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383.✴︎音楽エッセイ∶美しさの通り道──Joe CockerとJames Bluntを巡る感情の往復

美しい人が目の前にいる──

ただそれだけで、世界が満たされた時代が、確かにあった。

Joe Cockerが歌った『You Are So Beautiful』は、そんな時代の象徴だと思っている。

ピアノと、かすれるような低い声だけで、彼は一言を繰り返す。

“You are so beautiful… to me.”

まるで、祈りのように。

そこにいること、それだけで奇跡。触れなくていい、ただ見ていられれば十分──

そんな愛の形が、あの頃には確かにあった。

この曲を聴くと、時代そのものが静かだった気がしてくる。

音も、感情も、人の距離も。

大切なものほど、遠くに置いておくことが美徳だった、そんな空気。


それから30年が過ぎて、James Bluntが『You're Beautiful』を歌った。

電車の中、目が合った瞬間の美しさに心を奪われて、

そして──自分には手に入らないことを悟って、静かに引いていく男の歌。

 “You're beautiful. You're beautiful. You're beautiful, it's true...”

“I will never be with you.”

ここには、“欲しいのに届かない”という痛みがある。

彼女は誰かの隣にいる。
自分には手が届かない。
それでも、目が合ってしまった。

そこにあるのは、憧れと現実のズレ、その場から動けない現代人の孤独だ。

この曲をギターで練習していた頃、

そんな想いを本当に理解していたかは分からない。

けれど今は、あのラストの一行に妙な潔さを感じてしまう。


思えば、僕はどちらの時代も生きてきた。

遠くからそっと見つめていられる時代も、近づこうとして、すぐに壊れてしまう時代も。

どちらの気持ちも、いまはよくわかる。


Joe Cockerは、相手を神格化した。

James Bluntは、同じ高さで届かないまま終わった。

どちらも、“美しさ”に心を動かされた男の歌だ。

だけど──

一方は感謝で終わり、もう一方は未練を抱えて終わる。

それが、時代というものかもしれない。


今、誰かを美しいと感じたなら。

遠くからでも、そっと見つめていられるだろうか。

それとも、手を伸ばして──すぐに、手放してしまうのだろうか。

どちらにせよ。

心が動いた瞬間、その人はもう、自分の記憶のなかで永遠になる。


そして、僕の若い頃。

James Bluntの刹那に自分を重ねた。

でも今は、Joe Cockerの祈るような声が、胸に静かに沁みてくる。

“美しい”と思うことは、ただ見つめることから始まってもいい。

そう思える年齢になったのかもしれない。


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