60代のリアル|第2幕、第16話【実録・無謀な事務仕事】白紙になった予定。積み重ねた準備が一瞬で無に帰した日
前回までのあらすじ
届いたプロトタイプに示されていたのは、「取引先コードを入力させれば自動消込できる」という現場無視の設計でした。
漢字表記とカタカナ名義の食い違いや、
「納品ベース」の請求と「検品ベース」の入金のズレといった実務の複雑さは完全に置き去り。
誤督促のリスクと胃の痛むような手作業に追われる現場を無視した「机上の空論」に、強い呆れと怒りを禁じえませんでした。
一方、残業を重ねて「業務が楽になる」と信じて検証に食らいついていた正社員たちの疲弊もピークに達していました。
相次ぐ設計ミスと要件の抜け落ちにより、経営陣が掲げたリリース目標は「2027年夏」から「2028年夏」へと丸1年も大幅延期に。
「あと1年で本当に立て直せるのか」という深い不安と不信感が渦巻く中、プロジェクトは迷走の泥沼へとハマり込んでいったのです。
白紙になった予定——7月21日(火)からの虚無
7月17日(金)夕方
静まり返った密室に集められた私たちを前に、課長は深く頭を下げんばかりの様子で、丁寧な言葉を絞り出しました。
「皆さん、本当に申し訳ありません。これまで進めてきたシステムリプレイスですが、一旦すべてストップすることになりました……事実上の撤回です」
「事実上の撤回」という衝撃的な宣告を受けたあと、静まり返った部屋に漂っていたのは、怒りを通り越した深い呆然(ぼうぜん)とした空気でした。
頭の中を真っ先に駆け巡ったのは、
「これから一体どうなってしまうのか」
という底知れぬ不安と、直近のスケジュールのことでした。
週が明けた7月21日(火)、まさにその日から、システム会社との詳細設計に関する重要な打ち合わせがびっしりと予定されていたのです。
特に正社員の方々は、連休明けから本格化する協議に向けて、連日の残業に耐えながら膨大な資料を読み込み、課題を洗い出し、万全の準備を重ねてきていました。
業務の合間を縫って作られたその準備資料は、彼らが削ってきた時間と情熱の結晶そのものでした。
それらがすべて、たった一言で「不要」になったのです。
「21日からの打ち合わせは、すべてキャンセルです」
その言葉が落ちた瞬間、彼らの努力も、苦労も、積み重ねてきた時間も、一瞬にしてすべてが無駄になりました。
準備を進めていた正社員の方々の横顔に浮かんでいたのは、叫び出したいような悔しさと、感情が抜け落ちたような果てしない徒労感でした。
他人の私でさえ胸が締め付けられるほど、その「梯子(はしご)の外され方」は残酷なものだったのです。
残された現場——進むことも戻ることもできない不安
打ち合わせがすべてなくなり、ぽっかりと空いてしまったスケジュール。しかし、本当の恐怖はそこからでした。
「打ち合わせがなくなった」ということは、「現状の使いづらい旧システムと、穴だらけの暫定運用をそのまま続けなければならない」という現実を意味していたからです。
プロジェクトがストップした以上、これまで耐え忍んできた不便さや業務の非効率さは何ひとつ改善されません。
それどころか、1年延期を信じて「あと少しの辛抱だ」と自分を奮い立たせていた現場は、梯子を外されたまま宙吊りにされた状態になってしまったのです。
「これから現場の業務はどうなってしまうの?」
「来週から、私たちは何を目標に仕事をすればいいの?」
準備が無駄になった正社員の方々の落胆と、今後の見通しが一切立たない現場の混乱。 誰に怒りをぶつければいいのかも分からず、ただただ途方に暮れるしかありませんでした。
「ノーコードで業務が変わる」という華やかな夢の跡に残されたのは、ただ疲弊しきった現場と、どこへ向かうとも知れない深い不安だけだったのです。
🌿次回予告
システム化の失敗は、正社員だけでなく、パートである私の元にも思わぬ波紋を広げることになります。
「新しいシステムになれば、私が作ったVBA(マクロ)も不要になり、安心して引退を迎えられるはずだったのに……」
消えたバトンと、残された手作りのVBA。
さらに迫りくる「Officeのバージョンアップ」と「プロパティ削除」という技術的な壁。
次回——「消えたバトン。システム撤回で残されたVBAと、定年への重い不安」
理想のシステムが消え去ったあと、パートの私に突きつけられたもうひとつの現実とは?
つづく
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