

 店員の中年男性は不気味なほど、声に生気がなかった。淡々と静かに説明する声が小さな店内に響く。自分以外にお客はいないようだ。置いてある車も2、3台で、失礼ながら商売は大丈夫か心配になった。

「保険、どうします?」

 ほら、事故にあった時の。と店員は付け足した。私がええと、と考えていると

「入った方がいいよ。何かあるから」

 声のトーンを変えずにそう答えた。
 何かあるといけないから、ではなく何かあるから、とはっきり言った。その目つきは決して冗談を含んでいる様子はなく、これから起きる何かを確信しているようにさえ見えた。

 結局少し割高にはなったが、一番高い保険に入ることにした。

 その後一通りの操作方法を聞き、私は出発することにした。

「あの、お客さん」

 窓を閉めようとした私は、突然の声に少し飛び上がった。

「はい?」
「どうか、お気をつけて」

 相変わらず生気の乏しい、気味の悪い目つきだったが、どうやら気遣ってくれているようだ。ただ逆にその気遣いが何とも言えない不安を駆り立てた。

 私はナビで八科村を入れ、案内開始をタップした。到着時間は18:30、なんとかぎりぎり日が落ちる前には間に合いそうだ。私は最後に見送ろうとしてくれている店員に「ありがとうございました」と言ってアクセルを踏み込もうとした。

 結局踏み込んで店を後にしたのだが、不思議な光景が目に焼き付いていた。店員の表情である。口をポカンと開け、まるで何か恐ろしいものでも見るようにこちらを見ていた。いやあれは私ではない、それにしては少し視線がズレていた。店員は明らかに私ではなく、何か別なものを見ていた。それを見て、まるで死ぬ間際のような恐れ慄く表情を浮かべていた気がする。元々何を考えているかわからない店員だったが、最後まで気味の悪い印象だった。

 しばらくは舗装された、比較的運転しやすい道が続いた。一時間ほど運転したが、山道も問題なく走行することができた。山道はおろか、運転すらそこまで慣れている方ではなかったので、その点は少し安心した。到着まであと30分か、と思った時だった。

(あれ? 通り過ぎたかな?)

 どうやら私は道を間違えたらしく、ナビがリルートを始めた。とはいってもここまでは一本道だった気がするが。私が車をUターンさせ、ゆっくり走行していたが、やはりあるところでリルートになる。どこかに狭い道でもあるのだろうか。もういちどUターンして、今度はさらにゆっくり走行した。幸いすれ違う車もなかった。

 するとある所でナビがいわゆる舗装されたメインの道路ではない小道を案内していることが分かった。そして普通に走行しては気づかないが、よく見ると、脇の林の中に小道があり、ナビはそちらを案内していたのだった。そしてその先のナビで表示される道路は今まで見たことがないほどくねくね、ギザギザとまるで蜘蛛の巣のように複雑に絡み合っていた。その先に目的地である八科村がある。

(運転しにくそうだな)

 ここまで来て引き返すわけにはいかない。私はその小道へハンドルを切った。

 道路が一気に舗装されていない土と砂利の感触へと変化した。道の幅も対向車が来たら慎重に譲り合わないとすれ違えないほど狭かった。林が深くなり、日が暮れたのも重なって、あたりはどんどん暗くなっていった。車のライトだけが頼りだった。慎重に、慎重に、ハンドル操作を間違えば谷底に落ちてしまいかねないその道を、ゆっくりと走行していった。到着予定時刻がみるみるうちに遅くなっていく、18時45分、19時、19時15分、運転速度が落ちたからだ。だがナビでは確実に目的地には近づいている、大丈夫だ、あと少し、あと少ししたらきっともっと走りやすい道に出る、だって村の人は毎回ここを通っているんだから。あるところで、光が見えた。谷から見下ろすと、どうやらぽつぽつと光が見えた。

(よかった)

 人間の明かりとはこんなにも頼りがいのあるものだろうか。あと少しで目的地に着く、私は再び木々に埋もれた崖の道をゆっくり走行していった。

 それは突然だった。

「あっ」

 じゃり、という音と共に、車ががくんと傾いた。そのまままるで重力が歪むように私の体は軽くなり、その後は、ガン、ガン、という音を聞いたのが最後、そのまま私の意識はどこか遠くに飛ばされた。

八科村の実態

「おい、姉ちゃん。だいじょぶかい?」

 誰かの声で目が覚めた。体を動かそうにも何かに挟まっているようで、手が抜け出せない。徐々に視界がはっきりしてくると、眩しいライトが目に入った。

(やめて……照らさないで、何も見えない)

 とは言え、ライトがずれると視界は真っ暗になった。

「生きてるかー?」

 その声に何とか「はい」と答えた。
 徐々に全身の痛みが襲ってきた。頭、肩、背中、そして足。やっと気づいた。私は崖から落ちたのだ。

「ちょっと待ってな、今そっち行くから」

 田舎のなまりのあるような声はだいぶ歳をとった男性の声だったが、今の状況からしたら、その声に頼るしかなかった。
 男性はよいしょ、っとなどといいながら、工具やその他の器具をつかって、車の窓を割り、私を引き出してくれた。

「だいじょぶかい? あんた、あそこから落ちてきたんだっぺ」

 そう言って、男性が頭上をライトで照らした。そこには今もぽろぽろと石が落ちていた。ちょっとした段差ではなく、ビル4、5階くらいの高さはあるように見えた。

「あそこから、落ちた……んですか」

 男性の顔は暗くてよく見えなかったが、大きく頷いたようだった。

「ああ、あそこは一番あぶねえとこでさ、今まで何度も直してくれって役所にも言ってるんだけどよ、なかんか直してくんねーんだ。だからあんたみたいな慣れてない若いもんが落ちんだよ、ほんっと生きててよがったな」

 本当にそう思った。あと一歩で自分は死んでいたと思う。私は服の汚れをはたくと、男性に質問した。

「ひょっとして、八科村の方ですか」
「んだよ。とりあえず、怪我してっかもしれんから、村いくっべよ。な」

 私はそれから男性の軽トラックの助手席に乗り、慣れたハンドルさばきに揺られながら、ものの数分で八科村に辿り着いた。そしてまず先生と言われる、おそらく医師のような人物の元に案内され、一通りの診察を受けた。そしてひとまずは大丈夫そうだが、内臓などを打っていて突然悪化するといけないから、一人にはならないように、と言われた。私がうつむきながら頷くと、

「ところであんた、泊まるとこあんのかね」

 と言われ、そう言えばと思っていると後ろから声がかかった。

「あれ? もしかして……」

 その聞き慣れた声に振り返ると、そこにはあの白に近い金髪が見えた。

「ミサ! 探したよ」
「なんでここにいるって分かったの? あ、ひょっとしてあたしんち勝手に入ったでしょ」

 そう言って目が笑顔で潰れてハの字になった。

「そりゃそうよ、あんなメール来たら死んでるんじゃないかって心配になるじゃん」

 ミサは今までのファッションである原色カラーを使った派手な服装ではなく、村に馴染んだ落ち着いた服装になっていた。いつもと違った雰囲気のミサだったが、それでも知っている人に会えて、私の心は一気に緊張がほぐれていった。

「今日泊まるとこあんの? もしなかったら、あたしがお邪魔しているうちに泊めてもらえないかお願いしてあげよっか」
「助かるかも。ごめんね、何から何まで」
「いいんだって。それより会わせたい人がいるんだけど」

 会わせたい人? それは知っている人なのだろうか。ミサは戸惑う私の顔を見て、くっくっくっとひきつったような笑い声を上げた。

「まだ近くにいるかな、こっちきて」

 ミサに手を引っ張られ、私は家の外に出た。落ち着いて見回してみると、村はいつの間にか人で賑わっており、ところどころ昔ながらの提灯の明かりで包まれていた。

(お祭りでもあるのかな)

 すれ違う人は若い人から老人まで様々、子どももいた。わたあめを頬張る少年とぶつかりそうになった。

「ちょっと、痛い。どこまで行くの」
「確か、この辺りに……あ、いた! 姉さん!」

 ミサが声をかけた先の人影がゆっくり振り返った。Tシャツにベージュのパンツといういわゆる普段着だったその女性は最初は誰だかわからなかった。しかし、数秒後、すぐに気づいた。気づいてから、私の全身の皮膚がぞわぞわっと言い、思わずミサにしがみついた。

「うそ、なんでこんなところに凛子が?」

 それはローデリアのリーダー兼ギターの凛子だった。

「あれ? ミサの知り合い? ひょっとしてまたここのこと教えちゃったの?」
「いんや、この子が勝手に来たんだって。人ん家勝手に入って……」

 私はミサの口を塞いだ。もう、何すんのよ、とミサが私の手を払った瞬間、私の視界に別の人影が目に入った。それをみて私の全身の力が抜けていった。

「嘘でしょ……」

 ミサがその人影を見てから、再び悪戯な笑みを浮かべて私に微笑んだ。

「さすがにこれは驚くよな、あたしも最初は夢かと思ったし」

 凛子の横に立っていたのは「白金あこ」だった。
 なんで、なんで……。それ以上の言葉が思い浮かばなかった。あこはミサに近寄ると声をかけた。

「ミサの知り合い? ひょっとしてファンの人?」

 あこはあこのまんまだった。栗毛色のショートカット、毛先が少しカールしている。ぱっちりした黒い瞳、柔らかな唇。小柄な体格ではあったが、立ち振る舞いにオーラがあった。そして何よりその透き通った声。あれほど憧れていた存在が今目の前にいる。
 呆然とする私を前にあこは申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「ごめんね、色々迷惑かけちゃって。どこから説明したらいいのか……」
「いいよ、あたしが説明する」

 そういってミサが説明を始めた。

 あこが飛び降り自殺を図ったのは本当だった。しかし発見されて病院に運ばれた後、打ちどころがよかったのと雪の中に埋もれていたのも幸いし、何とか一命を取り留めたのだった。しかしあこは消えたかった。この目の前のなにもかもから。運ばれたのが小さな病院で、ローデリア関係者の息のかかった施設であったため、あこは死んだと報道された。そしてそのまま隠れるようにこの村へ逃げ込んだ。ここは知る人ぞ知るローデリアファンの隠れ里であり、ごく一部の人間しか知らないまさにサンクチュアリだった。

「そんでね、今日やっとバレないようにドラムのユキナも合流して、全員揃ったの。だから今日が初ライブ! 村総勢でお祭り騒ぎ!」

 何が本当で何が嘘なのか。そんなことが果たして可能なのか? よくわからないが、これが嘘でもいい。あこに会えた、そしてもう二度と聞くことはできないと思っていたローデリアのライブが聴ける、こんな嬉しいことはない。ここまで苦労して来て本当によかった、心からそう思った。

 ライブは19時から始まった。客席にはいつものローデリアの熱狂的なファンが声を張り上げていた。遠くから村の人もその様子を眺めていた。

 20時45分には最後の曲、「サンクチュアリ」が始まった。悠久の時を思わせるようなゆったりとしたテンポに、神秘的なメロディが乗り、目を閉じると今までのいろいろな出来事が蘇って来そうな、そんな曲だった。そしてこれからも、ずっと私たちは一緒だよ、というメッセージで曲は終わった。

 泣いた。

 私はローデリアに命を救われてここまで来た。母親に邪魔者扱いされて来た幼少期も、義理の父親に性的虐待を受けた過去も、辛い時にはいつもそばにローデリアの曲があった。この曲に励まされてここまで生き延びて来た。今までも、そしてこれからも。涙で視界がぼやける、思わずひっく、という声が胸の奥から湧き上がって来た。

 そんな感傷を打ち破るように、後ろからどんどんと肩を叩くものがいた。

帰りますか?

 その叩かれ方は、まるで殴られたかと錯覚するほどだった。振り返ると二人の若い男性が立っていた。一人はひょろながで、もう一人は少しぽっちゃり。口元に大きなほくろがついていた。

「あなた、お帰りになる人ですか?」

 いきなりの有無を言わせぬ物言いに少し腹が立った。私が戸惑った様子を見せていると、ミサが助け舟を入れた。

「ああ、この村暗くなるとなかなか帰れないから、もし今日中に帰るならマイクロバスで一斉に村の外に送ってくれるんよ。ぎりぎり終電に間に合うくらいかな。これ逃すと数日は外に出られなくなるかも。あんまり外と行き来する村じゃないからさ。どうする?」

 どうする、のミサの表情に何か違和感を覚えた。それが何なのかわからない。だが、今もゆっくりながれるサンクチュアリのメロディが、私の命、私というものを悠久の時に乗せて、そのままどこかへ漂流していってしまいそうな、そんな感覚さえ覚えた。

 どうするか。帰ってもいいかもしれないが、ここもいい気がして来た。外界から離れ、大好きなアーティストがいて、何も考えずに気まま暮らし。ここにしばらく残ろっかな……そんなことを考えていると突然私の頬に衝撃が走った。
 何? と振り返ると、男の一人が私の頬を殴っていた。男の表情が豹変し、怒りに満ちた表情になっていた。そのまま逃げる間も無く、私はどん、と押し倒された。思わず地面に腰をついた。そのまま男性は私に馬乗りになると、私の胸を思いっきり一発殴った。胃の中のものが一気に口から飛び出しそうになった。

(何? 一体私が何をしたっていうの?)

 助けを求めるようにミサをみると、ミサは眉をひそめ、憐れむような、蔑むような目で私を見ていた。男を止めようとする様子はない。

(なんで助けてくれないの?)

 男の表情は重く、必死だった。

「もう帰ってこれないかもしれないんですよ、いいんですか?」

 私はしばらく考えてから、二度まばたきをした。それからゆっくりと頷いた。すると男はさっと私から離れると、一緒にいたぽっちゃり男と一緒に去っていった。ミサを見ると、嬉しそうな顔をしていた。

「さ、このあと打ち上げだよ。一緒に盛りあがろ」

 私は満面の笑みで頷いた。

エピローグ

「先生、心静止です」
「CPR開始! アドレナリン用意して」

 ピコーン、ピコーン、とモニターのアラームがけたたましく鳴り響いた。心電図はフラットと呼ばれる一直線、心臓が動きを止めたことを示していた。医師が心臓マッサージを始めた。

「2分経過、波形見るよ」

 心電図はフラットのままだった。

「アドレナリン1A、CPR再開して」

 はい、と言ってもう一人のぽっちゃりした医師が患者の胸を押し始めた。大きなほくろが口元についていた。どん、どんという音とともに横たわった女性患者が揺れた。汗だくになりながら心臓を押し続けたぽっちゃり男性にひょろながの医師が声をかけた。

「次の評価で心マ代わろうか」

 ぽっちゃり医師は無言で頷いた。
 そんなやりとりがしばらく続いたあるとき、看護師がつぶやいた。

「先生、30分経過しました」

 ひょろなが医師が胸を押すのをやめると、心電図は再び一直線を示した。女性患者が死亡したということを示していた。

「また、ダメだったか。しばらくは小康状態だったから、いけると思ったのに」

 ひょろなが医師は思わず床にへなへなと座り込んだ。ぽっちゃり医師も息をはあはあ言わせてから壁によりかかった。

「こんな若い女性が続けて事故で死ぬなんて、2週間前と全くおんなじじゃないですか。やっぱりあの都市伝説って……」
「おい、下手な憶測はやめろ。どうせあの『八科村』のことだろ」
「そうです。レンタカーの店員が見てるんですよ、この人がナビで『八科村』って入れてるところ」
「勘弁してくれよ、2週間前の女性も同じだって言うんだろ? なんで20年以上も前に無くなった村をカーナビで入れる人が続くんだよ。しかも二人とも行き止まりの道の突き当たりで転落して死んでるなんて」

 ぽっちゃりした医師は、数回大きく深呼吸をしてから、うつむくと、首を大きく横に振った。

「『八科村』って俺らが試しにナビに入れても、何も出ないんですよ。でも選ばれた人が入れると道がでるんだって。だからあの道は危ないから誰も入れないようにしてあるのに、なぜか入っていく人が絶えないんですよ、そして……」

 ひょろなが医師は大きく首を振った。

「もーいい。考えたくもない。もうこんなのはこりごりだ」

 そう言って、二人は集中治療室を後にした。
 亡くなった女性の表情は心なしか安らかなように見えた。

(おわり)

創作大賞参加作品

①メトロポリタン・フォトスタジオ   (5571文字:9~14分)
②サンクチュアリ           (9276字:15~23分)
だからオフ会はやめておいた方がいい   (6235字:10-16分)
トイレの上から誰かが覗いている    (3835字:6-10分)
廃墟の奥に消えた君          (2000字:3〜5分)
私のそばにいつもいる           (10,210文字:17~25分)
直感の女                (2581文字:4~6分)
⑧ツカマエタ             (3963文字:6~10分)
⑨知っている男            (1755文字:3~4分)


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