人間同士のコミュニケーションがなかなか成立しない本当の理由
ヒトとAIの共存について という記事
の第5部と内容が重複しますがタイトルを変更して再編集しました。
人間同士のコミュニケーションがなかなか成立しない本当の理由
筆者は、まわりの多くの人たちはわたしの考えていることの50%くらいしか理解できていないものだと思って、日頃暮らしています。
これは「伝える力」と「理解する力」の相互関係にもよるのですが、人々にディスコミュニケーションという現象がおこる原因はそこにあるものだと考えています。
「伝える力」のないヒトが「理解する力」のないヒト
とコミュニケーションをとった場合、ほぼコミュニケーションは成立しません。また
「伝える力」のあるヒトが「理解する力」のないヒト
とコミュニケーションをとった場合も、コミュニケーションはあまりうまくは成立しません。逆に
「伝える力」のないヒトが「理解する力」のあるヒト
とコミュニケーションをとった場合、これまでの事例よりもコミュニケーションはうまく成立します。その理由は、
「理解する力」のあるヒトの「聞く力」のおかげです。
話があまり上手でないヒトでも、まわりのヒトが「理解する力」のあるヒトであれば、欠落したコミュニケーションスキルをカバーするだけの「推察力」により相手が伝えようとしていることを汲み取った上で、そのディスコミュニケーション状態をコミュニケーション状態にシフトしてもらえます。
コミュニケーション下手のヒトでもこの社会で生きていけるのは、こうした「理解する力」のあるヒトたちがいたるところに存在してくれているからです。そういうヒトに助けられて生きていけてるわけです。では最後に
「伝える力」のあるヒトが「理解する力」のあるヒト
に何かを伝える場合、そこにはようやく理想的なコミュニケーションが成立する前提ができたということになります。
もっとも悲劇的な状況は
「伝える力」のあるヒトが「理解する力」のないヒト
とコミュニケーションをとらなければならない場合です。
どんなに良い情報をすばらしい伝達スキルを駆使して伝えたとしても、相手に「理解する力」がなければ、そこにコミュニケーションは成立しません。
しかし、現代社会においてこの状況はますます増えてしまっているのが現実です。
知性が通常のヒトより高く斬新な発想をもっているヒトほど、こうしたディスコミュニケーションが生じる確率は高くなります。
「理解する力」のないヒトとコミュニケーションをとろうとしても、結局何も伝わりません。したがって、
知性が通常のヒトより高く斬新な発想をもっているヒトほど社会から孤立しがちになり、孤独なヒトにならざるおえない
のです。
登校拒否や出社拒否するヒトたちは、こうした理由から孤立化
していってるわけです。決して本人が悪いのではなく、
まわりの「無理解な人々」のまとはずれの対応こそ
が
彼ら、彼女らに苦痛をあたえていることに当事者本人たちは気がついていない
からこうした悲劇が起こっているわけです。これが登校拒否や出社拒否の人々を生み出す要因のひとつであると推測できます。
この現代の悲惨な状況をうまく説明してくれてるのが
独りひっそりネットビジネスの専門家
として自分の事業を20年間継続し続けている 起業家の松田悠玄さんです。
まともな人ほど孤独になる
わたしはこの動画を観て結構笑いました。
このヒト人間の本質を見事につかんでいるな~
と。よっぽどおかしなヒトたちと関わらざるおえなかったのだろうなと推測できました。
わたしもほぼ同じような経験をしてきたので共感できました。
しかし、この動画に共感できるヒトは、この世界にさほど多くはないと思います。そのことは、松田さん自身もわかっており、この世の中の3%のヒトが理解してくれれば、わたしはそれでいいと言われています。
ある種のニッチビジネス志向の発想
です。
松田さんが「独りひっそりネットビジネス」を20年間継続できてる本当の理由はそこにあり、この
世の中の3%のヒトだけに自分のビジネススタイルが伝わりさえすれば「独り起業」は成立する
ことを暗に示唆しています。
実はわたし自身も、1996年から「独り起業」状態でウェブデザインの仕事をしてきましたが、10年くらいで限界が来ました。精神的ストレスから来る肉体への影響は予想よりも深刻であり、「独り起業」の方たちが抱えている多くの共通した悩みは「社会からの孤立化」という外部要因から来る現象の心理的プレッシャーからでした。
この「社会からの孤立化」は10年以上、「独り起業」を継続できたヒトにしか、その重みは理解できないかもしれないのですが、2019年12月からはじまり世界的に蔓延した「パンデミック」により、多くのヒトたちが「社会からの孤立化」を体験できたよう感じています。
この時期において人々の意識を大きく変革しました。
リモートワークによるビジネススタイルの浸透や遠隔ビジネスの可能性など、多くのヒトたちが苦労して築き上げてきた社会の新しい姿は少しづつ浸透していき、定番にもなりつつあります。
そもそも、わたし自身は1996年からリモートワークによるビジネススタイルをすでに確立していました。
鳥取県という地方に居住しながら、東京のクライアントから来たオファーをオンライン上のやりとり(テキストベースのみ)だけで処理して依頼のあったWebサイトをFTPで納品していました。
初回のみ、東京出張して対面で会いますが、ほぼ1回きりでした。5万円の航空機費用はクライアントもちという条件で対面していました。5万円が追加支払いできないクライアントの場合は対面することなく。フルリモートで案件処理をしていました。
平均単価は1サイト当たり50万円くらいで、最高は100万の案件(大手企業の社内ベンチャー)を30日で仕上げていました。ウェブデザインバブル当時の価格は1サイト当たり10,000,000円とかもっと凄かったですが。(笑)
その当時は
「理解する力」のあるヒトたちが、もともと「伝える力」のないヒトであるわたしのことを発見してくれたおかげで、10年間、全く足で営業することもなく、メールで届く年間200件くらいのWEB制作の見積依頼の中から、成立した20件程度の案件をこなすことにより、なんとか生活していました。
しかし、2000年ころからインターネットバブルを体感して参入してくる資金調達のできたITベンチャーや大手企業たちがその資金力と強引なマーケティング手法により、インターネットビジネスに参入してきたため、地方在住のフリーランスデザイナーがいくらいい仕事をしていたとしても、その莫大な広告費と巧みなマーケティング戦略により、しだいに淘汰されていくことは目に見えていました。
わたし自身のWEB制作ビジネスのピークは、最初の4年間の2000年ごろまで、それ以降はしだいにオファーも減少していきました。2000年ころはWEB制作者向けの無料メールマガジンを配信しており5,000人くらいメルマガ登録者があった時期もありました。
1999年7月7日にはじめて配信した無料メールマガジン「GAUZINR(ガウジン)」。タイムマシンに乗って探してきました。
クラウドに現存している最も古い1997年3月のわたしのサイトのアーカイブデータです。
1997年7月7日がGAUCHOを起業した日でした。

なつかしい昔話はこのあたりにしておきます。
読者に委ねられた結論
いずれにしても、ヒトとAIの共存というテーマは、これから我々が直面する想像を超越した新しい価値基準のもとに進んでいくAI時代が、たった一人の殺人スイッチをもった狂人によって破滅させることのできるような脆弱な地球という環境の中で、一体いつまで人類は存続し続けられるのであろう、という誰しもが無意識のうちに直感している未来世界へのパスポートをもらうためにも理解しておくべきテーマだと筆者は考え、このコラムを完成させました。一部、リアルな回想シーンもありましたが、66歳の老人のたわごとだと思って聞き流していただければ幸いです。
以下、わたしの最近の記事をご紹介してこのコラムは終了します。最後まで読んでくれたそこのあなた、なかなかいいセンスされていますね。
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