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エッセイ第4話|「普通に生きたい」って、どういうことだろう

朝、窓を開けると

いつもより少し静かな風が流れてきた。

その瞬間ふと、

「普通に生きたいな」と思うことがある。

「普通」って、何だろう。

人が言う当たり前を、自分も自然にこなせたらいいのに…

そう願った日もたくさんあった。

人付き合いが得意で、

仕事もうまくいって、

落ち込むことも少なくて、

毎日を軽やかに進めるような自分。

そんな姿に、憧れたことがある。

でも、少し立ち止まって考えてみた。

私が思い描いていた「普通」は、

ほとんどが 誰かの基準で作られた普通 だったのかもしれない。

「普通に生きたい」という気持ちの奥には、

きっといろいろな想いが隠れている。

「迷惑をかけたくない」

「嫌われたくない」

「人から浮きたくない」

そんな不安や願いが混ざり合って、

いつの間にか「普通」を追いかけてしまう。

けれど、それは本当に自分の願いだったのだろうか。

誰かの普通に合わせるために、

自分を削ってしまう生き方は、

どこかで無理が来る。

もしかしたら私は、

「普通になりたい」のではなく

「自分らしくても大丈夫」だと思いたかっただけなのかもしれない。


普通が分からなくて不安になる日もある。

自分だけズレているように感じて、

胸がぎゅっと締めつけられる日もある。

でも、そんな日もあっていい。

そして、たぶんそれが自然だ。

100人いれば、100通りの普通がある。

そしてその全部が、間違っていない。


最近は、

「普通」を目指す生き方より、

自分の心地よさを大切にする生き方の方がいいと思えるようになった。

静かな時間が好きなら、そのままでいい。

疲れやすいなら、休みながらでいい。

人とうまく距離を取るのが難しいなら、無理に近づく必要もない。

外の世界に普通を探している限り、

ずっと追い続けることになる。

でも、内側に「自分の普通」を育てられたら、

きっと少しずつ、生きるのが楽になる。


あとがき

「普通に生きたい」という願いは、

誰かに合わせようとする優しさでもあり、

同時に、自分を縛る言葉にもなる。

あなたの普通は、あなたが決めていい。

そして、その普通はゆっくり育てていけばいい。


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