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【第5回】育児は最大の「自分を知るチャンス」 | 娘の全肯定が、過去の私の傷を救い出す

私は「怒り」という感情が怖かった。

毒親育ちの私は家庭内の怒りに怯え、学校や社会の怒りに怯え続けていた。

お気づきの方もいるかもしれないが、私と娘の気質は似ていると思う。つまり、マジョリティからはみ出している。


「自分がされて嫌なことは、他人にしてはいけない」
まことしやかに語られる言葉だ。

それって本当?
人によって嫌なことは違う。だから、相手に尋ねるしかないし、自分で表現するしかない。
誰かを大切にしたいなら、相手に尋ねる勇気と配慮、自分を知って表現する力の両方が必要である。


私は「怒り」を表現してはいけないと強く思い込んでいた。そして、生存戦略として「怒り」だけではなく世間で言われている「良い感情」以外を閉じ込め続けた。

しかし、そう思い込めば思い込むほど、私の中で「怒り」は蓄積していき、自分では制御できないほどのモンスターを飼ってしまっていた。

そのモンスターは思わぬところで「怒り」となって現れた。怒るのはおかしいと思っていても怒りが止まらないのだ。

かつての私はその怒りを娘に向けていた。弱いは方に弱い方に。それは私の親が私にしたことと同じだった。

結局、私の親も「世間の普通」を盲信し、それを自分の育児に無理やりねじ込もうとしていたのだ。本来の自分自身とのあいだに生じる強烈な齟齬。そこから生まれた歪んだ怒りが、家庭内のいちばん弱い私へと向かっていた。

そして私もまた、同じ構造のなかで、生まれ持った自分の仕様(マジョリティからはみ出していること)を無視して「普通」に収まろうと必死になり、バグを起こしていた。


自分の感情を押さえ続けた結果、私は自分が何が好きで、何が嫌いかもわからない大人になっていた。何が自分にとっての幸せなのかもさえわからなくなっていた。

排除されないために、世の中に溢れている「普通」に自分を押し込もうと必死だった。

自分がマジョリティからはみ出していることにも、親が「毒親」であることにも、私は30歳を過ぎるまで全く気づけなかった。

親は対外的にものすごく「いい人」だったし、親自身も自分のことを「いい親」だと信じて疑っていなかったからだ。私は私で、子どもの頃から健気に親の心をケアし続けていた。

完全に視野狭窄に陥っていた。家の中の歪んだ日常をそのまま世間に提示すれば、誰もが「ああ、それはマルトリートメント(不適切な養育)だし、虐待だね。」と眉をひそめるような環境だったのに、当事者の私は1Gの世界のフリを信じ込んでいた。

そんな環境で育った私が、流行りのものを身につけて、化粧をして、就職して、結婚が遅いことに焦り……。

そもそもマジョリティからはみ出しているのに、そんなことをしても幸せになるはずはなかった。無理ゲーをしてさらに自分を追い詰めた。

とても視野の狭い中で生きていた。
それほどに親や社会からの圧力は察知しすぎる私とっては重いものだった。

みんなが軽々と1Gの世界を歩いているところを10Gの世界を息を切らして歩いてるようなものだった。そんな世界で外の景色を見る余裕はない。

自分の感情を知らない代償はあまりにも大きい。


感情にはいいも悪いもなく、それを表現しながら自分の輪郭を知っていくのが子どもの時にとても必要だと強く思う。

それを抑え込まれると、自分が何が好きかとか、何が幸せだとか、わからなくなってしまう。

もし、あなたの中に何かに縋りたい気持ちや、人のせいにしてしまう気持ちがあるなら、それが原因だと思う。かつての私がそうだった。


だから、娘を全肯定したい。
全肯定することが彼女が自分を好きでいて、絶望的な未来を演算させないための最大のミッションだと確信している。

その過程を通して、私は「自分のために動く」という10年越しの課題をクリアしつつある。

娘と向き合うことで、自分の過去の呪いも一気に押し上げられられ解放されている。

娘のすべてを全肯定することは、かつて否定され続けた「過去の自分の傷の深さ」を、もう一度まともに直視することでもある。
それは私にとって間違いなく救いだけれど、同時に、あまりにも痛々しい救いだ。

だけど、この世代間の呪いの連鎖は、私の代で絶対に止めなければいけない。ここで私が血を流してでも堰(せき)を止めなければ、この泥水はまた次の世代へ流れていってしまう。

だから、私は彼女の牙を絶対に折らない。


「育児は育自」というが、たいては忍耐力をつけることや人間としての器を大きくする文脈で語られる。

しかし、育児は自分の輪郭を再度知ることができる最大のチャンスなのだと思う。そうすることで勝手に「忍耐力があるように見える」状況が生まれるのではないか。

世間は私を「不登校になって我が子を甘やかしている親」と見るかもしれない。
娘のキーキー怒る姿を「しつけがなっていない」と眉をひそめるかもしれない。

だけど、違う。
私は、この子の牙を守ることで、かつて牙を抜かれて死んでいた「子どもの頃の私」を一緒に救い出しているのだ。

娘を全肯定した瞬間。
10年以上もの間、自分が何者かも分からずに暗闇を彷徨っていた私も、一緒に肯定されていた。

自分のためなら、怖くて動けなかった。
でも、この子の心臓を守るためなら、何度でもハッキングを仕掛けられる。

私たちが選んだ道は、世間から見れば「レール外の絶望」かもしれない。

だけど私たちの足元には、今、自分の感情という灯火が燃えている。

泥まみれで、傷だらけで、だけど自分の心臓を自分だけのものとして取り戻した私たちが歩く、これは最高に「明るい不登校」の始まりだ。

【第6回】学校をハックした軌跡(前編) | 居場所ルーム拒否からの逆転劇。味方を作るルート
に続く。


▪️連載のラインナップ▪️

【第1回】「不登校という権利」の奪い方|周囲の同調圧力から自尊心を死守するサバイバル術

【第2回】WISC103」の罠|数値に現れない子どもの限界と脳のサバイバルモード

【第3回】病院をハッキングする方法|ドクターにA410枚の資料を叩きつけた理由

【第4回】子どもの牙を折らない育て方 | ちまたのアンガーマネジメントが不登校児を追い詰める

【第5回】育児は最大の「自分を知るチャンス」 | 娘の全肯定が、過去の私の傷を救い出す

【第6回】学校をハックした軌跡(前編) | 居場所ルーム拒否からの逆転劇。味方を作るルート

【第7回】学校をハックした軌跡(後編) | 先生の「傷つき」を演算し、お互いの境界線を守るロジック

【第8回】学校のトラックを降りる日 | 100mスプリンターたちが広大な大地で生きる知恵

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