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G33_AIに数学授業スライド作成を教えようとしたら、自分の授業観が言葉になった

自分がどうスライド作成しているかは、分かっているつもりだった。


でも、それを言葉にしてみるまでは、本当には分かっていなかった。
Claude Codeと一緒に授業スライドを試作する中で、自分が無意識にやっていた判断に気づいた。



参考スライドの中に自分の授業観があった

AIに授業スライドを作らせるために、まず過去に自分が作ったスライドを分析することから始めました。

作りたいものは、最初から明確でした。

  • 黒板に書く内容を置き換える板書代替型

  • 定義、公式、例、例題、練習問題を授業の順番で提示する

  • 途中式を省略しすぎない

  • 生徒に答えを見せるタイミングを制御する

「派手なプレゼン資料ではない」という感覚は、言葉になっていた。

でも「どう作るか」の細かい判断基準は、まだ霧の中でした。


設計書では拾えなかったもの

「板書代替型」「途中式を省略しすぎない」などの方針は、整理できていました。これが設計書のもとになりました。
でも、設計書に書けるのは「方針」だけです。実際に作り始めると、方針だけでは答えが出ない判断が次々と出てくる。

それに気づいたのは、1枚目を作ったときでした。

例題のスライドに取りかかって、すぐに手が止まりました。

「この画面に、何を載せるべきか?」

問題を見せるのか、解答を見せるのか。それとも両方をこの1枚に?

直感的には「問題と解答は別の画面にした方がいい」と感じていました。でも、なぜそうしたいのかをうまく言葉にできなかった。

設計書に書いた「生徒に答えを見せるタイミングを制御する」という方針を見ながら、ようやく自分の意図が見えてきました。

生徒に考えさせる時間を作るために、問題と解答を別スライドにする必要がある。

それは「自分で決めていたこと」のはずでした。でも、試作の場面で問われるまで、言葉にはなっていなかった。


例・例題・練習問題で見せ方が違う理由

試作を続ける中で、もう一つの判断が出てきました。

:問題と解答を同程度のサイズで、両方を可能な限り大きく表示する。短くシンプルだから、見比べることに意味がある。

例題:問題を提示し、次に解き方の方針を教員の言葉で示し、それから解答を見せる。2枚構成。ここでは考えるプロセスを分けることが大事だった。

練習問題:問題は参照用に小さくし、解答・途中式・表を最大化する。生徒は手元の教科書で問題を確認できるから、スライドに問題を大きく載せる必要はない。

この判断は、スライド作成中に自然としていました。

でも、AIに伝えるとなると話は別です。

「具体例の画像で伝える」だけでは思い通りにいかない。
「この場面では、こう見せる」と書かなければならない。

そこで初めて、自分の中にあった授業スライド作成の型が見えてきました。

AIに伝えるために言葉にしようとしたとき、初めて「自分はこう作っていた」が見えた。
それまで感覚だったものが、設計の言葉になった瞬間でした。


スクリーンショットの失敗が言語化を促した

試作の途中で、技術的なトラブルが続きました。

教科書の模範解答をPDFから切り出そうとしたのですが、うまくいかなかった。

  • 必要な式が見切れる

  • 隣の問題が一緒に入ってしまう

  • 問題番号が欠ける

最初は、精度よく切り抜くことを目指していました。ぴったりの範囲を自動で取れるなら、その方がいいと思っていたから。

でも何度試しても安定しなかった。

そこで方針を変えました。

正確に切るのではなく、少し広めに取る。後で教員自身が調整できる余地を残す。

この変更をSkill作成前のプランに書き込んだとき、気づきました。

「自動で全部やらなくていい。最終的な確認と微調整は、自分でやる。」

それは当たり前のことのようで、言葉にするまで意識していなかった判断でした。

失敗がなければ、この判断は引き出せなかったと思います。


スライド作成の判断を言葉にしていた

一通りの試作が終わり、Skill化の段階に入ったとき、手元に残っていたのは授業スライドだけではありませんでした。

「なぜ例題は2枚構成にするのか」「なぜ練習問題では問題を小さくするのか」——それぞれに、自分の判断の根拠が言葉になっていた。

試作を経て、感覚が言葉に変わっていました。

AIに教えようとしたのは、スライドの作り方でした。

でも実際に言葉にしていたのは、
「どこで生徒に考えさせるか」
「何を大きく見せ、何を小さく添えるか」
「どこまでAIに任せ、どこから自分で見るか」
という、自分の授業づくりの判断でした。

AIとの対話は、自分の中にあったものを現像するようなものだった。

AIに何かを頼もうとするとき、自分が何を当たり前のように判断していたかが見えてくる。

試作を始める前、私はそれを「分かっているつもり」だった。


人生の限りある時間を大切に。シンパクト和 でした。
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