368.✴︎音楽エッセイ∶ピアノと車の中で──都会と祈りの二重奏
“The piano has been drinking, not me.”
——Tom Waits《The Piano Has Been Drinking》
“They’re sharing a drink they call loneliness, but it’s better than drinking alone.”
——Billy Joel《Pianoman》
深夜の部屋。
ふと流れてきたのは、ビリー・ジョエルの《Pianoman》。
その曲を聴くと、都会の夜が浮かぶ。
雑踏の中のバー、賑やかな空間で、ピアノの前にひとり座る“観察者”。
彼の目には、酔った人々が浮かれ、笑っているように見えても、
どこか皆、同じグラスに孤独を注いでいるように見えた。
“They're sharing a drink they call loneliness,
But it's better than drinking alone.”
そんな歌詞に出会ったとき、思った。
──これは“華やかな孤独”だ、と。
周囲に人はいるのに、誰とも本当には繋がっていない。
それでも、鍵盤の前で静かに役割を演じる。
まるで都会そのものが、彼をそうさせているような。
数日後、同じ夜に聴いたのが、トム・ウェイツの《Ol’55》。
この曲には、明け方の冷たい空気がある。
古い車を走らせ、何かを見送ったあとの静けさ。
まるで“終わってしまった何か”を抱えながら、それでも進まざるを得ない人間の背中。
“And I pulled into the driveway / With the same old blues.”
この曲には、諦めと、それでもどこかに滲む祈りがある。
ある年の冬。
僕は、妻の入院先へと、毎日車を走らせていた。
ただアクセルを踏むことで、自分を繋ぎ止めていたような日々。
そのとき、よく聴いたのが、この《Ol’55》だった。
トム・ウェイツのくぐもった声は、慰めではなかった。
ただ、“それでも進め”という、どこかで諦めたような力だった。
そして、その諦めのなかに、僕は確かに救われた。
ビリー・ジョエルとトム・ウェイツ。
同じ“夜”を生きる男たち。
けれど、前者は都会の観察者。
後者は夜明けを走る祈り手だ。
前者の孤独は「静かな群衆の中」
後者の孤独は「無人の車内で」膨らんでいく。
どちらも孤独で、どちらも音楽に溶け込んでいた。
そして、僕はどちらの時間も、生きていた。
《Pianoman》のように、ただそこに佇んでいた夜。
《Ol’55》のように、沈黙の中で進み続けた夜明け。
きっと、どちらも本当の自分だったのだと思う。
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