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「Solaria 第三話|バラバラのリズム」

廊下に、ざわめきが流れている。

昼休み。

星ヶ丘学園・高等部一階 職員室前。

「天野ひなたさん、職員室まで来てください」

そのアナウンスを聞いた瞬間、ひなたの心臓は大きく跳ねた。

「……来た」

小さく呟く。

隣にいたゆいが、優しく背中を押す。

「大丈夫。ひなたなら」

「う、うん……!」

緊張をごまかすように笑って、ひなたは職員室の扉の前に立った。

一度、深呼吸。

コンコンコン

「失礼します!」

中に入ると、空気が変わる。

紙のめくれる音。

キーボードを打つ音。

先生たちの低い会話。

“日常の外側”に来たような感覚。

「天野さん、こっちへ」

呼ばれて歩み寄ると、そこには数人の教師と、一枚の書類。

机の上に置かれている。

「スクールアイドル部、設立申請書」

その文字を見た瞬間、ひなたの喉がごくりと鳴った。

「確認したところ、部員は5名」

「はい!」

「活動内容は……歌唱、ダンス、ライブパフォーマンス……」

先生が淡々と読み上げていく。

「目的は?」

一瞬、言葉に詰まる。

でも

ひなたは顔を上げた。

「スプリングフェスティバルで、私たちのパフォーマンスを見てもらうことです!」

言い切った。

空気が、ほんの少しだけ動く。

「……スプリングフェスティバルか」

別の教師が口を開く。

「今年は応募が多いけど、知ってるよね?」

「え……?」

ひなたの表情が揺れる。

「グラウンドステージは、オーディション制だ」

一枚の資料が差し出される。

そこには??

・吹奏楽部
・軽音楽部
・アカペラ部
・和楽器部
・チアリーディング部
・スクールアイドル部(申請中)

「この中から選抜される」

「……全部は出られないんですか?」

「枠は限られている」

静かな声。

「数組は、落ちる」

ひなたの胸が、強く締めつけられた。

さっきまでの高揚が、少しだけ冷える。

「それでも、やるか?」

問われる。

逃げ道は、用意されていない。

ひなたは、拳を握った。

「……やります」

顔を上げる。

「絶対、出たいです」

数秒の沈黙。

そして

「いいだろう」

書類に、ペンが走る。

サイン。

判子の音。

「スクールアイドル部、設立を承認する」

その一言が、空気を変えた。

「……っ!」

ひなたの目が、大きく開く。

「顧問は?」

一人の教師が軽く手を上げる。

「私が見よう」

穏やかな声。

「ただし、条件がある」

ひなたが息を呑む。

「結果を出すこと」

「はい!」

今度は迷いなく、声が出た。

職員室を出る。

扉が閉まった瞬間

「……やった……!」

小さく、でも確かにこぼれる声。

その場で、ぎゅっと拳を握る。

廊下の先に、4人の姿。

待っていた。

「どうだった!?」

ゆいが駆け寄る。

さくらも、不安そうに見つめる。

しおりは腕を組みながらも視線を向けている。

あかりは、少し離れた位置で静かに見ている。

ひなたは

一度、大きく息を吸って。

笑った。

「通った!」

一瞬の静寂。

「え……?」

「ほんとに……?」

「スクールアイドル部、正式にスタート!」

その瞬間。

空気が弾けた。

ゆいが笑う。
さくらの目が輝く。
しおりが少しだけ驚いた顔をする。

そして

あかり。

「……へえ」

小さく呟く。

ひなたが続ける。

「でもね」

全員が聞く。

「スプリングフェスティバルの参加、オーディションになるんだって」

空気が、少しだけ変わる。

「落ちるチームもあるって」

しおりの目が鋭くなる。

「……なるほどね」

あかりが、ふっと笑う。

「いいじゃん」

その目は、燃えていた。

「面白くなってきた」

ひなたも、笑う。

少しだけ、不安を抱えながら。

「絶対、出よう」

風が、廊下を抜けた。


放課後。

ダンス練習室。

西日が、床に長く影を落とす。

「よーし!やるよ!」

ひなたの声は、まだ少しだけ弾んでいた。

「スプリングフェスティバル、絶対通るんだから!」

「まずは形にしないとね」

ゆいが頷く。

「……時間、そんなにないわよ」

しおりの一言が、空気を少し引き締める。

「いくよ」

あかりが前に出る。

「5、6、7、8」

タッ

タッ、タッ……

リズムが刻まれる。

はずだった。

ズレる。

ほんのわずか。

でも、確実に。

「……止めて」

音が、途切れた。

「ひなた、テンポ走ってる」

「……っ、ごめん」

「しおり、固い」

「……やってる」

「足りてない」

空気が、張り詰めていく。

「さくら、声出して」

「……っ」

「逃げてる」

その言葉に、さくらの肩がびくっと揺れる。

「ゆい」

あかりの視線。

「優しすぎる。輪郭がない」

「……うん」

鏡の中。

並んでいるはずの5人。

でも

バラバラだった。

「ちょっといい?」

しおりの声。

静か。

でも鋭い。

「今の私たちに、それ求めるの……現実的じゃない」

沈黙。

「基礎もできてない」

「フォーメーションも曖昧」

「この状態でオーディションなんて」

「じゃあ、いつやるの?」

被せる、あかり。

「段階ってものがあるでしょ」

「その“段階”って、誰が決めるの?」

一歩、近づく。

「やるって決めたんでしょ。本気で」

しおりの目が、冷たくなる。

「本気だから言ってるの」

「それ」

あかりの声が落ちる。

「逃げてるだけじゃない?」

空気が、凍る。

「……は?」

しおりの声が、低く響く。

「現実見てるだけよ」

「見てるんじゃない」

「線引いてる」

一歩も引かない。

「無理なものは無理」

「やらなきゃ一生無理」

「効率ってものがあるでしょ」

「情熱がなきゃ意味ない」

「感情論で勝てるほど甘くない」

「冷静ぶって逃げてるだけ」

空気が、裂ける。

さくらが息を呑む。

ゆいが言葉を失う。

「ちょっと待って!」

ひなたが割って入る。

「みんな同じ方向見てるんだから」

「見てないよ」

あかりの一言。

「揃ってない」

その言葉が、深く突き刺さる。

沈黙。

誰も、動けなかった。

「……今日は、もうやめましょ」

しおりが言う。

「このままやっても意味ない」

練習は、終わった。

夕方。

坂道。

オレンジ色の空。

街を包み込むような、柔らかな光。

ひなたは、一人で歩いていた。

「……部になったのに」

ぽつりと、こぼれる。

「スタートしたのに……」

さっきまでの光景が、頭の中で繰り返される。

「逃げてるだけじゃない?」

あかりの声。

「無理なものは無理」

しおりの声。

「揃ってない」

その一言が、胸に突き刺さる。

足が、止まる。

「なんで……」

視界が、少し滲む。

「なんで、うまくいかないんだろう」

楽しいはずだった。

みんなで、同じ夢を見て。

笑って。

走って。

それなのに

胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。

言い返せなかった。

何も。

正しいことも。

間違ってることも。

どっちも、わかってる気がして。

でも

何もできなかった。

「……っ」

唇を噛む。

その瞬間。

ぽたり、と。

一粒。

涙が、落ちた。

「……あれ」

自分でも、驚いたように呟く。

止めようとした。

でも

次の瞬間、溢れた。

「……っ、なんで……」

声が、震える。

悔しい。

あかりのすごさを、認めてしまう自分がいる。

追いつけない距離。

それでも、追いつきたい。

でも

それだけじゃ、足りない。

「……っ」

涙が、止まらない。

「悔しい……」

やっと、出てきた言葉。

自分の力のなさが、悔しい。

何も言えなかった自分が、悔しい。

突き放されたような、あの瞬間が、苦しい。

「……っ、うぅ……」

声を押し殺す。

誰もいない坂道で。

ひなたは、初めて泣いた。

 

それでも。

ふと、あかりの動きが頭に浮かぶ。

強くて。

美しくて。

まっすぐで。

「……すごいな」

涙の中で、そう思う。

そして。

「追いつきたい」

でも。

その言葉の奥で、気づく。

「……違う」

小さく、首を振る。

「あかりに追いつくのが、ゴールじゃない」

涙を拭う。

空を見上げる。

「もっと……上」

「もっとすごい景色、見たい」

その目に、光が戻る。


気がつけば、屋上の前にいた。

扉を開ける。

夕焼けの光。

そして

「……さくら?」

そこにいた。

フェンス越しに、街を見ている。

「……ひなたちゃん」

少しだけ、驚いた顔。

「……怖いよね」

さくらが、言った。

「え?」

「揃わないの」

静かな声。

「一人で歌うのも怖かったけど……」

少し笑う。

「みんなでやるのも、怖い」

ひなたは、黙って聞いていた。

「でも……」

さくらが顔を上げる。

「逃げたくない」

その目は、揺れている。

でも

逃げていない。

ひなたの胸に、何かが戻ってくる。

あのとき。

この場所で。

一歩踏み出したのは、さくらだった。

今度は

「……揃えようよ」

言葉が、こぼれる。

「え?」

「無理でもいい」

ひなたは、少し笑う。

「ぶつかってでも」

風が、強く吹いた。

「バラバラでもいいから」

空を見上げる。

「一緒に、やろうよ」

沈黙。

そして、さくらが小さく頷いた。

「……うん」

 

翌日 放課後。

ダンス練習室。

タッ

足音。

ひなたは、扉を開ける。

あかりが、一人で踊っている。

その動きは

やっぱり、すごい。

でも。

さっきと、少し違って見えた。

「……もう一回、やろ」

あかりが止まる。

「……壊れるよ?」

「いいよ」

一歩、踏み出す。

「壊して、作ろう」

その言葉に

あかりの目が、わずかに揺れる。

ほんの一瞬。

遠くを見るような視線。

フラッシュのように過る

強い日差し。

石畳。

打ち鳴らされる手拍子。

歓声。

スペイン。

すぐに、消える。

「……いいね、それ」

口元が、少し上がる。

「やっと、始まったね」

小さく、呟く。

「いくよ」

「うん」

5、6、7、8

2人が踊る。

ズレる。

ぶつかる。

でも

止まらない。

鏡の中。

2人の距離が、少しずつ近づく。

 

その奥。

廊下の影。

しおりと、ゆい。

「……行かないの?」

ゆいが、小さく聞く。

しおりは、少しだけ目を伏せる。

(……揃ってない)

(当たり前よ)

(あんな状態で、通用するわけない)

冷静な判断。

正しい現実。

のはずなのに。

視線の先。

ぶつかりながらも、踊り続ける2人。

(……それでも)

ほんのわずかに、揺れる。

(なんで、止まらないのよ)

理解できない。

でも

(……ちょっとだけ)

胸の奥に、小さな違和感。

(羨ましい、とか思ってるの……?)

自分で、自分に戸惑う。

(……違う)

顔を上げる。

「今はいい」

ゆいに向かって、静かに言う。

「まだ、揃ってないから」

その言葉を、ゆいは静かに受け止める。

少しだけ、間を置いて。

ゆいは、前を見たまま

「でもさ」

柔らかい声。

「揃ってなくても、進める時もあるよ」

しおりの視線が、わずかに揺れる。

「ぶつかってるってことはさ」

ゆいは、少しだけ微笑む。

「ちゃんと向き合ってるってことだから」

静かに。

でも、確かに届く声。

しおりは、何も言わない。

ただ

もう一度、2人を見る。

(……向き合ってる、か)

その言葉が、胸の奥に残る。

ゆいが、そっと続ける。

「ひなた、ああいう時」

少しだけ、優しく笑う。

「絶対、止まらないよね」

小さく息を吐く、しおり。

「……バカみたいにね」

でも。

その言葉には、ほんの少しだけ熱が戻っていた。

ゆいは、何も言わずに頷く。

2人は、そのまま見守る。

ぶつかりながらも、進もうとする2人を。

まだ、バラバラな光を。

でも

確かに、同じ方向へ向かい始めた光を。


第三話 バラバラのリズム (終)

▶ Solaria 第四話|
― 届かない声 ― へ続く

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