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【企画参加】ペイ・フォワード

ラビ雪兎さんからペイフォワードのバトンをいただきました。

相手を大切に受け取る雪兎さんに、私の記事も紹介していただけたことが感無量です。ありがとうございます

雪兎さんの文章は、日常の小さな疑問から思いがけないところまで思考が広がっていき、いつも「そんな見方があったのか」と惹き込まれています✨

ペイフォワード企画

この企画はLaLaLaさんから始まったそうです。


企画をざっくり説明すると、

✏️ 自分がいいと思った記事にコメントを書き
🤝 noterさんを3人紹介する企画

というもの。

バトンを受け取ったときは、
三人紹介できるかな、時間を取れるかな、と少し迷いました。

けれど、誰かを大切に思う気持ちをそのままにせず、
時間と手間をかけて、きちんと相手に届く形にされている雪兎さんやLaLaLaさんの姿に触れて、私もこのバトンを次の方へ渡したいと思いました。


1人目✨
自分の感覚で世界を受け取り直す―ことさん



ことさんは自分の中に生まれた「やってみたい」を
頭の中だけで終わらせない人。

世の中で当たり前になっている見方をいったん横に置いて、
自分のからだと感覚で確かめてみる。
その実験はいつも本気なのに、どこか可笑しくて、自由で、楽しさがすぐそばにあります。

村上春樹の夏帆シリーズの部分だけを抜き取り、一冊の本にしたり、
片足だけ忘れ去られた革靴を翌日に見に行ったり。

そんなことさんの魅力溢れる記事の中で特に惹かれたのはこちらです。

猫を見ながら、

「時計にとらわれるなんて、おかしくないか?」

と思ったことから、時計を見ずに一日過ごすことさん。

壁時計を外し、置き時計を裏返し、iPhoneの時刻にはシナモロールのシール。さらには、うっかり時刻を読んでしまわないよう数字をインド数字に変える徹底ぶり。

このあたり、ことさんらしさが爆発していて大好きです。

しかもただ面白いだけでは終わらない。

時計がなくなると、何時だから食べる、一時間は運動するといった基準ではなく、
お腹が空いたら食べ、からだが満足するまで動く。
ピアノも時間ではなく、自分の心やからだと対話しながら弾いていく。

読みながら、時計を隠すところから次第に感覚のほうへ身を預けていく様子にぐいぐいと惹き込まれていきます。

そして私も時計を隠す一日を真似してやってみました。

読むだけで終わらず、私もやってみようかな、とこちらの生活まで動かしてしまう。そんな自由な入口をことさんは楽しそうに開いてくれます。


2人目✨
自分も自然もまるごと見つめる―なわ〜むさん


なわ〜むさんの文章には
自分にも周りにも、なんだか愛があります。

うまくできないことも矛盾する気持ちも、
無様な自分もそのまま連れて考えていく。

大きなことを考えていたはずなのに、
気づけば草ぼうぼうの畑に立っていたり、自分に突っ込みを入れていたり。

哲学的なことを考えていてもいつも最後には自分の足元へ戻ってくる。
その近さと可笑しさが、なわ〜むさんの文章の好きなところです。

そんななわ〜むさんの愛おしい記事の中で特に惹かれたのはこちらです。

小さな種に根も茎も葉も実も詰まっていることに驚き、
教科書や自分の知識では計れないタイミングで芽を出す植物を見ながら
なわ〜むさんは書きます。

私の、人間の、
知識よりも
もう少しおおらかできっと精密な
何かがこの小さなものに
詰まっている。

そしてすぐ、

私は日々の事に追われて
決しておおらかでいられていないから 笑

と戻ってくる。

ここがすごくなわ〜むさんらしい。

自然の神秘を語って終わるのではなく、虫に四苦八苦しながら畑に立ち、

葉っぱについた虫を取りながら
心をほぐしている。

知識では届かないものを感じながら、
自分もその中で不器用に生きている。

きれいなものだけではなく、うまくいかないことや面倒なことまで一緒に見ているから
なわ〜むさんの文章には人にも自然にも、同じような愛が流れているように感じます。


3人目✨
分からないまま考え続ける―辺留さん

辺留さんはたくさんの本を読み、考えながら
それでも簡単に「分かった」としない人。

ひとつの考えに辿り着いても、
反対側から眺め、自分の正しさまで疑ってみる。

白か黒かに分けず、複雑なものを複雑なまま考え続ける強さがあります。

その一方で、連想はとても自由。
知的な真剣さのすぐそばに、思考そのものを楽しんでいるような軽やかさがあって、思いもよらないところへ連れていかれることがあります。


記事ごとに思考の入り口も広がり方もまったく違うので、どの記事をご紹介するか本当に迷いましたが、私が一番惹かれたのはこちらです。

「みんなの国」という言葉をアリたちが声に出して読む。

「み」の音は繭の内側へ広がり、「な」は草の先を撫で、「に」は巣へ餌を持ち帰ったときの安心を呼び起こす。

触角、繭、壁、草、回廊、地面、巣。

言葉がアリたちの身体や生活へ染み込んでいく描写があまりにリアルで、私も「みんなの国」と声に出しながら何度も読みました。

そして、

言葉そのものに、力があったわけではなかったのかもしれない。

と続く。

言葉が人を動かすのか。
それとも、すでに身体の中にある不安や願いが、言葉に力を与えるのか。

辺留さんの文章は、答えをひとつに決めません。

読み終わったあとも「みんなの国」という音がからだのどこかに残って、そこからまた考えが始まります。

読み終わってからも考えが続いていく。
そんなところまで含めて、辺留さんの文章に惹かれています。



今回、紹介のために一人ひとりの記事を改めて読み、
その方の文章を続けて読んでいく中で、いつも読んでいたはずの人にもう一度出会い直すような時間になりました。

見ているものも、立ち止まる場所も、そこから広がっていく世界もそれぞれ違っていて、誰かの文章を読むたびに私一人では決して見ることのできなかった世界を見せてもらっているのだと思います。

その人が大切にしているものを文章を通して分けてもらえること。
そんな出会いがあることをしみじみ嬉しく思いました。

繋がってくださっている皆様、いつもありがとうございます。


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