努力する人が報われる環境をつくりたい
私が仕事をする上で大切にしている価値観があります。
それは「努力する人が報われる環境をつくること」です。
人生全体を通して、私はずっとそういう社会であってほしいと思っています。
週7日のうち5日間、多くの人は仕事をしています。
人生の大半の時間を費やしているにもかかわらず、その努力が報われない社会は、あまり健全ではないと思うのです。
もちろん、努力すれば必ず成功するわけではありません。
それでも、「頑張ったことに意味があった」「もう一度挑戦してみよう」と思える環境はつくれるはずです。
だから私は、努力する人や挑戦する人が前を向ける社会をつくりたいと思っています。
なぜ経済産業省を目指したのか
こうした考えを持つようになった背景には、子どもの頃から抱いていた問題意識があります。
世の中には、「日本経済はもうだめだ」「将来、年金はもらえない」といった悲観的な声があふれています。
未来がどうなるかは、誰にも分かりません。しかし、人々がそろってネガティブな未来を予想し始めると、その予想に引っ張られるように社会もまたネガティブな方向へ進んでしまいます。
一方で、人々が前向きな期待を持ち、その実現に向けて努力を重ねれば、理想通りの未来になる保証はなくても、社会は少しずつ良い方向へ動いていくはずです。
私は、そんな「挑戦したくなる環境」を社会全体につくりたいと思い、経済産業省を志望しました。
世の中には個人の努力だけでは解決できない課題があります。
制度や仕組み、地域の環境によって、人が挑戦できる範囲や可能性は大きく左右されるからです。
どうせ働くなら、多くの人が前向きに挑戦できる環境をつくる側に回りたい。そんな思いがありました。
そして現在は、ベンチャーキャピタルやまちづくりの仕事を通じて、新しい挑戦をする人たちを応援しています。
起業家でも、新しい活動を始める人でも構いません。
挑戦した結果、失敗したら終わりではなく、そこから再び立ち上がり、次の挑戦へ進める。そんな環境や機会を少しでも増やしたいと思っています。
努力できるかどうかは環境で決まる
私が「努力そのもの」よりも「努力できる環境」を重視するようになったのは、子ども時代の経験があるからです。
当時、友人たちを見ていて感じることがありました。
夕方になると家に帰れば親がいる家庭もあれば、そうではない家庭もある。家に帰っても居場所がなく、外で時間を過ごすしかない子もいました。
実際に、そうした環境の中で非行に走ってしまう友人もいました。
母子家庭で生活が苦しかったり、塾に通う余裕がなかったりと、それぞれに事情がありました。
もちろん最終的には本人の選択です。
しかし、同じ年齢の子どもでも、置かれた環境によって選べる道は大きく変わります。
努力したくても、その機会すら与えられない人がいる。
私はその現実を何度も見てきました。
だからこそ、「努力しろ」と言うよりも、「努力できる環境をどうつくるか」の方が大切だと思っています。
学歴ではなく、その人を見てほしい
三重県庁で働いていた頃、忘れられない若者がいました。
彼は高校を卒業して県庁に入庁していましたが、仕事のセンスは圧倒的でした。
文章を書く力、物事を整理する力、デザインする力。
どれを取っても非常に優秀でした。
あるとき、キャッシュレス決済の普及に関する資料作成を任せたことがあります。
出来上がった資料は驚くほど完成度が高く、構成はロジカルで、デザインも洗練されていました。さらに素直さと吸収力も兼ね備えていました。
それにもかかわらず、世の中には能力を見る前に学歴を見る人がいます。
高卒か大卒か。その肩書きだけで評価してしまう人も少なくありません。
私はその姿勢に強い違和感を覚えます。
本来であれば、そんな仕組みの方が変わるべきです。
過去の肩書きのせいで、今もがいている努力が正当に報われない社会であってはいけない。
しかし、社会の構造はすぐには変わりません。
そこで私は彼に「君の努力が学歴のフィルターで制限されるのはもったいない。働きながら大学へ通ってみてはどうか」と勧めました。
彼は私の言葉を真っ直ぐに受け止め、働きながら自らの意志で大学へ進学するという、新たな努力を始めました。
学歴はあくまで、過去の一時点の結果です。
環境によって十分な機会を得られなかった人にも、才能を発揮できる場があってほしい。真っ直ぐに報われる社会を作りたい。彼との出会いは、その思いをさらに強くしてくれました。
挑戦する人に光が当たる社会へ
私が好きな曲に、中島みゆきさんの「ファイト!」があります。
世の中の理不尽さや生きづらさを描いた名曲です。
あの曲を聴くたびに思います。
挑戦する人。努力する人。もう一度立ち上がろうとする人。
そうした人たちに、もっと光が当たる社会であってほしい、と。
かつては、中卒だから、女性だから、子どもだから、地域のしがらみがあるからという理由で、努力するチャンスそのものが与えられない人が数多くいました。
現代ではそこまで極端なケースは減ったかもしれません。
しかし、私自身の子ども時代を振り返っても、環境に恵まれず、努力したくてもできない人は確かに存在していました。
だから私は、失敗したら終わりではなく、転んでもまた立ち上がれる社会をつくりたいと思っています。環境に恵まれなかった人にも再挑戦の機会があり、努力する人が前を向ける社会。
それこそが、私が仕事を通じて実現したいことであり、私自身の原点なのだと思います。
上松 真也

