エッセイ第3話|「何もできない日」を責めない練習
今日も、何もできなかった。
家の中でぼんやりして、
やろうと思っていたことも手つかずのまま。
そんな自分に気づいた瞬間、
胸の奥が少しだけ重くなる。
「また一日が終わってしまった」
「私だけ止まっている気がする」
そんな想いが、静かに心の中に積もっていく。
SNSを開けば、
誰かが新しいことを始めていたり、
大きな成果を上げていたりする。
それを見るたびに、
「動けない自分」がどんどん情けなく感じてしまう。
でも、ふと思う。
「何もできなかった日」って、
本当に「無駄」なんだろうか。
もしかしたら、
心の中では見えないところで
ゆっくりと回復の準備が進んでいるのかもしれない。
走り続けた心が、
ようやくひと呼吸ついている時間なのかもしれない。
何もできなかった自分を責めるとき、
私はいつも、「もっと頑張りたい」という願いを
握りしめたまま苦しくなっている。
その願い自体は、悪いものじゃない。
むしろ、「よく生きたい」という思いの証だ。
だからこそ最近は、
「できなかった自分」を責めるのではなく、
「ここまで頑張ってきたんだな」と想い出すようにしている。
これまでの自分が積み重ねてきた時間や努力は、
できなかった今日一日で消えるわけじゃない。
むしろ、
責めるより、いたわるほうが、前へ進む力になる
と、少しずつ感じられるようになった。
生きていると、
「走る日」もあるし、
「歩く日」もある。
そして、
「立ち止まってしまう日」だって、
同じくらい大切なんだと思う。
動けない日があってもいい。
ぼんやりして過ごす日があってもいい。
心の声が聞こえない日は、
それは心が静かに休んでいる証かもしれない。
今日、何もできなかったとしても——
それでも、ちゃんと生きている。
あとがき
「何もできない日」は悪い日じゃない。
むしろ、心が「これ以上は無理だよ」と
優しく教えてくれている日なのかもしれません。
そんな日に自分を責めないことは、
甘えではなく、
生きるための大切な練習だと思っています。
生きるためには立ち止まって、
後ろを振り返るのも大事です。
どうかあなたの「立ち止まる日」も、
静かに、大切に扱ってあげられますように。
エッセイの第1話です。続けて読むと心が軽くなります。
エッセイの第2話です。心に寄り添ってあげてください。
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