【第4回】子どもの牙を折らない育て方 | ちまたのアンガーマネジメントが不登校児を追い詰める
正直、娘は細かい。
……と思う。
小さな擦り傷で、この世の終わりのような泣きが始まる。そういう時は絆創膏を貼る。私から見て傷がなくても貼る。だから我が家には、大量の絆創膏が常備されている。
同じように作ったポテトサラダも、私にはわからないジャガイモの茹で具合で、食べる量が全く違う。時にはポテトサラダを吐き出して、あまりの不快さに半泣きになっている。ご飯のメニューが食事中に変更になるなんて、日常茶飯事だ。
怖い夢を見て目が覚めると、そこから眠れず、私が起きるまでずっと泣き続ける。深夜の3時からずっと起きているのに、昼寝はしない。当然、私もそれに朝まで付き合うことになる。
このように、キーキー怒っているエピソードは山ほどある。
疲れが酷くなればなるほど、彼女のレイヤーはどんどん細かくなっていく。
「ワガママ」「切り替えができない子」
世間からそんなレッテルを貼られるには、十分すぎるほどのことが日々起きている。
◇
でも。
これこそが、娘を娘たらしめている原動力そのものなのだ。
この極限まで細かいレイヤーを察知しているからこそ、彼女からは大人顔負けの名言の数々が生み出されている。
これこそが娘の「100m全力疾走」の脳の仕組みなのだ。
彼女の怒りは、時に脳のレイヤーの細かさの表現であり、時に全力疾走から離脱して「倒れた」状況の表現である。
他の人がなんと言おうと、彼女にとっては痛いものは痛いし、不味いものは不味い。怖いものは、とてつもなく怖い。彼女はその怒りを、脳がちぎれるくらい激しく感じ、激しく表現している。
それは、自分の輪郭を知るためのプロセスだ。
自分が何が好きで、何が嫌いで、何が楽しくて、何が悲しいのか。
それを必死に掴み取ろうとしている過程なのだ。
ちまたのアンガーマネジメント(6秒数えて我慢する)なんて、娘にとっては「自分の心に蓋をしろ」というグロテスクな暴力でしかない。
そもそも「怒り」とは、他人が自分の領域に土足で踏み込んできたときに作動する、心の大切な防犯アラームなのだ。
"ここから先は入らせない。私の領域を侵さないで。"
自分の境界線を守るためには、正しく、毅然と怒らなければいけない。アラームを鳴らさずに微笑んでいたら、境界線なんてあっという間に踏み荒らされてしまう。
そんな生ぬるい綺麗事で、彼女の魂を縛ってはいけない。
激しく怒り、激しく不快を表明すること。それは、周りのシステムに差し出しかけた「自分の心臓を、自分だけのものとして取り戻すための儀式」なのだから。
◇
……だけど、やっぱり正直、細かいと思うし、めちゃくちゃ面倒臭い。
毎日これに付き合う私の身にもなってくれ、と白目を剥きそうになる夜もある。
でも、私は彼女の牙を絶対に折らない。
たくさん怒って、たくさん不快を表明して、自分という人間の仕様をトコトン知ってほしいと切に願う。
私たちは、この正当な怒りを味方につけて、ここから「明るい不登校」を歩き始める。
【第5回】育児は最大の「自分を知るチャンス」 | 娘の全肯定が、過去の私の傷を救い出す に続く。
▪️連載のラインナップ▪️
【第1回】「不登校という権利」の奪い方|周囲の同調圧力から自尊心を死守するサバイバル術
【第2回】WISC「103」の罠|数値に現れない子どもの限界と脳のサバイバルモード
【第3回】病院をハッキングする方法|ドクターにA4・10枚の資料を叩きつけた理由
【第4回】子どもの牙を折らない育て方 | ちまたのアンガーマネジメントが不登校児を追い詰める
【第5回】育児は最大の「自分を知るチャンス」 | 娘の全肯定が、過去の私の傷を救い出す
【第6回】学校をハックした軌跡(前編) | 居場所ルーム拒否からの逆転劇。味方を作るルート
【第7回】学校をハックした軌跡(後編) | 先生の「傷つき」を演算し、お互いの境界線を守るロジック
【第8回】学校のトラックを降りる日 | 100mスプリンターたちが広大な大地で生きる知恵
