380.✴︎音楽エッセイ∶心に降る声──ZelmaniとJewel、そして少しだけ後に来たNorahへ
1995年から1996年。そして2002年は、私にとっての転換点だった。
阪神大震災で街が揺れ、アメリカへの留学で人生が静かに変わった。
あの時期は、他人にとっての1969年
──文化が揺れ、人々の価値観が変わっていった年と、きっと似ている。
そんな時期に出会った音楽の中で、今も特別な輪郭を持って心に残っているのが、三人の女性シンガーの“声”だった。
◆ Sophie Zelmani ― 見つめるような声
スウェーデン出身のシンガーソングライター、Sophie Zelmani。
彼女の『Always You』は、1995年にリリースされたファーストアルバムに収録されている。
一時帰国の際、友人がふと差し出してくれたCDだった。
大げさな紹介もなく、「きっと気に入ると思うよ。向こうで聴いてくれ」とだけ添えられて。
聴いた瞬間、部屋の空気が変わった。
まるで窓を開けて、北欧のカラッと乾いた風が吹き込んできたような感覚だった。
声はささやきに近い。けれど、決して自分に自信がないわけじゃない。
むしろその静けさは、若さゆえの動じなさ、心の明るさから来ているように思えた。
そして、彼女の音楽は、無暗にこちらに触れてこない。
“It’s always you…”
そう何度も繰り返すサビは、盛り上げるでも叩きつけるでもなく、
ただ、どこか遠くから静かに降ってくる雨音のようだった。
でも、聴き終えたあと、不思議と“自分自身の心の声”が浮かび上がってくる。
◆ Jewel ― 抱きしめるような声
Jewelの“Foolish Games”は、Zelmaniと同じ1995年、ファーストアルバム『Pieces of You』から生まれた。
アラスカ出身の彼女は、都会で詩を歌う吟遊詩人のようだった。
ギターの音は温かく、声は震えるように柔らかい。
Jewelの“Foolish Games”は、サビの和音がじんわりと胸に溶けていく感触が、包温感を支えている
Zelmaniが“見つめる声”なら、Jewelは“抱きしめる声”だった。
深夜、ひとりで聴いていると、痛みの輪郭すら包み込んでくれるような感覚になる。
“Foolish Games”の中で語られるのは、壊れかけた恋と、それを見つめる切なさ。
でも、その奥には、相手だけでなく「自分自身を受け入れようとする優しさ」が滲んでいる。
留学時代、彼女の声に何度も助けられたのは、誰かに、自分の選んだ道を肯定してほしかったからかもしれない。
◆ Norah Jones ― 黙って隣に座るような声
Norah Jonesの“Don’t Know Why”がリリースされたのは、2002年。
ZelmaniやJewelとは少し時代がズレている。
それでも彼女の声を初めて聴いたとき、私はすぐにこう思った。
「この人は、こちらが話すまで黙っていてくれる」と。
ジャズの余白をまとったその音楽は、優しさだけではなく、倦怠や余韻をも抱えていた。
都会の夜に静かに沈んでいくような旋律。
それは、少しだけ“大人になった自分”が求めていた音だった。
Zelmaniの風のような距離感。
Jewelの体温ある包容。
その間に、Norahの“沈黙の優しさ”がそっと挟まった。
◆ あの頃、音楽は“私より少し先”にいた
今でも、“Always You”を聴くと、あの帰国の夜の風を思い出す。
“Foolish Games”は、不器用だった自分を抱きしめるように響いてくる。
“Don’t Know Why”は、静かな深夜、窓辺で読書をしていた頃の空気を思い出させる。
彼女たちの音楽は、どれも決して押しつけがましくない。
けれど、静かに深く、心の奥で灯を点してくれる。
1995年−96年。
そして2002年。
私は変わろうとしていた。
そして、音楽は少しだけ先にいて、変わっていく私をそっと導いてくれていた。
あなたにも、きっと。
素敵な'声'が寄り添ってきたのだろう。
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