小さな積み重ねは、環境すら変える
あなたは「ビーバー」と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。
おそらく多くの人にとっては、前歯の大きなずんぐりむっくりした動物というイメージかもしれません。あるいはロックバンドのSUPER BEAVERや、ジャスティン・ビーバーを思い浮かべる人もいるでしょう。
けれど私にとってビーバーは、少し特別な存在です。
なぜなら、私が昔から惹かれている「生態系(エコシステム)」という考え方を、最も象徴している存在だからです。
ビーバーは木をかじり、枝を運び、泥を積み上げます。
その行動自体はとても地味です。
しかし、その積み重ねによって川の流れが変わり、湿地が生まれ、魚や鳥や昆虫が集まり、一つの生態系が形成されていく。
私は昔から、この「一つの行動が周囲との関係性を生み、新しいエコシステムへと発展していく姿」に強く惹かれてきました。
だから私にとってビーバーは、単なる動物ではありません。
静かに環境を変え、生態系を育み、やがて多くの存在をつないでいく。まさに私が理想とする生き方の象徴なのです。

私とビーバーの数奇な出会い
私とビーバーの出会いは、幼稚園の頃にさかのぼります。
親が読んでくれた『ぼくのふね(福音館書店)』という絵本がきっかけでした。
特別に勧められたわけでもないのに、なぜかビーバーという存在だけが心に残り続けていました。
それから何年も経ち、大学受験やTOEFLの勉強をしていた頃のことです。
TOEFL iBTでは、生物学や地理学、歴史学など、さまざまな学術的トピックが出題されます。その中で、不思議なほどビーバーが登場しました。
そして驚いたことに、ビーバーが題材の文章になると内容が自然と頭に入ってくるのです。生物学の専門家でもない私が、文章の流れや設問の意図まで感覚的に理解できる。
そのとき気づきました。
人は「知っていること」以上に、「関心を持っていること」を深く理解できるのだということです。
幼い頃の「なんとなく好き」が、何年もの時間を経て理解力という形で現れた瞬間でした。
同時に、絵本や読書の価値も改めて感じました。
読んだ直後には役に立たないかもしれない。
けれど、いつか思いもよらない形で自分を助けてくれる。
知識とは、そんな時間差を持った資産なのだと思います。
ビーバーは「生態系」をつくる
私がビーバーに惹かれる理由は、その生態そのものにあります。
ビーバーは川にダムを築きます。
すると水の流れが緩やかになり、周囲に湿地が生まれます。
その湿地には魚が集まり、鳥が集まり、昆虫が集まり、植物が育つ。
そして、それぞれの生き物が互いに影響し合いながら、一つの豊かな生態系(エコシステム)が形成されていきます。
私が面白いと感じるのは、ビーバーがすべてを支配しているわけではないことです。ビーバーはただ、自分の暮らしのためにダムをつくっているだけです。けれど結果として、多くの生き物が集まり、新しい関係性が生まれ、豊かなエコシステムが形成される。
だからビーバーは「キーストーン種」と呼ばれることがあります。
生態系の中で特に大きな影響力を持ち、その存在が失われると環境そのものが大きく変わってしまう生物です。さらに近年では、ビーバーのダムが天然の水管理システムとしても注目されています。
洪水を和らげ、乾燥時には水を蓄え、環境再生にも役立つことが分かってきています。けれど、ビーバー自身はそんな大きなことを考えているわけではありません。
木をかじる。枝を運ぶ。泥を積む。
やっていることは驚くほど地道です。
それでも、その小さな積み重ねが環境を変え、生態系を生み出し、多くの生命を支える土台になっていく。
私はそこに、大きな可能性を感じるのです。

野生のビーバーを探して
やがて私の中で、「文字や絵ではなく、生きている本物のビーバーに会いたい」という思いがどうしても抑えきれなくなり、アメリカのイエローストーン国立公園へと足を運びました。
目指すは、その名も「ビーバートレイル」。
足を踏み入れると、かつて試験勉強で頭に詰め込んだ知識が、まるで道標のように役立ち始めました。
鋭く噛み削られた木の幹、そして水辺に築き上げられた立派なダム。
無機質な情報でしかなかった彼らの生態が、確かな生きた痕跡として目の前に現れるたび、「本当にここにいるんだ」と息を呑み、彼らの息遣いに徐々に近づいていくような高揚感に包まれました。
しかし、どれだけ探しても肝心の主の姿はなかなか見つかりません。広大な大自然を前に「やはり、もう見つからないかもしれない」と諦めが頭をよぎった、その時です。
祈るような気持ちで覗き込んだ双眼鏡のレンズの奥。
遠くの視界の中に、小さな、けれど紛れもない本物のビーバーの姿をはっきりと捉えることができました。
その瞬間、胸が大きく高鳴り、熱い感動がこみ上げてきました。
幼い頃に絵本で出会い、その後は試験問題の題材として、生態の知識ばかりが詳しくなっていた私。
本や試験問題のなかで見聞きしただけの情報が、雄大な自然の中で息づく命へと変わったのです。
「これまでの読書や試験勉強は、この瞬間に立ち会うためのものだったのかもしれない」。
ひょんな形でかつての努力が報われたような、ばらばらだった点と点が、確かな一本の線へと鮮やかに繋がった、忘れられない奇跡のような感覚でした。

私がビーバーに憧れる本当の理由
私は昔から、「生態系」や「エコシステム」という考え方に惹かれてきました。
一人の力で何かを成し遂げることも素晴らしい。
けれど私がより魅力を感じるのは、人や知識や機会がつながり合いながら、新しい価値が生まれていく瞬間です。
ビーバーは、その象徴のような存在です。
ビーバーがダムをつくる。すると水の流れが変わり、魚が集まる。魚を求めて鳥が集まり、植物が育ち、昆虫が増え、さらに別の生き物がやってくる。
誰かが全体を設計したわけではありません。
けれど、一つの小さな行動をきっかけに、多様な存在が関わり合いながら豊かな生態系が育っていく。
その姿に私は強く惹かれます。
ビーバーは主役というより、「きっかけをつくる存在」です。
自らが中心に立つのではなく、多くの生命や可能性をつなぐハブとなる。その在り方こそが、私がビーバーに憧れる理由なのです。

おわりに
ビーバーは特別な才能で世界を変えているわけではありません。
木をかじる。枝を運ぶ。泥を積む。
そんな小さな積み重ねが、やがて川の流れを変え、生態系を育み、多くの生命を支える環境を生み出していきます。
私たちの人生も、きっと同じです。
今日読んだ一冊の本。
誰かとの何気ない出会い。
毎日の小さな挑戦。
その瞬間には何も変わっていないように見えても、振り返ればそれらが自分の人生を形づくり、ときには周囲の人や環境にも影響を与えていることがあります。
派手に世界を変える必要はありません。
目の前の小さな行動を積み重ね、その結果として人や知識や機会がつながり、新たな価値が生まれていく。
そんな豊かなエコシステムを育む生き方に、私は美しさを感じています。
上松 真也
